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想い焦がれて  作者: 小宵
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第九話

 

 決勝前夜パーティー。

 極上のシルクは桃色で、ふわりと広がったスカートは幼さの残るティアラによく似合っている。第三の瞳かと錯覚するほどのエメラルドの額あては太陽のように輝かんばかりのティアラの笑顔には叶わないだろう。

 対してすっきりと身体に沿った闇色のドレスの裾にいくつかの小粒のダイアが鏤められたノエルは夜の女神のようだ。できれば今すぐにでも抱きしめて閉じ込めてしまいたい……と言うのはヴィンセントの心の声である。

 今回はヴィンセントの隣にはティアラが座っており、ノエルは階下。

 隣に居るティアラは楽しげに話しかけてくるが、ヴィンセントは会場を静かに見守っているノエルが気にかかってしょうがない。

 

「すごいわ! とても良い催し物ですわね。異国の者や貴族、平民が同じ場所でこんな風に出会えるなんて……」

「そうですね、我が国の最も大きな催しと言っても過言ではないでしょう」


 と、ティアラと雑談しているうちに大きな身体をした木こりの男に貴族達が話しかけている。

 どうやら試合での奮闘を見初められたらしく、大人気だ。

 試合での荒々しさはどこへ行ったのか、とても人の良さそうな笑みを浮かべおろおろと困っている。

 そんな姿に思わず小さな笑みをこぼす。

 いい雇い主に巡り会える事を切に願う。


「……やっぱり素敵」

「そうですね」


 何故かこちらを見ながら言うティアラに返事をするが、ノエルに向って近づく者の気配に自然と鋭いものとなる。

 ……まぁ、予想通りレヴィなわけだが。

 滅多にお目にかかれない満面の笑みでノエルに話しかけている。


「まぁ……あの男、あんな顏もできるの」


 私のときはとても怖いのに、とティアラがぷくっと頬を膨らませレヴィを睨んでいる。

 ぐるりともう一度会場を見渡す。

 いつものくだらない貴族達のパーティよりも装飾品は少なく多くの人で溢れかえっている。 

 貴族達はまるで買い物をしに来たような面持ちで出場者を検分している。

 自警団や騎士団などの勧誘も見られる。

 今回は隊の者が多数参加し上位を締めたので心配していたが見ている人は見ているようだ。

 

 一瞬の殺気。


 バチッと、目が合った。


 しかし男はにかっと笑い、眩しいほどの笑顔だ。 

 

 見た事のある顏。

 

 何かが引っかかる。


 準決勝のときも思ったが、まさか……。





 ぱぁん!





「!?」



 隣から大きな音がしてヴィンセントは手のひらを合わせて立ち上がっているティアラを見た。

 そのエメラルドの瞳はきらきらと輝いており、何故か嫌な予感しかしない。

 


「ねぇ皆さん、ゲームをしない?」

「ゲーム……?」


 

 ティアラの提案にヴィンセントは深く眉を寄せた。

 しかしヴィンセントのそんな様子にまるで気づいていないティアラはうーんと会場を見渡してぱっと顏を輝かせた。


「そうね、この人数では多すぎるから準決勝に出場した四人の方々!」

「「「「?」」」」


 その言葉に四人がティアラの言葉を待つ。


「かくれんぼをしましょう!」

「「「「「は?」」」」」


 四人とヴィンセントが呆気にとられ、思わず声を漏らした。

 

 この大規模なパーティの、しかも一国の王妃が何を言っているのだ?

 

 ティアラは尚も続ける。


「私たちを見つけられた者は王妃付きの騎士に任命します!」


(……たち?)


 ヴィンセントが口を開く前に、ティアラはドレスの裾を軽く持ち上げ階段を下っていく。

 そして、いつになく驚いた顏でティアラを凝視していたノエルの手を……取った。


「行きましょう! ノエル!」

「え、えぇ? い、いけません、ティアラ様っ! きゃっ……」


 ノエルを攫っていってしまったティアラをジェラルドが止めようと叫ぶ。


「ティアラ様っ! ここはあなた様のご実家ではないのですよっ!! ……くそっ」


 ジェラルドは追いかけようと走るが如何せん、人が多すぎる。

 小柄な二人の女は人の間をすり抜けて外に出て行くのだけが見えた。

 そして二人が居なくなった瞬間、やっと状況を理解し始めた参列者達がざわつきだし、そして大きな騒ぎとなる。

 準決勝参加者は伝えられた褒美に、はたまた二人を心配する者はすでに連れ戻す為に追いかけていった。

 警備の者達はおろおろと正妃の行った方角とヴィンセントを交互に見ている。

 モントレがヴィンセントの視界の端で笑っている。

 ぐっと眉間に皺が寄った。


「静まれっ!」


 怒気を孕んだヴィンセントの声に会場の騒ぎがシン──と静まる。

 

「……隊を二分し、半分は二人を捜索し捕獲せよ。残りはそのまま職務を継続せよ」


「はっ」とあらゆる方向から声がして兵達が命令通り動き出す。

 

