1. 設定資料 総論
北海領域──そう呼ぶしかなかった場所がある。
そこは夢と断ずるには筋が通りすぎていて、しかし現実だと言うにはあまりにも静かすぎる世界だった。私がその土地に滞在したのは、通算で一年ほど。出入りこそ断続的だったが、生活の息づかいや方言、そして人々の反応までもが“ひとつの文化”として成立していた。
その世界には、現実の北海道に似た四つの県があった。石狩県・上川県・根室県・松前県。地図こそ見たわけではないが、移動の距離感や風の匂いで、おおよその位置関係は自然と理解できた。石狩は夜になると人が増える町で、上川は春の匂いが残る穏やかな土地。根室は軍の拠点で、松前は静寂ばかりが目立つ城下町のようだった。
この世界で最初に声をかけてきたのが加藤という男だった。「お前、こっちの人間じゃねえな」と言った彼は、軍人でありながら妙に気さくで、しかし一度怒れば空気が震えるほどの圧を持っていた。彼は私の訛りや歩き方を見て、すぐに“異物”だと判断したらしい。この瞬間こそ、北海領域が単なる夢でないと思った最初の証拠だった。
その後も不思議な出来事はいくつも続いた。上川県では湖を囲むように家々が建ち、夜は誰かのすすり泣きが風に乗って聞こえた。根室では若い兵士たちが規律正しく敬礼し、松前では海の音よりも人の足音が小さく響いた。どこへ行っても、人々の視線や会話には“暮らし慣れた重さ”があった。作り物の世界ではなく、誰かの生活そのものだった。
なにより確かだったのは、この世界が私を観察し、同時に受け入れようとしていたことだ。言葉は少しずつ耳に馴染み、現実世界でも訛りが抜けないほど染みついていった。嫌な気配も危険もあったが、それ以上に“知らないはずの懐かしさ”があった。
本章では、この北海領域で見たものを整理し、全体像を示す。
ここから先は、石狩の夜、上川の風、根室の軍歌、松前の静寂──そのすべてを、できる限り歪めずに記録していくための“入口”になる。
そして1章からは、この世界で私が実際に体験した出来事を、物語として語ることにする。




