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想い焦がれて  作者: 小宵
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第八話


 こんな奴、敵じゃない。

 

 レヴィは剣を眼前に構え、すぅっと深呼吸をする。

 かっと目を見開き、鋭く睨みつけると相手はにやりと笑った。

 

(へらへらと……気に食わない)


 対するはジェラルド。

 レヴィの肌に突き刺さるような殺気を受け流し、笑みを作る。

 剣を一振りし、腰を低く構え直す。

 

(おーおー、元気だねぇ)


 審判が双方を確認し、大きく息を吸い込んだ。

 瞬間、全ての音が無くなり自身の鼓動が大きく鳴る。

 ひゅっと息を吐き出すと同時に二人は強く地面を蹴った。


「……始めっ!」


 


+++



 闘技場を見下ろす位置にある王族専用の観覧席はそれに相応しい紅く技巧の凝らされた造りだ。

 バルコニーのようにして作られている手すりの部分もとても繊細な蔦をイメージした飾りまである。

 大きな楕円の広場の中心には激しく打ち合うレヴィとジェラルドの姿があった。

 それを囲むようにして観客席が段になってあり、声が反響し合い、とても盛り上がっている。

 ただ見ているだけのヴィンセントとは違い、ティアラは中腰で前のめりになって自身の騎士の勇士を目に焼き付けているようだ。

 そんな二人より奥まった所にノエルは居た。

 側室と言う身分でありながら、このような表に出るのも気が引けると言うのに二人に並ぶなどもってのほかだ。

 しかしそんなノエルも実弟の活躍を見られるのは嬉しい事。

 胸の前で手を組み、レヴィの勝利をただ願う。

 

「……っ!」


(危ないっ)


 ジェラルドがレヴィの懐に入り込み、レヴィの喉元を剣先が霞める。

 しかし、レヴィは背を反らせ勢いをつけて下から上へと剣を振る。

 ぴっとジェラルドの端正な顔に一本の傷ができた。


「……っ……レヴィ……」


 ノエルはぎゅっと両手を握りしめる。

 レヴィが誇らしい。

 それと同時に、危ない事はしないでほしいと思う。

 

 距離を大きく取った二人を見てほっと息を吐く。

 しかし一時も油断ならないその空気にノエルの心臓は今にも止まってしまいそうだった。

 剣の事は何も分からない。

 それでも可愛い弟が危ない事をしていることは分かる。

 

(お願い、怪我しないで。……勝って)


 天に祈る。

 私の可愛い弟を守ってくださいと。

 しかし。


「っ!!」


 ジェラルドの剣がレヴィの喉元を再び霞め、レヴィがしていたネックレスが弾け飛ぶ。

 ノエルがお守りにあげた十字架のネックレス。


「……ノエル、大丈夫?」


 後ろを小さく振り返ったヴィンセントに声を掛けられ、何とか頷く。

 尚も心配そうにしているヴィンセントを落ち着かせるように笑みを作る。

 ヴィンセントが何か言いたそうに口を開いた瞬間、競技場から怒号が響く。


『貴様っ! 姉上に頂いた十字架を……よくもっ!!』

「「!!」」


 中心から目を離していた二人は声の主にばっと目を向ける。

 もの凄い形相のレヴィがジェラルドに大きく振りかぶっていた。

 ジェラルドは受け止め二人の距離は限りなく縮まる。

 ……振り払われたのはレヴィのほうだった。


「レヴィっ……!」





+++




『レヴィっ……!』


 ノエルの声が聞こえる。

 その瞬間、レヴィは踏みとどまる。

 

(姉上、見ていてください)


 あなたを護るのはこの俺だ。


 体制を崩したレヴィにそのまま留めが刺されようとする。

 ジェラルドの顏が勝利に笑みを作った。

 

 それを視界の片隅に捕らえつつ、レヴィはさらに体制を崩し、地面に背をつけた……身体を反転させて。

 レヴィが居たはずの場所に剣を放つジェラルドの喉元にぴったりと沿わされるレヴィの剣先。

 ジェラルドは視線だけを動かして自身の身体の下に寝転び、剣をまっすぐ向けているレヴィを見やる。


「「…………」」


 お互い、息が荒い。


 ジェラルドはふっと息を零し、剣を捨て両手を上げた。


「……降参だ」

「……」


 レヴィも起き上がり、ジェラルドに向かい敬意を込めて剣を翳した。

 そしてきょろきょろと地面を探し、十字架を拾う。

 十字架に軽くキスをして、未だ不安に瞳を揺らしているノエルに向って笑みを作り、十字架を翳す。


「勝者、レヴィ・アビントン───!!」


 わっと会場が歓声に包まれた。





+++




 晴れやかに笑うレヴィにノエルは手を振かえした。

 安心した笑みを浮かべるノエルにヴィンセントが優しい笑みを向ける。


(ほらね、大丈夫だったでしょ?)


 そう言わんばかりの笑みにノエルは苦笑した。

 

 ノエルが心配する必要などない。

 弟は、もう立派な一人の男性だ。

 

 そのことに寂しさを感じながら、ノエルは今まで目を反らし続けて来た現実を受け止める。

 

「もう、大丈夫」


 ノエルはただ微笑んだ。

 

 レヴィとヴィンセントも笑みを返す。










 このとき、滅多にお目にかかれないレヴィの笑みに心を奪われたご令嬢が何人も居たのだった。





+++





 翌日、別ブロックの準決勝戦。


 対するはアドレー・ヴィヴァースと見た事もない大柄な男。

 あの熊のようと言われているアドレーと同じくらいには大きな身体をしていた。


 結果は瞬殺。


 誰もが信じられない、と自分の目を疑う事となる。

 何がどうなって相手が気絶しているのかもわからない。

 

 誰も声を発する事ができず、ただひたすら唖然としている。

 審判でさえも何が起こったか分からず、微動だにしない。

 

 勝者がノエルをひたと見つめる。


 ノエルもまた、信じられない思いで彼の人を見つめ返した。


 しかしそれに気づいたヴィンセントがノエルを隠すようにノエルの前に立ちはだかる。


「どうして、あなたが……」


 絞り出すようなその声は誰にも届く事はなかった。








  

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