零 「私は」ー帰って来た。
四月七日九時
白鷲ノ宮学園
春の寒いようなあったかいような風が、私の髪と制服を揺らした。
私はそこの巨大な鉄門の前に立っている。
周囲の生徒は全員私服で、中には校門前で煙を吐く者や路上に横たわっている者もいる。その中で私は、ただ一人、純白の制服に袖を通していた。新品で何色にも染まってはいない。視線が集まり囁きが走る。浮いているという自覚は、必ずしも不安を生まない。それが予想の範囲内であればなおさらである。
体育館、始業式
番号だけを呼ばれ私は一歩前に出る。そして静まり返った会場に、事実だけを告げた。
「白鷲よ」――「私は、帰って来た」
この一言は、体育館内の空気を物理的に凍らせた。宣言でも、挑発でもなく事実。だが、かつてこの学園にいた「彼」を知る者の間には、肺が潰れそうな圧がかかった。体育館に沈黙が落ちる中、壇上に立っていた生徒が一歩前に出た。
立ち位置だけでわかる。権限を持つ者は、自分がそうだと説明しない。
「以上だ」
それだけで、場が収まった。彼は私を見る。
「再度の入学か、大したもんだ」
「はい」
短いやり取り、淡々とした声。
「この学校は、歓迎をしない残るかどうかは結果で決まる」
それは忠告でも脅しでもない、白鷲の事実。式の後、私は呼び止められた。
「木木 舞飛くん、少しいいかな。君に興味があるのは、制服を着ているからではない」
声をかけてきたのは、二学年の生徒会長だった。彼は手元のスマホに目を向けて言う。
液晶画面には、無機質なグラフと顔写真。その横には一位との評価が書かれている。
「混沌とした白鷲で、一位。順位が出る以上必ず一位は存在するが、君の成績は美しすぎた。圧倒的な一位だ」
白鷲ノ宮の生徒会は、学年ごと分かれている。能力は、同じ学年の中で比較される。
「この学年の生徒会長に任命する」
任命、推薦ではない。
「理由を教えて頂きたい」
「成績だ、来年はこうはいかないがな、拒否権はある。だが、拒否すれば明日からこの学園に席が残る保証は無い。「無能」は資源の無駄だからな」
選択肢は与えられているが結果は対等ではない。少し考えた。
私の世界は数式のように美しいが、色彩がない。学園のルールも彼の言うことも、とても心地いい。だがーー私の目的はそれを変えること。
「受けます。最後に名前となぜ、三年ではなくあなたが出てきたのかを聞かせて貰ってもいいでしょうか?」
「霧谷 青樹だ、後はよろしくな。なぜ俺が出てきたのかは、時期に分かる」
霧谷会長は頷いたが評価もしていないし、期待もしない。
ここは、信頼で繋がる場所ではない。価値があるから配置され、使えるから置かれる。ただそれだけの話。
木木 舞飛は、再び白鷲に属した。切られた側として、そして今度は、会長として人を扱う側となった。目的は自分に足りない最後のピース「感情」を習得するため。鏡に映る虚偽の瞳はどこまでも澄んでいる反面何も映し出さない。
私の世界に色に染まる日を待ち望んでいる。
後日
「木木くん、ちょっと良いかね、」
生徒会室に向かう途中後ろから呼び止められた。
「なんですか?」
「こちらを受け取って欲しくてね、学園内の設備を全て無料で使用できるカードだ。ただ、勘違いはしないで欲しい。それは君の命の前借金のようなものだ」
「ありがとうございます」
「生徒会を頑張ってくれたまえ」
カードを渡し、その人は離れていった。
黒色の校章が左上に書いてあるだけのただのカードが、とてつもない重みを持っているように感じた。指先から伝わったのは金属のような冷たさ。裏面を確認すると付箋が貼ってある。
「木木くん、早急に端末を手に入れることをお勧めするよ。ここでは繋がっていない者は存在しないも同語だからね」
付箋をポケットにしまい、集合の時間が迫って来たので少し急いだ。そして時間通りに到着した。
大きい扉を開く。視線の先には三人の生徒がいた。
一人はテレビを見ていて、もう一人はスマホで何かをしていて、もう一人は紙に何かを書いている。
私は一番大きな椅子に座った。そして集まってもらうことにした。
「一回座ってくれるか」
(立ったまま始めるのは、落ち着かない)
三人が椅子に座った。名前が分からないので聞くことにした。自分から名乗れと言われるのは癪なので自ら言い出す。
