中庭 その2
「言うほどか?少なくともお前の好みじゃないと思うけど。」御陵は気のない返事をした。
「何を言ってるのやら、さっきあんなに楽しそうに話してたくせに。……彼女も昼休みのミーティングには顔を出すのか?」
「ああ、そうだったはず、ってか、どうしたんだ、そんなにあの子のことを気にして。もしかして、一目ぼれでもしたか?」
「一目ぼれだって?……ふん、表面的に見ればな、だが実際はそうじゃない。運命、そう、運命ぼれさ、あの人のまなざしが俺の瞳を貫き、心に突き刺さってからというもの、彼女との運命を感じずにはいられないんだ。」
「お、雲行きが怪しくなってきたな。」
白川はベンチから立ち上がり、前に躍り出た。
「おお、神よ、この俺を退屈しのぎに運命で弄ぼうというのか、この俺を試そうというのか、俺は一度だってあんたを試したことなんてないというのに、どれだけ苦しもうと俺があんたに助けを求めることは決してないというのに!」
久々に青年の演技を見て感心している御陵の方へ、白川はグンと振り返る。
「友よ、君は彼女の目を見て感じなかったのか、自身の肉体を貫く運命というものを!」御陵の返事を待たずに青年は続ける。「ああ、なんて気の毒なやつなんだ、なんて羨ましいやつなんだ、彼女の瞳にバラを見なかったとは!あの情熱と純粋に魅入られなかったとは!あの素敵な目にひとたび見つめられたら……、ああ、なんて細長く愛らしいまつげ、まるでバラのガクのよう、そしてそこからのぞく瞳はさながらバラの花束!しかし、彼女はその価値を理解していないのだ、あの純情の価値を!そのためにあのまつげは羞恥に震え、瞳はただはにかんでいるばかり……!」
「はは、ウォラーみたいなことを言うじゃないか、『ゆけ!愛しいバラよ!』ってね。」
御陵に横やりを入れられ、白川はあからさまに不機嫌そうな顔になった。しかし、御陵はそれに気づかない様子で、少しだけ痛快さをにじませた顔をしながら続けた。
「ちなみに、これを聞いても怒らないでほしいんだけどさ、僕の記憶する限りだと、バラのガクは意外と短くて太いんだ、あと枚数も少なかったような――」
「知るかそんなこと、もののたとえにいちいち突っかかってくんな!なにが『ゆけ!』だ、なにがウォラーだ!そいつ、阿片でもやってたんじゃないか?それでケシをバラに見立てたんだろうよ。……ふむ、阿片ね、なるほど、たとえを改めようか、西大路さんの目はケシの花のようだと言った方が正確だな。」
「ふうん、彼女のまなざしはまるで阿片のようにお前をとろけさせるってことかい?」
「そう、それだ!あの人の瞳は阿片さ、あれに見つめられたら、どんな賢者でも聖人でも詩人でも、たちまち参っちまうよ。」
「はは、今度はボードレールみたいなことを言うね。」御陵が言った。
「今は俺の独壇場だぜ、他の詩人どもの名前を出すのはやめろ、不愉快だ。」
「なんだ、急に不機嫌になって……、もしかして、ボードレールを知らないのか?」黙ってにらむ青年の顔を見て、御陵は手を叩いて笑った。「お前はボードレールも知らないのか!ははは、こりゃ傑作だ!」
そらどうも、と白川は視線をそらし、つまらなそうに吐き捨てた。
「はは、まあ、当然か。お前みたいなやつがボードレールに親しむわけないもんな。」御陵はまだ愉快そうにクツクツと笑っている。
「当り前さ、俺みたいな繊細な心の持ち主は、詩なんか読まずとも済むんだから。」
「逆だよ、馬鹿。大雑把でいい加減な心だから、繊細な詩を味わえないってこと。」
「逆なのはお前だし、馬鹿なのもお前の方だぜ。心が繊細だから、わざわざ他人の書いた詩なんか読まなくても繊細さを自己完結できるんだ。お前らみたいな大雑把で物事をシステマティックにしか捉えられないやつらが、繊細さをよそから調達しなきゃならんのとは違ってな。」
白川がそう言うと、御陵はわざとらしくため息をついて首を振った。
「やれやれ、あきれた。詭弁だよ、それは。付き合いきれないや、もう好きに言ってろ。」
それから、ゆっくり立ち上がって歩き出した。
「そうさせてもらおう、いや、お前に言われずともずっとそうしているつもりさ。」白川は御陵の背に向かって毅然と言い放った。御陵はあまりにゆったりと足を動かしているので、まだベンチから数歩も離れていない、まるで少しでも白川の注意を引こうとしているかのようだ。白川はそれが気に食わないのか、もどかしそうに急き立てる。「さあ、脇役はとっととカーテンの奥に引っ込め!モノローグさえ許さんぞ!」
「少しはまともになって話せるやつになったと思ったらこれだもの……」と御陵は分別くさい口調で言った。
「引っ込めと言ってるだろ、このペテン吐きの衒学者!糞喰野郎めが!文字通り、くそ食らえだ!」
御陵はため息をつき、うんざりした様子でまた歩き始める。白川は彼の背をずっとにらみつけていた。心臓のある位置から一切視線を動かさず、まるで眼力だけで彼を射殺そうとしているかのようだった。しかし、御陵が学部棟に入りかけた時に彼は大急ぎで、西大路さんって恋人はいるのか?と叫んだ。
「知るか、自分で聞けよ!」と言って御陵は建物の中に消えていった。
《おいおい、彼女がどこにいるか、俺は知らないぜ、本当にいちいちどうしようもないやつだ。まあいい、向こうからやってくるさ、さっきのようにね。それにしても、「西大路」か、なんて素敵な響きだろう!これほどまで彼女にピッタリな名前があるものだろうか、ない、ないね、あの美しさに相応しいのは間違いなく「西大路」だ。これが何かの間違いで「東大路」だったり「油小路」だったりしてみろ、あの美しさが損なわれるどころじゃない、もはや台無しだ、間違いなく。ああ、西大路さん、俺はなんて馬鹿なことを考えていたんだ、「太陽を手に入れようとするもの」だなんて真面目腐ったことを……、手に入れたいのなら太陽だろうと何だろうと、手に入れればいいんだ、成し遂げたやつがいないってだけで、できない道理なんてありゃしないんだから。こうしちゃいられない、彼女に捧げる美麗な言葉をそろえなくては。恥ずかしがり屋の天使、きっと今日一日であなたの心に湧く泉を、甘い涙の源を、私だけのものにしてみせましょう。
……それとは別に、あの御陵のやつはやっぱり徹底的に叩きのめしておくべきだな。あのまま放っといたら、いつ邪魔されるか分かったもんじゃない。そうでなくとも、あいつはいるだけで俺を不愉快にするんだから、排除しておくべきだ、俺を見ただけで隠れたくなってしまうくらい徹底的にへし折っとくべきだ。それにあいつ、西大路さんとあんなに楽しそうにお喋りして……手まで振ってもらって……、畜生、ムカつくぜ!いや、ひょっとして……西大路さんはあいつと付き合ってるのか?いや、いや、弱気になっちゃダメだ!そもそもまだ聞いてもいないのに、なんだってそんなに悪い方に考えちまうんだ、いや、むしろそっちの方がいいのでは?もし彼女の恋人が御陵なら、あの子を手に入れることとあいつをぶちのめすこと、両方の目的を一度に達成できるじゃないか!よし、となりゃ、まずは西大路さんと会うところから始めるとするか。》




