南構内東棟三十一教室 その2
《みんなって?それに――》白川は怪訝に思い、漠然とした疑問を固めるための質問をいくつか考えようとしたのだが、間もなく講義室の外が騒がしくなり、思考は中断された。ドアが開く。入ってきたのは……鹿ケ谷である。《お出ましだ。》白川は彼をねめつける。《はん、おしゃれなんかしやがって、馬子にも衣裳ってか?後のことを考えないなら、こんな子供五分で泣かせることができるんだがな。》彼は愛想よく挨拶したが、白川の視線に気づくと、苦笑を浮かべて、どうかしました?と尋ねた。
「すべての男を憎んでるんだよ。」山科がニヤニヤと笑い返した。彼女は白川の例の口調や身振りを真似する。「ああ、この世から!この世から私以外の男がいなくなればいい!そうすれば彼女は、愛しい月は、西大路さんは、必然私に振り向いてくださるというのに!」
俺はそんなセンスのない言葉選びはしない、としかめ面で吐き捨てた青年の近くで苦笑いをかみ殺していた鹿ケ谷が、訝しんで割って入る。
「どういう意味だったんですか?西大路がどうとか言ってましたけど。」
「やっぱり分からないよねぇ?」山科は得意顔で笑う。「白川は西大路さんのことが好きなんだって。」
《おいおい、こいつ、人のことをコケにしたあげく、計画を台無しにしやがったぞ!もしかしたら、御陵よりこの女をどうにかするべきなんじゃないか?》しかし鹿ケ谷がニヤつきながら、白川さんもですか、と言ったので、彼の注意はそちらに向いた。
《俺「も」?ふむ。》「そういうお前はどうなんだよ、鹿ケ谷。聞いたぞ、高校以来の仲らしいじゃないか。」白川は友好的な笑みを浮かべて尋ねた。
「え、僕?いやいやいや、勘弁してくださいよ!」鹿ケ谷はおどけたように言った。「白川さんの恋敵なんて、何されるか分かったもんじゃないですから、仮に好きだったとしても、言うわけないですよ。」
「ねー。決闘とかしかけてきそうだよね。」山科が同調する。
「ロシア人の書いた小説じゃあるまいし、決闘罪なんてものもあるんだから、そんな馬鹿な真似するもんかよ。」白川は眉をひそめて彼女を見る。
冗談だもん、と山科はふくれっ面になって黙ってしまった。《ようやく黙ったか、まぁ、手遅れなんだが……。こうなったら直接聞いて反応を確かめてみるか。》青年は鹿ケ谷に向き直り、お前って西大路さんと付き合ってるのか?と尋ねた。しかし、鹿ケ谷は普段と変わらない飄々とした態度で、いいえとしか言えませんよ、とだけ言ったので、白川はその真意をつかみ損ねた。《どっちつかず、含みがあるようにも聞こえるし、何の意味もないようにも聞こえる。ちぇっ、もう少し揺さぶりを――》とそこで、少しの間だけ黙っていた山科が突然、そうだ!と大声を出した。
「あんたはもうおとなしくしてろよ。」白川はついに哀れみに近い視線を彼女に向けた。
「ねぇ、白川の恋路、私がアシストしてあげようか?」「いや、遠慮しとく。」
「西大路さんって、確か文学部だったはず。そこで――」「聞けよ。」
「そこで話が合うんじゃない?白川も小説好きだよね?」「別に好きじゃない、小説なんか。」
「そうだっけ?それなら――」「だから、アドバイスなんかいらないって言ってるだろ。」
二人のそのようなやりとりを鹿ケ谷は微笑ましそうに眺めていたが、ふと背後を振り返って何かを確認すると、みんな来たみたいですよ、と彼らに言った。それと同時に講義室のドアが開き、談笑の声とともに三人の男女が部屋に入ってきた。《ここまでか。山科のせいでろくに情報を引き出せなかったな。》白川は入ってきた学生を順番に見る。二人は知らない男女だったが、残りの一人はあの西大路だった。白川と目が合った彼女は、控えめに微笑んで会釈をした。《ああ、なんてかわいい人。ここまでの疲れが洗い流されるようだ。》青年はつい破顔した、のだが、前に座る山科に小突かれたせいで、すぐに険しい顔に戻って彼女を見た。山科は手を口の脇に添えながら、弾んだ声で彼に囁く。
「西大路さんに効果テキメンな口説き文句も、一緒に考えてあげるからね。」
白川は西大路の前で怒鳴るわけにもいかないと思ったのか、おそらく今日最も大きいため息を一つ吐くだけで済ませたのだった。