「――私は木木 舞飛、会長を務めさせて頂く。よろしく頼む」
舞飛が名乗り出たのを見て、三人も自己紹介を開始。
篠原 透花(副生徒会長・現役モデル)
左右対称の整った顔立ちに加え、室内の光を反射する肌の質感。彼女の笑顔は、場を支配する「武装」のようにも見える。見つめていると吸い込まれそうなぐらいに美しい。
橘 咲希(広報・ネット趣味)
一見普通の女子生徒だが、スマホ入力する際の無駄がない。まだ中身が分からない。
神崎 冬馬(書記・ゲーム・スポーツ鑑賞)
彼の視線は私と女子二人の間を何度も往復して、空気感を壊さないように観察している家柄は日本最高峰の名家、そこ以外は普通の男子高校生。
自己紹介が終わって、私は思った。
趣味。彼らが口にする「楽しい」の発言が、今の私には太陽のように眩しい。虚言で話を合わせても良かったが、失礼だと思った。
「ありがとう、では本題にはいろうか、今日は何をするんだ?」
舞飛が目を合わせると、篠原が
「今日することはこれ、さっき書いたんだ」
そこには、今日することの時間割が書いてあった。読んでみると、時間割というよりやりたいことリストみたいだった。
「ありがとう、神崎そこに短く書き出してくれ」
「分かりました。箇条書きでいいですね」
神崎が一つずつ書き出していく。
・学校のルールの確認
・生徒総会について
・みんなでご飯
「ルール確認からか、私はあまり分からないのだが」
篠原がニヤニヤしながら、身を乗り出す。
「私が教えるね〜まず一番大きいルールは、白鷲には校則がないことかな〜後これは私達だけなんだけど、授業への出席が自由ってとこかな〜他に何か知ってる?」
「「他は知らないかな」」
私は神崎と橘の言葉に頷いた、ここが自由である事を再確認できたから。
「では次に生徒総会について話そうか、委員長決めは生徒のことを知っている三人で決めてくれ。司会は神崎、橘は照明をやってもらおう、篠原と私は代表挨拶をする」
出戻りの私と比べて、残っている三人。情報の差は明白、こんなところで知ったかぶりをしてもただのリスクでしかない。
篠原が、舞飛を見つめている。
「篠原、どうしたこっちを見つめて」
向けられていたのは、この場の主導権を引き寄せようとする視線。
「私と会長どっちが先に話をするのかな〜って思って」
「最初は私が話す」
舞飛がそう言うと、篠原は反論せずに理由を聞いてくる。
「理由は??」
「最初に整理しないと、話は散るだろ」
「ふーーん」
篠原は机に肘をついて、挑発的に微笑んだ。
「私は逆かな〜〜最初は会長が黙ってた方が面白いと思うんだよね~~」
「なぜだ?」
「本音が出るから。最初に答えを見せると、それによせちゃうでしょ」
この瞬間、部屋の空気が二分された。
篠原の言い分には一理あった。先に答えを提示すればそこを基準にして合わせてしまうことになる。自由を掲げるこの場所で縛るようなやり方は反するかもしれない。
「それは場を支配しない選択だ」
「違うよ〜〜支配しない「ふり」だよ」
神崎が咳払いをした。
「えーっと、このまま続けると、終わらなくないですか?」
沈黙が流れた。私は一度、深く息を吐いた。
篠原の言い分にも一理ある。だが、このまま話し合っても神崎が考えているように、話し合いが続いてしまう。仕方ない。
「今回は、俺の案でいこう」
篠原は不満げな顔で舞飛を睨んでいたが、すぐに元に戻った。総会で話す順番が決まったところで橘が、
「じゃあ、最後みんなでどっか行きましょう、ここはなんでもありますからね。会長は何がいいですか?」
「私は寿司がいいな。篠原は何がいいんだ」
「私は焼肉がいいかな〜お腹すいたし。神崎くんは何を食べたいのかな〜」
「僕は、なんでもいいで、、、」
神崎は一瞬、二人の視線を見比べた。
既視感のある光景。先程の話し合いが頭に浮かぶ。
「ゔうん、言い方を変えると、食べ放題がいいかな、橘さん探してください」
橘も何か察したのか急いでスマホを取り出し検索を始めた。
「ありましたよ〜今日はここにしましょう」
橘がスマホの画面を見せてくる。
「宮本って言うお店なんですけど、なんでもあるらしいですここでいいですか?」
