学部棟入り口
また雨が降り出していた。青年はもう何も入っていないポケットに手を入れたまま、学部棟の入り口で雨宿りをしていた。
御陵は、と彼は空を見上げながら思案する。御陵は山科さんをどうするだろう。あいつのプライドやら反骨心やらを煽るように、それでいてタチの悪い居直りをさせないように、心がけたつもりだが……。いかんせん、ところどころで意識がトんでて口から出るに任せていたからなぁ。
白川は大学を去った後のことをまだ思い悩んでいた。御陵という無二のアクターを失ってしまったのと同じかそれ以上に、山科という唯一の観客がいなくなるのはつらかった。それと同時に気づいてしまった。地獄のようなあの半年間においても、自分は山科のような観客を、あるいは彼女自身を、探し求めていたということに。
――なんということだ、僕の地獄の根源は全部彼女にあったとでも言うのか!
この瞬間、白川は自分を迎える地獄、真の地獄の地形を初めて鮮明に見て取った。
目を閉じると、雨のザァザァとアスファルトを叩く音が、おのずから無数の拍手に聞こえてきた。広い劇場を埋め尽くす、洪水のような拍手喝采……。
そうするうちに、青年は永遠の観客を発見した。今日大学の正門に立った時から、いや、あの空白と思っていた半年間でさえ、彼自身ですら喜劇を放擲しかけていたあの期間でさえ、黙って彼を見ていた唯一の観客を。それは天、すなわち神だ。概念としての神でも慣用句としての神でもない、ましてや精神や神経でもない、客体の神である。異様な高揚感がむらむらと湧きあがり、全身がひきつけのように震えた。
――幕引きとしては申し分ない、いや、このお粗末な始末にしては十分すぎるほどの拍手だ。神様からの喝采だなんて最高級じゃないか、僕の喜劇は天のお墨付きってわけだ。大学?外の世界?なんて狭い世界しか見えていなかったことか!
――このまま肉体を離れ、神様お抱えの喜劇役者になるものいいかもしれない。そうと決まれば、もはや思い残すことはない、新天地、新たな舞台、それを想えばこの喜劇をすっかりやめにするのだって、ちっとも惜しくはない!
……水たまりを踏む音とともに雨音が乱れた。懐かしい声がして、彼を法悦まがいの境地から連れ戻した。驚いた青年が視線を落とした先に、山科が傘をさして立っていた。




