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即興喜劇・物笑い  作者: alIsa


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中庭 その1

 二人はそのまま、学部棟の中庭へ歩いていった。もう二限目が始まっているのだろう、学部棟とその周辺はすっかり様変わりして、蛇のような静寂を垂れ流している。御陵がベンチの一つに腰を下ろして気持ち端の方へ詰め、お前も座れよ、と白川に促した。

「いや、いい。すぐ終わるから立ったままで十分だ。」

 白川はベンチには座らずに御陵の前に立ったので、彼を見下すような、覆いかぶさるような姿勢になった。そして、そのまま語を進める。

「お前は俺が復学した理由を知りたがっている、はっきり言えば、お前に突っかからないかを心配してるんだろう?安心しろよ、俺がこうして戻ってきたのは実家の都合さ、お前が理由じゃない、やり返しに来たわけじゃない。それはそれとしてお前のことは大嫌いだから、お前と一緒にいるのも口を利くのも御免こうむりたい。それだけだ、じゃあな。」

「おい、待てって!そもそも僕からすれば、お前が半年も大学に来なかったこと自体、思いもよらなかったんだ、半年前のアレにしたって、いつもの口喧嘩のつもりだったんだ!」御陵は去ろうとする白川に慌てて声をかけた。が、白川は足を止めなかった。「お前が山科のことを好きだなんて、知らなかったんだよ、知っていたら全力で応援したさ!」

 白川の足がキュッと止まり、彼は振り返る。

「はは、さっきから、馬鹿も休み休みって言葉を知らないのか、お前は。『知らなかった』だって?そんなわけあるか。高校の時から俺の惚れた女をことごとくかっさらっていったお前が、あの女の時に限って気づかずに見過ごすなんて、そんなわけがあるもんか!」《クソ、無性に腹が立つ、こいつと話すとこうならずにいられないんだ、俺は!愚策だった、無視するべきだったんだ、こんなやつ。あっちが折れるまで無視しときゃよかったんだ!》

「お前の自意識過剰だよ、お互いの趣味が偶然一緒だっただけで――」

「昔のお前は潔さがあった、俺の恋愛を正面から台無しにして喜ぶ純粋な悪意が。でもお前も卑劣なことを覚えたもんだ、俺を最後まで泳がせておいて、いざ告白って時にズブリ!だもの。それが『応援した』と来たか、ふん、大した二枚舌だ。」

「悪意だって?そりゃ競争心はあったけどさ!」

「競争心!俺の自意識過剰だ、とさっきお前は言ったはずだが?あまりにも舌が多いんでどれが何を言ったのか、お前自身把握しきれてないらしい。」

「そんな言葉尻を捕らえて、お得意の詭弁は健在みたいだな!」

「尻を捕らえる?俺が?それはお前のことさ、お前は俺の見ている女なら誰だってケツを追っかけて鷲掴みだものな!しかも二人の女の尻を片手ずつで、いや、どういうわけか三つも四つも同時に揉みしだいてるときもあったか。今はいくつだ、九つか?この化け狐め。」

「昔のことをぐちぐちと……。言わせてもらうがね、僕だって成長する、大人になったんだ、今では一途だよ。そう、成長、お前だってどうやら成長したみたいじゃないか。あのうさん臭くて恥ずかしい演劇病の菌もすっかり死滅して、すっかり大人の顔だ、うんうん、僕も心を鬼にして忠告をした甲斐があったよ。あとに残るは没個性で冴えない青年一人、結局それがありのままのお前ってわけさ。」

「死滅だって……?は、勝手に言ってろよ、おめでたいやつ。」

「はは、どうした?歯切れが悪くなったな、何なら今ここでやって見せろよ。」

「部外者の分際で、俺の演劇をタダで見れると思ってるのか?アホくさ、帰るわ。」

「あっそ、張り合いのないやつ、どこへでも行ってしまえ。……いや、いや、まずいな。ちょっと待て、おい、白川、悪かったよ、口論する気はなかったんだ!」

 御陵は焦った様子で遠ざかる白川に何度も怒鳴って呼びかけた。しかし、青年はそれを無視して歩き続けた。彼が違和感に気づいたのは、中庭を出ようとしていたまさにその時だった。御陵の怒鳴り声がいつの間にか優しい声になっていたのである。親しげな笑い声も上がっていて、どうやら誰かと話しているようだ。