こうして夕飯が決定して、店への道のりでは橘が案内をすることに。
「まず、モノレールに乗りましょう」
神崎が喋り出した。
「普通に、学校にモノレールあるって未来的ですよね、生徒の扱い以外は最高なんですがね〜後会長その制服目立つから控えた方がいいと思いますよ」
「それは大丈夫だ注目されるのには慣れている」
雑談をしているうちに食べ放題店「宮本」に到着した。
「コースは何にしますか〜一番いいやつにしますね!」
橘は気合が入っているのか、テンションが高い。
私はメニュー表を受け取った。そして食べ放題の値段を見て思った。七万?自分の常識と比べると、浮世離れしていた。
そして各々注文したメニューが届き、神崎が。
「会長、乾杯の音頭をお願いします」
この瞬間、店内の喧騒が、ふっと遠のいた気がした。三人の視線が集まり、何か言うのを待っている。この雰囲気を変えるには音頭を取るしかないようだ。
「――これからよろしく、乾杯」
店内が少し騒がしくなる。
「「「乾杯!」」」
乾杯が終わると、張り詰めていた空気はひと段落着いた。
次々とテーブルに料理が運ばれてくる。網の上で焼かれる肉の香ばしい匂いに加えて、脂の乗った寿司の香りが混ざり合い、食欲をそそる。
「やっぱり、こういうお店は雰囲気から違いますね」
橘は手元の皿を見ながら素直に言った。
神崎、篠原は、特に喋らずに箸を動かしている。そこには独特の間があった。
それについては追求せず、目の前の寿司に集中することにした。会話は次第に食事は関係なしで、授業の話、クラブの話、どうでもいい噂へと広がっていった。
私はそれを静かに聞き流していた。相槌を打つ回数は少ない。だが、場からは外れていない。参加している事実だけで、場は成立することがあると、ふと気づく。
騒がしく、穏やかなこの空間を私は不快だとは思っていなかった。自分に芽生えた小さな肯定感に対してほんの少しの違和感を覚えた。
その理由を考えるのはやめた。やがて全員が箸を置いたタイミングを見計らったかの様に篠原がゆっくり喋り出した。
「この学園では、人間関係が大切なの、だから皆、私達はお互い助け合っていこうと約束してくれるかな?」
橘と神崎は顔を見合わせ、それから篠原に向かって頷いた。
「当たり前ですよ、助け合っていきましょう」
篠原が少し首を傾けて覗き込む様な仕草で見つめてくる。
「会長、や・く・そ・く、してくれるよね?」
助け合うの範囲によるな、どうするべきか。私は今までの自分なら絶対に選択しない選択をとった。
「約束しよう、よろしく頼む」
(合理的では無い。だが、この場を維持するには最短だな)
神崎がグラスを持って再びこちらを見つめてくる。
(なんでこちらを見る?またやれと言うのか)
「仕切り直しだ、乾杯」
「「「乾杯!」」」
さっきよりもグラスの音が綺麗になった気がした。
そして会計、皆財布を取り出しお金を出そうとしたが、
「私が全額支払おう」
「会長いいんですか〜ではお言葉に甘えて」
(昼にもらったカードを試したいだけだが)
「先に店を出ていてくれ会計の前にトイレに行ってくる」
カードをポケットにしまい、私は席を立った。そして、支払いを終えて店の外に出ると三人ともお礼をしてきた。
「「「ご馳走様です、会長」」」
「そんなに、気にしなくていい、今日は解散で」
二十二時
私は寮に向かった。さっき食べた大トロの旨みが口に残る。
寮棟は、学園の奥にあり、夜でも明るい。だが、人の気配はほとんどない。
足音が、やけに響いた。
カードをかざすと、扉が開く。反応は早い。
机、椅子、ベッド、全てが揃っている。そして全てが同じだ。
誰が使っても問題が起きない配置。私物を置く前提ではない。
(管理しやすいのか)
そう思った瞬間、それを不快には感じなかった。
照明をつけると同時に、空調が自動で動き出す。カード一枚で、生活が完結する。
ベッドに腰を下ろし一日の事を、順に思い返す。
篠原は、意図的に揺さぶってくる。
神崎は、場の崩れを察知して止める。
橘も神崎と同様に。
ふと思う。この部屋よりも、生徒会室の方がいいな。
(悪くない判断だったかもしれない)
横になり、目を閉じた。
この部屋には、誰の声も、音もしない。それだけで、昼より静かだった。




