プロローグ
「私には愛する妻がいます」
「承知しておりますわ」
どう考えても理解していない。
期待に満ちた瞳がそれを物語っている。
もう一度、理解してもらえるようにゆっくりと語りかける。
「私があなたを愛することは一生ありません。それでもあなたは私の妻になることを望むのですか」
「ええ、もちろんですわ……」
熱に浮かされたような顔にため息を吐きそうになる。
褥に広がった緩やかなカーブを描く金髪に見上げて来る潤んだ瞳はエメラルドのように煌いている。
美しいうら若き隣国の姫君。
噂通りの美しさ可愛らしさ。
しかし私には愛する妻が既にある。
あの人以外を愛することなど不可能。
「……姫、あのですね」
「ああ、陛下……」
「……」
頭が痛い。
しかし初めにはっきりさせておく必要がある。
「姫、私はあなたを一生愛せません。今からすることも全てが義務であり、愛など微塵にも存在しません」
「ええ。……でも、わたくしがあなた様の正妃ですわ」
頭が、痛い。
「すべて、承知しております。ですから、陛下の思うままに……」
……思うままにしていいというのならば、今すぐにでも愛しい彼の人の元へ飛んで行きたい。
抱きなれた柔らかな肢体を抱きしめながら幸福なひと時を貪りたい。
何年ぶりだろう? 彼女に一人寝をさせるのは。
今頃私を思って寂しがっているかもしれない。
(……いや、それはどうだろう)
隣国の姫を娶らねばならなくなりました、とはっきり彼女に告げたとき、彼女はその優しげな表情を崩しもせずこう言ったのだ。
「確か、隣国の姫は今年十六になられたばかり……今年二十になられた陛下とは釣り合いが取れていますね」と。
確かに年齢的には丁度いいかもしれないが、私はこの婚姻に反対だった。
隣国の姫ともなれば無下に扱うことはできないし、そうすれば今目の前にいる愛しい人との時間が減ってしまう。
本音を言えば嫉妬をして欲しかった。
「陛下は私だけのものでしょう……?」と不安げに、もしくは怒って。
物分りが良すぎる彼女に寂しさを覚えつつ、この婚姻は断ることのできない決定事項だったため進めるしかなかった。
「……子をなせばそれでお終いにします。いいのですね?」
「ええ。きっとあなたはわたくしの虜になりますわ」
もう一度言おう、頭が痛い。
これも王としての責務だ、と自分に言い聞かせる。
張りのある瑞々しい肌に触れながら、勃つだろうか……と情け無いことを考えた。