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即興喜劇・物笑い  作者: alIsa


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25/30

大講義室 その3

 白川は続ける。

「恋愛の前には、道徳だの社会通念だの、そういったものは全て無力で、美人に心惹かれない奴は鈍ブツ、不倫しない奴は俗悪、女房孝行するのは偽善者、一人の女に惚れ抜くのは馬鹿者のやることで、浮気への非難は恋愛力のない奴らの妬み嫉みに過ぎない、浮気はむしろ自然の道理で姦通は動物合理的行動だ、とかって動機のような言い訳のような主張する連中っているだろ?

 俺はあいつらを見るたびに不思議でならない、どうして彼らはもっと愛することに向き合わないんだろうとね。こいつらは登山で言うところの三合目くらいまでを行ったり来たりしてるようなもんだ、そして、この三合目までは誰が相手でも同じような道のりをたどることになる。機嫌を取って、好みを知って、距離を詰めて、格好をつけて、愚者を演じて、口論して、それから何より、同じベッドに寝て……、といった具合にね。

 そんな繰り返しを彼らなりに楽しんでるんだろう、でも自分たちが恋愛の酸いも甘いも知り尽くしてるなんて顔をしてるのはちょいといただけないな。真髄というのは、愛することの奥義ってのは、その先にあるものなんだから。

 つまりはこうだ、――彼女の綺麗な体と美しい心を愛そう、朝起きるたびに彼女を愛そう、夜眠るごとに彼女を愛そう、彼女の過去を愛そう、彼女の愛するものを愛そう、彼女のアンニュイを愛そう、彼女の小言を愛そう、彼女の老いを愛そう、ハリを失っていく首裏を愛そう、筋張っていく手足首を愛そう、白髪を愛そう、シワの溝を愛そう、アルツハイマーを愛そう、悪性腫瘍を愛そう、彼女の死を愛そう、彼女だったものを愛そう、彼女の墓石を愛そう。

 困難?不可能?当り前だ、愛するってのは娯楽じゃないんだぜ。しかしまぁ、この辺は愛することと愛されること、どちらに重きを置いているかによるのかもな。あるいは、単に女にモテない俺が酸っぱい葡萄だと(わめ)いているに過ぎないのかもしれない。長々と演説ぶってきて今更だが、この際恋愛論なんてものはうっちゃっておくとしよう。どちらが高尚だとか低俗だとか、そんなものは結局、どこまで行っても個人的な問題で、優劣をつけるようなものじゃないもの。恋愛について議論を戦わせるのは、暇人や老人の仕事だ。

 そういえば、お前はさっき、浮気くらいで山科(やましな)からの信頼は揺らがない、と言ってたよな。本当にそうか?彼女のお前に対する信頼は激しく動揺している。

 ……驚かないな、そりゃそうだ、俺の三十倍は女慣れしているお前が、まぁゼロは何倍にしてもゼロなんだが……、そんなお前が、ただでさえ分かりやすいあの女の心の機微くらい、察せないはずがないんだ。なら、彼女がそのことにひどく苦しんでいることは知っているか?彼女がお前の浮気よりも、それを隠すための嘘よりも、お前への疑心のために苦しんでいるということに気づいているか?

 本当に気の毒になるくらい優しい人だよな、彼女は俺やお前と違って、他人のために心を痛めることのできる人なんだ。でも俺とお前が散々好き放題したせいで、それにも限界が訪れつつある、あの人はどうにもならなくなるかもしれない。まだSOSを出してる今がラストチャンスだ、どうにかするなら今だ、だってもしかしたら明日には……」

 白川はそこで口をつぐんで机から飛び降りた。ちょうど四角形の左下の頂点だ。彼は窓に近寄ると、そこに映った幽霊のようにかすかな自身の姿を見て出し抜けに言う。

「やっぱ俺ってブサイクだよなぁ。」

「おい、どういうことだよ、どうにもならなくなるって。」

 それまで素直に黙っていた御陵が、ようやく口を開いた。彼は思わぬ指摘に少なからぬ衝撃を受けて青ざめていたが、青年はそれを見て、かえって安堵しているように見えた。彼は御陵の方へ歩きながら間もなく語を継ぐ。

