第96話 動乱終結
「閣下。新たに三家が手勢を連れて去りました。さらに何家かが、領地に引き上げる準備をしているようです」
「……おのれ、なんという有様か」
エルトポリの門と睨み合う建国反対派の野営地。司令部と軍議の場を兼ねた大天幕で、家臣の報告を受けたサヴィーノは唸るように言った。
ユーティライネン家の主要な味方を押さえておくべき別動隊が相次いで敗北し、ヒューイット家やヴァレンタイン家をはじめとした建国賛成派の手勢がこちらの後方、主戦力が留守となっている各家の領地を荒らし回っている。そのような報せが届けられた後、軍勢の結束が瓦解するのは早かった。
まず、自領が襲われ、財産が奪われ、一族が人質とされ、居館が焼かれたとの報せを受けた数人の領主たちが、その日のうちに帰っていった。翌日には、その領主たちと領地が近しい何家かの軍が、自領を守ろうと撤退していった。
その他の領主たちの間にも動揺が広がり、今後の方針を決めるための軍議は大いに揉めた。
エルトポリ陥落を急ぐべきか。それとも、この軍勢からさらに別動隊などを出して後方の敵軍を討つべきか。そもそも急いだところでエルトポリを落とせるのか。別動隊を出したところで、少数で動いている後方の敵軍を見つけられるのか。見つけたとして魔法使いを有するであろう敵軍に勝てるのか。こちらの戦力としては最強と言うべきバルラガン卿も、どうやら敵の突破を許した様子だというのに。
意見は割れ、議論は過剰な熱を帯びて口論となり、掴み合い殴り合いの喧嘩さえ起こった。寄せ集めの軍勢はまさしく烏合の衆になり果て、最初の報せを受けてから僅か三日ほどで、その規模は半数を割ろうとしている。
「ランツェッタ卿、これはもう、諦めるべきだろう」
「こちらは数の有利を失い、士気もがた落ちだ。このままではユーティライネン軍がエルトポリから打って出てきて、そうなれば我らは敗けるぞ」
「もはやここまでだ。そう考えるべきだ」
本心としてはノイシュレン王国などという存在の誕生を認めたくないために、あるいはサヴィーノと仲が良いために、未だ残っている領主たちが口々に語った。
サヴィーノ個人の感情的には、とても受け入れ難い意見だった。自分は領主である。ランツェッタ領というひとつの世界の支配者である。神以外の存在を崇め戴くなど冗談ではない。心の底からそう思いながら、しかし現実を見れば、どう足掻こうと勝ち目がないことは明らかだった。
「……軍を退こう。そしてユーティライネン卿に講和を求める。奴にとって、反対派の領地全てを制圧するのは避けたい手間であるはずだ。我々がノイシュレン王国とやらに与してやる意思を示せば、奴もこれ以上こちらに手出しをせず受け入れるはずだ」
血を吐きそうなほどの憤りを声に込めながら、サヴィーノは集っている領主たちにそう語った。
・・・・・・
結果として、サヴィーノの目論見通りにはいかなかった。
それぞれ自領に撤退して守りを固めた反対派の領主たちが講和を申し入れると、サンドラはこれを拒否。その上で、彼らに個別に使者を送り、ユーティライネン家に全面的に降伏するよう要求した。賠償金や領地の一部割譲など、各領地の状況に応じた要求をそれぞれ添えて。
このとき、サンドラは意図的に、要求の重さに差をつけた。軽い要求を受けた領主たちがまずはユーティライネン家に屈し、足並みが乱れたことで、重い要求を受けた領主たちもそれを呑まざるを得なくなった。重い要求を受けた領主たちは軽い要求を受けた領主たちに反感を抱き、何か裏取引があったのではないかと疑った。その結果として反対派が互いに疑心暗鬼になり、彼らはこの先結束を為せなくなった。
大半の反対派がユーティライネン家の要求を受け入れて屈服した一方で、今回の動乱を主導したランツェッタ家に関しては、そもそも交渉の余地が与えられなかった。言わば見せしめとするために、サンドラはユーティライネン軍を率いてランツェッタ領を襲撃した。ヒューイット家やヴァレンタイン家をはじめとした味方からも援軍を募った上で攻撃を仕掛けた。
複数の魔法使いや多くの騎士、正規兵、傭兵、そして頭数を補強する民兵から成る軍勢は、猛烈な攻勢を展開し、さして強固でもないランツェッタ家の居城を瞬く間に陥落させた。捕らえられたランツェッタ家の者たちのうち、サヴィーノをはじめとした大人たちは処刑され、子供たちは神殿に入れられて世俗で生きる道を断たれた。
