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『北海領域/中2の旅行記』  作者: 物書狸。
第0章 設定資料集

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4.上川県 — 母系文化と湖の生活

上川県は、北海領域の中でも特に“柔らかい空気”をまとった地域である。季節の移ろいがそのまま住民の気質に染み込んでいるようで、石狩県のような硬質な緊張感はほとんど感じられない。家々は木材と草屋根で組まれ、どこか懐かしい匂いが漂う。訪れたのは三年目の夏だったが、体験者の記憶では春の気配も残っており、常に温度が優しく、風景が広く見える土地だった。



■ 湖を中心とした集落構造


上川県を語るうえで欠かせないのが、中央に位置する大きな海水湖である。この湖を囲むように家々が存在し、各家庭は湖面へと繋がる細い道で結ばれている。水は透明度が非常に高く、しかしどこか冷たい印象がある。生活はこの湖を中心に回っており、洗い物、移動、祈りの場としても機能している。


湖を囲む家の並びは、“外の風から身を守り、内側に灯りを残す”ような配置になっている。これは気候が荒れやすい地域の伝統的な集落構造と符合するが、上川県の場合はそれに加えて“共同体としての安心”を守る役目も担っていた。



■ 女性と子どもの多い文化圏


上川県は北海領域の中で唯一、人口の重心が女性と子どもに偏る地域である。男性は仕事で外へ出ているのか、もともとこの県に属する割合が低いのかは定かではないが、体験者の記憶では、集落で見かける成人男性は非常に少なかった。


このため、家庭単位ではなく、村全体が“緩やかな母系共同体”のように見える。子どもたちは年齢の近い者同士でまとまり、女性たちは互いに声をかけ合いながら生活を回していた。誰もが同じ家族のように振る舞うが、不思議なことに“血のつながり”を感じさせない。

まるで、この場所に集う人々が後天的に“家族になっていく”文化のようだった。



■ 表では笑い、裏で泣く気質


上川県の人々は、昼間は明るく、夜は静かに涙を流すような性質を持つ。体験者が耳にしたすすり泣きは、決して珍しいことではなかった。この「泣くことを許す文化」は、石狩県や根室県とは大きく異なる点である。


ただし、涙はあくまで“隠す”ものであるらしく、泣き顔を誰かに見せることは避けているようだった。感情を表に出しやすいが、それを誰かに押し付けはしない──そんな不思議な距離感が、この県全体の“静かな優しさ”を形作っていた。



■ 温泉と“許された相手”


上川県には温泉が存在し、非常に重要な役割を持っている。体験者が入浴を許されたのは、“上田のおじいちゃん”と呼ばれる人物が側にいるときだけだった。他の住民とは入れず、これは“異物の受け入れにおける安全確保”としての文化的ルールとも読める。


温泉は建物の奥にひっそりと設けられ、湯気は薄く、照明も控えめだった。身体を温める場というよりも、“心の状態を整える場所”として機能している印象が強い。



■ 上川県の“祈り”と風景


上川県の住民は、しばしば湖に向かって静かに目を閉じる。その姿は宗教的な儀礼よりも、もっと日常的で、もっと個人的な祈りに近い。湖面は常にわずかに揺れ、光が細かく反射していた。


上川県の風は石狩県よりも強いが、どこか温かい。風の中に混ざる泣き声や笑い声が、この県全体を包む“生きている静けさ”を形作っている。



上川県は、北海領域で最も“感情の輪郭”がはっきりした場所だった。

その柔らかい風景と、泣くことを許される文化は、この地域全体の深い優しさと、どこかにある寂しさを象徴している。


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