「分からないか?それなら言い方を変えよう。例えば、床を花で飾るとか、季節に頓着しなくなるとか、深海のように静かになるとか、涙も流さなくなるとか。あと最悪徳を犯す、なんてのもあるな。そんなに首を振ってたって何も変わらないぜ、このままじゃ山科は自殺を犯すかもしれない、もちろん最悪の場合だがね。そうでなくとも、このままじゃ彼女は狂気の処女の如く、文字通り地獄の果てまでお前についてくことになるだろうな。

 もし山科と別れようと思うなら、カッコつけちゃダメだぜ。『君のため』とか『償いのため』とかすっぽん並なことを言うのも、何も語らず黙って別れるなんて思わせぶりなこともやっちゃいけない。自尊心の強いお前にはつらいかもしれないが、とことん滑稽でダサい別れ方をするんだ、『なんでこんな男と好き合ってたんだろう、こんな信頼ならない人に私が胸を痛める必要なんてないわ。』と彼女に思わせるくらい、とびきりのやり方をね。

 もし山科と続けていこうと思うのなら……、もしそうなら、こいつは前途多難だぜ。分かってるだろうが、一度浮気をした恋人をかつてと同じくらい信じるのは不可能だ、覆水盆に返らず、彼女には常に不安と苦痛が付きまとうことになるだろう。彼女が耐えきれなくなるたび、お前は彼女を慰めなければならない、一生。お前は彼女と別れるべきだよ。

 ふむ、俺の話を聞いてるか?今のお前の顔にはこう書いてあるぜ、『俺とお前が散々好き放題?ひょっとして山科について、白川にも何か罪過があるのか?』とね。流石になかなか目ざといじゃないか、それについても話しておくとしよう。おや、雨が止んだな、変な天気だぜ、全く。

 ……お察しの通り、彼女がああなった原因は、俺にもある。彼女を俺の喜劇に巻き込んだ、自分の欲を満たすための道具として(もてあそ)んだんだ、お前と同じでな。一丁前に、その気もないのに、愛の告白なんかしてさ。あの時は本気だったって言っても、許されないよ。後悔した。まさか一週間も泣いてくれるなんて、俺なんかのために……。

 でも俺は喜劇をやめるわけにはいかない、これが無いと呼吸の仕方も分からなくなるんだ、でも怖いんだ、また誰かを傷つけたら、そのことを手遅れになってから知ってしまったら、想像するだけでめまいがする。自惚れ?自意識過剰?俺だってそう思いたい、でもいたんだ、山科は俺の演技を楽しんでくれた唯一の人だった、そんな人を俺は傷つけたんだ!調子に乗って告白なんかやったばかりに――、お前がいつもみたいにもっと早く彼女を奪ってくれればこんなことにはならなかったんだ!畜生、どうすればいいんだ……?

 俺とお前は同じ種類の人間だとばかり思っていた。陶酔、俺にとっての喜劇でお前にとっての女遊びのことだが、そういう刺激のために人生を捧げる人間だと。だけどお前は賢いよな、早めに身を固めておいて、女遊びはこっそりほどほどにしておこうと考えたわけだ、うまいこと折り合いをつけたもんだよ。万が一浮気がバレても山科なら大丈夫だろうと、だから自分にはうってつけだと考えたんだな、昔から要領がいい、山科の苦しみを全く顧みないのもお前らしい考え方だ。

 ……それでいいのか?お前には彼女を大事にする義務があるんだ、せめて彼女に気づかれないようにうまくやってくれ、頼むよ。なぁ、悔しいけどさ、あんたらはお似合いなんだ、二人が一緒のところを見ると清々しい気持ちになるんだ。彼女といるとき、他の女のときとは違うものを感じるはずだ、安らぎのようなものを感じるはずだ。それじゃ不満足か?彼女を大切にしてくれよ。

 ああ、ダメなんだな、手に取るように分かる、お前の征服者の野心は、そんなんじゃ収まらないんだよな……。ああ、なんて底果てない情欲、お前はこんな下劣な手段を使ってまで自身の陶酔を追い求めたいのか!俺がお前だったなら、絶対こんなことにはならなかったのに!もし俺が彼女を実家に連れてったら、あの両親はどんなに喜んだことか、人生で初めての親孝行になったろうに!お前は最低最悪のゲス野郎だ、あの人にふさわしくない、お前なんか雷に打たれちまえばいいんだ!」


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