2.四県地政学
北海領域の行政構造は、現実の北海道と似た地形を持ちながらも、運用理念はまったく異なる“四県自治制”を軸としている。本節では、石狩県・上川県・根室県・松前県の四地域を、それぞれの地政学的役割・文化圏の差異・生活基盤という観点から整理する。
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■ 石狩県 ― 夜の人口移動と隔離設計
石狩県は、体験者が最初に滞在した行政区画であり、北海領域の中でも特に“暮らしの気配”が濃い地域とされる。特徴的なのは、昼と夜で人口の分布が大きく変動する点だ。昼間は通りが静まり返るほど人が少ないが、夜になると裏路地や飲み屋へ人が集まり、灯りが増える。都市設計は細い路地と土壁の家屋で構成され、建物には窓がない。これは外部からの風圧・気象の影響を避ける意図と、“夜に動く文化”に適応した構造と推測される。
また、石狩には“赤いメイン通り”と呼ばれる石造りの大通りが存在し、一般人や子どもの立ち入りが禁止されている。軍管理下の区域である可能性が高く、この県が軍政国家としての顔を担う“表の機能”を一部受け持っていると考えられる。
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■ 上川県 ― 母系的共同体と湖畔の生活
上川県は北海領域でもっとも開放的で、土地全体に柔らかな生活文化が息づく。体験者が滞在した季節は初夏であり、その印象が濃いことを差し引いても、女性と子どもの人口比率が他県に比べて高く、母系的な共同体性を備えていることは特筆に値する。
家々は草屋根と木材で組まれ、中央には海水湖が広がる。この湖を中心として集落が形成されている点は、上川県の生活が“水”に密接し、祈りや心情の文化と結びついている可能性を示す。また、上田と呼ばれる人物が管理する温泉が存在し、ここは上川県における“浄化・整え”の機能を担っていたようだ。
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■ 根室県 ― 軍規と秩序の中心地
根室県は北海領域の中で最も軍事色が強く、街全体が軍歌と規律のリズムで統一されている。人口の多くが軍所属の青年兵士で構成されており、彼らは礼儀正しく、強い目つきと硬い姿勢が印象的である。
体験者はこの地域で“異物”と判断されかけたが、加藤(一等陸佐)による保護があったため、危険な状況には至らなかった。根室は軍政国家の象徴的な中心であり、土地そのものも“外部者を厳しく観察する”空気を持つ。階級を示す銀色のカモメ紋、坊主頭の青年兵士、整然とした歩調など、軍事文化の統一性が際立つ地域だ。
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■ 松前県 ― 静寂と外交の境界面
松前県は他の三県とは異なり、生活音よりも静寂が際立つ地域である。城下町を思わせる街並みが続き、潮風は感じるのに海の匂いが薄い点が特徴的だ。ここは北海領域内における“中継地”としての役割を持ち、周辺地域──特に弘前側の文化(ちょんまげ文化)──との接触・交渉が行われていた。外交的な役割を担うことから、北海領域全体のバランスを整える“緩衝地帯”として機能していたと考えられる。
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四県はそれぞれ独立した文化圏を形成しながらも、全体として“北海領域”という一つの世界観を共有している。それぞれの地政構造を理解することは、以降の体験記録を正しく読み解く基盤となる。




