3.石狩県 — 夜の都市構造と生活圏
石狩県は、北海領域の中でも特に“気配の変化”が大きい地域である。昼と夜で表情がまったく異なり、その落差こそが石狩県を語るうえで欠かせない。体験者が最初に滞在した場所でもあり、本書における“北海領域の入口”として位置づけられる。
⸻
■ 昼の石狩 ― 静けさと閉じた生活
昼間の石狩は驚くほど静かだ。通りに出ても人の姿は少なく、家々は窓がなく、土壁と草壁で閉ざされている。外光を遮断しているため、日中は薄暗く、どこか“家の中が外より安全”という価値観があるように感じられる。
街路は細く曲がっており、直線的な通りはほぼ存在しない。これは風の流れを受けにくい構造であると同時に、外敵や見知らぬ者を自然と警戒する設計とも読み取れる。また、家々の間隔が非常に狭く、住民同士が互いの生活音を理解して暮らしているためか、隣家との距離感にも独特の“近さ”がある。
⸻
■ 夜の石狩 ― 人が動き出す時間
石狩の本当の姿は夜にある。日没後になると、昼間は人気のなかった路地に灯りがともり、細い通りへ人が集まってくる。飲み屋や夜店が開き、酒の匂いと話し声が混じり合う。子どもが入っても特に驚かれず、むしろ“場の一部”として自然に受け入れられる雰囲気がある。
この“夜に息をする街”という構造は、体験者が最初に加藤と出会った場面にも象徴される。トンネルの奥にある隠れ家のような酒場で、彼は体験者を見つけ、第一声で「お前、こっちの人間じゃねえな」と言い当てた。石狩県の夜は、ただ賑わっているのではなく、外から来たものを識別する“感覚”が鋭い。
⸻
■ “赤いメイン通り”の正体
石狩の中でも特異な存在として語られるのが、**“赤いメイン通り”**である。石造りの道が赤みを帯び、他の通りとは明らかに質感が異なる。一般人、とくに子どもは立ち入りを禁じられており、軍の管理区域である可能性が高い。
赤い石の正体は不明だが、軍装の色調や他県の紋章文化と照らし合わせると、**階級や権威を象徴する“土地そのもののマーキング”**であると考えられる。夜の賑わいとは逆に、この通りだけは厳しい空気をまとっていた。
⸻
■ 住まいと“隔離スペース”
体験者の住まいは、六畳に満たない小さな部屋だった。加藤は「そっちの部屋のほうが安全なんだ」と言い、そこに案内した。窓がなく、壁も厚く、音が通りにくい。石狩では“自宅=安全を確保する隔離スペース”という意味を持っているようだ。
外敵や風から身を守るというよりも、**“見られないことが安全”**という価値観が強い。これは石狩に限らず北海領域全体に通じる特徴だが、石狩は特に強く表れていた。
⸻
石狩県は、北海領域の文化的核心に位置する。
夜に賑わい、昼に沈む街。
外部者を敏感に見抜く住民たち。
そして、隔離された安全空間──。
ここから北海領域の物語は始まる。