また、僅かだがユーティライネン家の要求を拒否して降伏しなかった反対派の領主家もあり、そうした者たちには「元」反対派の領主家がけしかけられた。
襲撃の結果得た戦利品は自分たちのものにしていい。サンドラからそう伝えられると、元反対派の領主たちは勇んでかつての仲間の領地に襲いかかった。これから侯となるユーティライネン家への贖罪を為し、自家の立場を良くするために。そして、賠償金の支払いや領地の割譲によって自家が被る損害を少しでも取り戻すために。
彼らが大いに働いてくれた結果、降伏しなかった反対派の領主家も全て滅びた。サンドラは彼らの処刑までは求めず、財産を奪い居館や居城を焼いた上で追放すればいいと伝えていたが、元反対派たちが勢い余った結果、殺された者たちもいた。
こうして、ユーティライネン家の勢力圏において、ノイシュレン王国建国を妨害する勢力は存在そのものが消えた。元反対派の領主家は軒並み弱体化し、互いに険悪になり、さらにはランツェッタ家の末路を見たことで、この先組織立ってユーティライネン家に反抗することはできない。単独や数家程度ではまともな敵にもならないので、もはや脅威ではない。
十二月の上旬、そろそろ本格的な冬が訪れて軍事行動が難しくなる頃には、反対派の蜂起に端を発した動乱は収束した。
「いやはや、それにしても誠に見事な立ち回りだった。反対派を制圧するだけでなく、将来の反逆の芽までを摘んでしまうとはな」
「ええ。本当に素晴らしいご手腕です。さすがはサンドラ様」
「恐縮だ。だが、ここまで迅速に事を片付けることができたのも、卿らの助力を受けることができたからこそ。ユーティライネン家当主としてあらためて感謝する」
事態が一段落した後。エルトポリ城の広間で、ミカはワインの杯を手に、サンドラとパトリックと歓談していた。
広間には他にも、ユーティライネン家の姻戚たちや、ローレンツ・メルダースなど今回の動乱で積極的にユーティライネン家に味方した領主たちが集い、美食と美酒を楽しんでいる。これは此度の勝利を祝う宴であると同時に、此度の戦いを通してユーティライネン家との絆を深めた味方の領主たちにサンドラが謝意を示す宴だった。
「後はいよいよ、ノイシュレン王国の建国を待つばかりか」
「そうなるな。ノイシュレン家や、その他の大領主家との細かな調整もあるので、正式に建国が宣言されるのは来年の春になるであろうか……他家の勢力圏でもそれなりに揉めたようだが、いずれも収束したか、冬のうちに収束する見込みだ。建国を阻む大きな障害はもはやあるまい」
パトリックの言葉に頷きながら、サンドラは現状をそのように語る。
「ユーティライネン家がより強大になったことも、今後を考えると喜ばしいことですね」
「まったくだ。我ら姻戚にとっても、ユーティライネン家の躍進は望ましい」
「そうだな。侯として大役を務める上で、自家の力は大きい方がいい……とはいえ、今はまだ領地規模が拡大しただけだからな。これをユーティライネン家の直接的な力に繋げるために、この冬のうちから領軍の強化などに努めなければ」
元反対派の領主家のうち、ユーティライネン家への領地割譲を求められたのは、ユーティライネン領に領地が近い家々だった。彼らは領地の一部を取り上げられ、領地規模を減じて力を削がれることとなった。
さらに、ユーティライネン領と隣り合い、長年をかけて政治的・経済的な結びつきを深めた結果として事実上の属領となっていたいくつかの友好的な領地が、領主同士の話し合いを経て正式にユーティライネン領に併合された。それらの領地の領主家は、ユーティライネン家から内政の権限を預かった代官家としてこれまでと変わらない生活を保障された上で、ユーティライネン家の家臣家という立場になった。
その結果、ユーティライネン領は領地面積を拡大し、いくつかの飛び地も抱え、その人口は六千に迫るまでに至った。これからサンドラが侯として強権を握る上で、その足元を支える領地規模が大きく増したことは、政治的な安定を考えると都合が良い。ユーティライネン家との姻戚関係を頼りとするミカたちにとっても、これは喜ぶべき話だった。
「……我々は今まさに、歴史の節目に立っている。これから新しい時代が到来する。共に歩み、共に生き残っていこう。これからもよろしく頼む」
サンドラはそう言って、杯を掲げた。ミカとパトリックもそれに応えた。




