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想い焦がれて  作者: 小宵
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第一話


 年若き王・ヴィンセント。

 即位したのは十三歳のときだった。

 父王が病気で倒れ、世継ぎがヴィンセントしかいなかった。

 幸い、国は安定しており優秀な家臣もいた。

 優秀な家臣に囲まれヴィンセントは徐々に成長を遂げ、今では立派に国を治めている。

 優れた統治者でありながら、人格者であることが有名なヴィンセントだが、もう一つ有名な事柄があった。

 溺愛している年上の側室。

 王に即位した十三のときには既に後宮にあったその人は当時二十歳。

 その年齢さは七つ。

 側室の名をノエル・アビントン。

 伯爵家の娘で、気立てのいい物静かな女性だ。

 取り分けて美人と言うわけでもなく、目だったところはない。

 はっきりした顔の多いこの国では珍しい一重瞼はすっと切れ長く、真っ白な肌に相反して真っ赤な唇は常に微笑の形を作っている。

 ただ、匂い立つような色気があった。

 影が落ちたようなその表情や、落ち着いた雰囲気に誰もが一瞬ははっと目を見張るのだ。

 初めこそ姉弟のような印象しか受けなかったちぐはぐな夫婦だったが、ヴィンセントは年を負うごとに雄雄しく逞しく成長し、今では姉弟と見間違えることはない。

 身長も顔半分追い越した。

 幼いころから重荷を背負うことになったヴィンセントを心身ともに支えてきたのがノエルだった。

 

 支えあう仲睦まじい姿を知っているだけに、今回のことにレヴィは普段から吊りあがっている眉をさらに吊り上げた。

 ヴィンセントの隣に纏わりついているピンク色の豪華なドレスを身に纏った隣国の姫……いや、正妃がレヴィには目障りでしかない。

 それでいて、いつも隣にいたノエルの姿が無い。

 盛大に舌打ちをしてレヴィは警備の支持を出している隊長に歩み寄った。


「ヴィヴァース隊長」

「……おいおい、お前が職務放棄してどうする。副隊長?」


 呆れた顔でレヴィを嗜めるこの男はアドレー・ヴィヴァース。

 背の高いレヴィの更に上をいく身体の大きな熊のような男。

 強そうな見た目の通り、その強さは獣じみている。

 そんな隊長をぎろりと睨みつけるレヴィにアドレーはなんだ、と小さなため息を吐く。


「ヴィヴァース隊長、帰っていいですか」

「いいわけねぇだろう」

「……」

「な、なんだよ」

「……」


 じー……っと目だけで訴えるレヴィの眼力にアドレーは早々に負けを認めた。

 しっしっと手を振る。


「あーもう構わねぇから、とっとと行け。どうせお前の行くところなんか分かってるし」

「ありがとうございます」


 レヴィがざっと振り返ったことでびくぅ! っと怯えた部下達に苦笑しつつ、アドレーは心なしか小走りになっているレヴィを見送った。


 



 新しい正妃の披露を目的としたパーティー会場を抜け出せば、廊下は静寂に包まれていた。

 カツカツとレヴィのブーツが廊下を鳴らす。

 本殿から離れ、離宮に向かう。

 まるで中に居る者を隠すように離宮の周りに咲き誇っている薔薇を掻き分け進んでいく。

 部屋にはきっと居ない。


 薔薇が散るのも構わず一直線に進んでいけばむせ返るような薔薇の匂いが香る広場に出た。

 そこにあるのは白いテーブルと椅子。

 その椅子に座って月を眺めている女性を目に留め、レヴィは小走りに近づく。

 ……相変わらず、薔薇が似合わない。


「姉上!」


 はやる気持ちを抑え、姉を呼べば月から視線を外したノエルが気だるげにレヴィをその目に写した。

 苦笑しながらすぐ傍までやってきたレヴィに手を伸ばす。


「……もう、あなたは。またこんなにも花を散らしてしまって……仕様の無い子」

「……申し訳ありません」


 髪や服についた薔薇の花びらを払ってくれるノエルをくすぐったく思いながら身を任せていると最後に頭をよしよし、となでられる。

 もう子供ではないのだが、ノエルに子供扱いをされるのは好きなので何も言わずに甘んじてその好意を受ける。

 そればかりかその場に座り込み、ノエルの膝に頭を乗せて細い腰に抱きついた。


「もう子供では無いでしょう? いつまでたってもあなたは甘えん坊なんだから……」

「姉上」

「なぁに?」

「……姉上」


 言葉では嗜めながらも、ノエルは嫌がらずに身を任せてくるレヴィの頭を優しく何度も撫でる。

 レヴィは優しい姉が大好きだった。

 しかしノエルが二十歳、レヴィが十五歳のときノエルはヴィンセントに望まれて後宮に入ってしまったのだ。

 大好きな姉と引き離されたレヴィは姉の近くにいるために今の地位まで上り詰めた。

 ノエルのこととなると嫉妬深いヴィンセントの思惑もあってか、ノエルの護衛にはいつもレヴィが選ばれ、レヴィの目的は達成されていると言えるだろう。

 優しい姉を思い、レヴィは心が痛んだ。


「姉上、今回の陛下のご結婚のことなんですが……よろしいんですか?」

「よろしいんですかって、変な子ね。私がどうこう言ってもどうしようもないことでしょう?」


 微笑むばかりのノエルにレヴィは寂しい気持ちになる。

 いつも甘えているばかりで、ノエルには何もしてやることができない。

 ノエルの膝に顔を埋めてぎゅっと抱きつくと薔薇とは違う甘い香がした。

 薔薇のような濃厚な香ではなく、気高い白百合のような高貴な香。

 優しさの中に気高さを感じさせるノエルにぴったりな花。

 

「姉上……」


 側室など、初めから反対だった。

 自慢の姉が、二番や三番の立場になるなどレヴィには耐えられない。

 幸せになってほしいと心から願う。

 だからこそ、ヴィンセントの妻になどしたくなかった。

 強まったレヴィの腕にノエルは苦笑して、不安に揺れるレヴィの顔を小さな掌が挟み込んだ。

 

「あなたは何を心配しているの? 私が信じられない?」

「別に、そういうわけでは……」


 いつでも見透かしたような鳶色の瞳がレヴィの心配気な瞳を捕らえる。

 大きくなったのね、と優しく笑ったノエルの顔がレヴィには何故か寂しげに映った。


「私、意外とわがままなのよ?」

「姉上?」


 ノエルの長く伸ばされた亜麻色の髪がさらりと零れる。

 全体的に色素の薄いノエルは儚く、今にも消えてしまいそうに見える。

 だからこうしてぎゅっと抱きしめて消えないように確かめてしまう。

 心配性な弟を抱きしめ返したノエルの身体が小さく震えたような気がした。


「……姉上?」


 不審に思ってノエルを見上げるが、ノエルは初めそうしていたように月を仰ぎ見ていた。

 

「ねぇ、レヴィ。……私、わがままなの」


 そう言って微笑むノエルはいつもの優しい大好きな姉の顔をしていた。










 


 

 



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