「会場にいる参列者達はこのままパーティを楽しんでくれ。この場は宰相・相談役のミストレとモントレに一時任せる」

「「御意に」」


 ミストレとモントレの承諾を得て、ヴィンセントは下がり、そして走った。

 大仰なヴェルヴェットのマントを外し、じゃらじゃらと飾りの着いた白い上着を脱ぎ捨てる。

 後ろに控えていた侍女達がすぐに回収していく。

 この広い城の庭のどこかに二人がいるのだ。

 正門から城へと続く庭園。

 後宮を護るようにしてある薔薇園。

 ヴィンセントの部屋から見える、噴水を中心として入り組んだ迷路のような庭園。

 そして裏門に通ずる小さな森と化している庭。

 所詮逃げているのは二人の女。

 まだそう遠くには行っていないはずだ。


 最近感じ続けている嫌な予感が膨らむ。

 

 会場で殺気を向けて来た、相手を瞬殺した大きな熊のような男。

 倒された男の方が大きかったが。


 見かけない二人。

 一致しない参加者名。


 なんて事はない。


 ただいつもの見慣れた姿ではなかったから信じられなかっただけで、まさか……と言う思いはあった。

 と言うかあんな強者が二人と居るはずがない。


「くそっ……!」


 四人が一斉にティアラとノエルを追いかけていった。


「絶対に捕まってくれるなっ……!」

 

 想い人を、ただ思う。





+++

 

 

「はぁ、はぁ……どうしましょう……とにかく戻らないと」


 走っているうちに息があがって来たノエルを茂みに隠し、引き止める静止の声を無視してティアラは別の場所に隠れるため行ってしまった。

 無邪気にもほどがある。

 信じられないが自国でこういう事をしたことがあるのだろう。

 そう予想できてしまうくらい、ティアラには悪気がなく、馴れている様子だった。

 

「……」


 あんなにも無邪気で子供のまま大人になってしまった人にヴィンセントを支える事ができるのだろうか?

 こんなことを考える事すら許されないのかもしれない。

 でも、今回のティアラの突発的な行動はそれだけ無責任な行動だとノエルは感じた。

 とにかく自分だけでも戻らないと……と息を整えてきょろきょろと辺りを見渡す。

 上を見上げればヴィンセントの部屋のバルコニーが見える。

 ということはここは迷宮庭……と言ってもヴィンセントとレヴィを連れてよく遊んだ場所だ。

 

(確かここを曲がって……)


「!!」


 がさっ…と草木が風に揺れた。

 夜だからだろうか。

 月明かりだけを頼りにこの狭く細い道を一人で行くのが心細く感じる。

 

「姫ー! どこですかー!? いい加減にしてくださいっ!! ……くそっ! これ許してもらえるのか?」

「!!」


 向こう側からジェラルドの声が聞こえたが、突然の大声にノエルの心臓が跳ねドッドッと高鳴る。

 声を出して助けを求めればいいが、ノエルはジェラルドをそこまで信頼していなかった。

 今のノエルにはジェラルドすら恐ろしく思えた。

 この暗闇の中、ジェラルドと二人きりになるのは嫌だ。

 

 一人がこんなにも恐ろしいなんて、思ってもみなかった。


 足に力が入らなくて、その場に踞る。

 

(……早く、戻らないと。皆に、心配をかけてしまう)


 何故か、泣きそうだった。

 しかし自分は我が侭を許される立場ではない。

 ぐっと顏を上げ、立ち上がる。

 瞬間ノエル、と呼ばれた気がした。


「……あ」


 そこにあったのは焦ったような、見慣れた顏。

 バルコニーからヴィンセントが顏を出していた。

 安堵して、ノエルは大きく息を吸い込んだ。


「ヴィ!」

「!!」


 距離があるため、声が上手く届かない。

 微かに聞こえたであろう声をヴィンセントも探している。


「ヴィンセ───……!?」

「ノエル!? どこ!?」


 がさり、とひと際大きな葉音が鳴ったと思った瞬間、ノエルの身体は宙に浮いていた。

 腰を掬い上げられ、後から力の限り抱きしめられる。

 恐怖で身体がすくみ、声すら出ない。

 首筋に何者かが顏を埋め、はぁ……と息を吐き出した。

 声は出ないのに、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

 怖い。

 

(ヴィンセント様っ……)


 両手を握りしめ、この恐怖が無くなる事を祈った。

 ノエルの身体を拘束していた太い腕が解かれる、と。



「な、何で泣いてるんだ!?」

「……?」



 聞き覚えのある声に、ノエルはじっとその人を見つめる。

 すっと切れ長の鋭い目は真っ黒で、いつも無造作にしている黒髪は梳かしているのかすっきりとまとまっている。

 大きな身体、凛々しくつり上がっているはずの眉も今は困ったようにハの字になっている。


 ノエルが泣き止んだのを見て取った男はふぅと息を漏らして、髪をがしがしと掻いた。

 そしてぽかんとしているノエルの頬にその大きな手で触れた。


「……迎えに来た」

「……」


 返事をしないノエルから、男は目を一瞬も反らさない。

 まるで獲物を見つけた肉食獣のよう。


「今度こそ、誰にも渡さない。諦めてやらない」


 泣き笑い。

 








「ノエル、昔も、今も────ずっと、愛してる」







 

  

  


 

 

 



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