肉塊の雨が降ってきた。
【まえがき】
空から降る雨に、あなたはどんな情景を思い浮かべるでしょうか。
静かな哀しみや、すべてを洗い流す清々しさでしょうか。
ですが、この街に降る雨は違います。
そこに混ざるのは、水滴ではなく――誰かの「笑顔」です。
雨に触れた者は悲しみを奪われ、ただ笑うだけの存在へと変わり、翌朝にはその唇を失って雲へと溶けていく。そんな狂気と隣り合わせの世界で生きる主人公の物語です。
もし今、あなたの頭上に一滴の冷たい雫が落ちてきたとしたら――
どうかそれが、ただの水滴であることを祈りながらお読みください。
「にこ、にこん」
空から降ってくるのは、水滴ではなく濡れた人間の『笑顔』だった。
ぽつり、ぽつりと屋根を叩く乾いた音。窓の外を覗くと、半透明の口元たちがガラスにへばりつき、歪んだ満面の笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「にこ、にこん」
雨滴が跳ねるたびに、小さな甲高い笑い声が静かな部屋に響く。この街ではいつものことだ。雨に濡れた人間は二度と悲しむことができなくなり、翌朝には自分の唇が削ぎ落とされて次の雨雲へと昇っていく。
外では、傘を差し損ねた隣人が、虚ろな目で声もなく笑い続けていた。私は静かにカーテンを閉め、部屋の隅で耳をふさぐ。
その時、天井からポツリと、冷たい「にこん」が頭頂部に落ちてきた。
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
物語から目を上げた今、あなたの唇はまだそこにありますか?
もし理由もなく笑みがこぼれ、空から冷たい雫が落ちてきたなら――どうぞそのまま、静かに傘をお開きください。
次に降る雨が、ただの水滴であることを願って。