 《誰か知らんが助かった、あのままじゃ家までついてきたかもしれないからな、住所までバレたら敵わない、いいタイミングだ。今のうちに帰ろう、いやつまり、暑気をまとって蜃気楼のように……、それにしてもなんだか聞き覚えのある声の響きだ、具体的には今朝――》そこで白川はバネさながら飛び跳ねて振り返った。ベンチには、あの女学生が座っていた。《なんてこった、本当に迎えにくるとは!》彼はまるで石像になってしまったかのように微動だにしなくなる。《「あなたのまなざしに浴する光栄に二度も与れようとは、」……「あなたのまなざしに浴する光栄に二度も与れようとは、」……》ずっと喉もとに蓄えていた台詞は、口内がカラカラに干上がっている上に舌ももつれてしまうせいで、彼と同様に立ち往生してしまっている。

 《緊張?なんてこった、驚いた、こんなことが、まさかひるんでしまうなんて……。彼女のあの美しさという威光を前に、俺はすっかり無力化されちまったってわけか。所詮は人間風情が天使を手に入れようなんて、考えてみればなんておこがましい。俺に許されているのは、あの人の背後にひれ伏し、彼女の歩いた地面に接吻することぐらいなものだろう。見よ、あの美しさを!素晴らしく熟した桃のようにみずみずしい唇を、秋の夜闇のように涼しい黒色をして日差しを艶やかに照り返すオニキスのような髪を、孔雀の羽のように細く長く均整の取れた十本の指を!俺の手が触れるべきではない、一目見れば馬鹿でも分かる。》白川は立ち尽くしたまま、苦しそうにため息をついた。女学生の会話と笑い声は、ひとまとまりの音となって彼の耳に届いている。

 《ああ、美しい、やはりこうやって遠くから眺めているのが俺には分相応さ、だってあんな美しい……足がすくんで口も利けなくなるほど美しいんだもの。なんて俺は馬鹿だったんだ、あの天使を手に入れようなどと考えていたなんて、まさに太陽を手に入れようとするようなものじゃないか。握り拳を作って太陽にかざし、勝手にいい気になって――、あの子が立とうと、天使が飛び立とうとしている、髪がなんと霊妙に光を弾いていることか、まるで光輪のようだ。》青年の目が瞬きと瞬きの合間に、女学生の視線とかち合った。

 《今確かにこっちを見たぞ!そして一瞬だけあの羞恥が――、また見たぞ!歓喜に満ちた顔に一滴の羞恥が広がって……、なんて倒錯的な表情!ああ、しかしすでに波紋は去って、彼女の顔には……、なんて慈愛と衝動に満ちた微笑!そしてそのまま御陵に手を振って背を向ける、その足取りは飛ぶように軽やか!全く、お手上げだ、何から何まで美しくて素敵と来た、――って、御陵だって?どうしてあの子はあいつとあれほど親密に話していたんだ?》そこに至ってようやく、白川の足は動くようになった。

 白川に気がついた御陵は打って変わって、さっきは悪かったって!と大声を張った。白川はそれを無視して大股でベンチに近づき、黙ってベンチの前に立つと、先と同じように御陵を見下す姿勢をとり、さっきの人は?とぶっきらぼうに尋ねた。

「ホントゴメン!僕が悪かった、どうかしてたんだ!」

「分かった、分かったからさ、もういいって。それで、さっきの――」

「よかった。なんだかんだ長い付き合いだもの、こんな形で終わりにしたくないよ。さ、とりあえず横座れよ、さぁさぁ。」

「いや、立ったままでいい。それで――」

「ほら座って、遠慮すんなよ、腰を据えてゆっくり話そう。」

「分かった、座るよ、はい座った。で、さっきの人――」

「サークルの連中も心配してたし、昼休みにミーティングがあるから、ついでに顔出せよ。」

「了解了解、話は変わるが、さっきの――」

「そうだ、ついでにその後にでも、一緒に昼ご飯を食べないか?」

「ああ、いいんじゃないか?ちょっと聞きたいことが――」

「オッケー、この後忙しくてさ、午後の一時くらいに連絡をいれるよ、あ、ちなみにミーティングは十二時半からだから、よろしく。」

「よろしく……って、おや?なぜ俺がミーティングに参加する流れになってるんだ?」

「お前が行くって言ったんだろ?じゃ、僕はもう行くよ、昼飯の約束も忘れるなよ?」

「……昼飯だって?おい、ちょっと待て、俺もお前に聞きたいことがあるんだ。さっきお前と話していた人は?」

「さっき?……ああ、西大路のことか。サークルに今年新しく入った子だよ、二回生の。」

 西大路……、と白川は口の中で呟いた。聞くと、どうやら御陵経由ではなく、鹿ケ谷経由で入部したらしかった。彼女は高校の時から鹿ケ谷と仲が良く、その縁でやってきたのだ。

「へぇ、あれもなかなかやるじゃないか。にしても、あんな美人をねえ……」


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