第95話 後方撹乱
領都エルトポリを包囲されたユーティライネン家を限られた戦力で援護する方法として、ミカは反対派の本隊の後方を撹乱することを考えた。例えば、反対派領主たちの領地を荒らし回るなどして。
サンドラも同じようなことを考えていたようで、ユーティライネン家が遣わした騎士は、まさに反対派領主たちの領地に攻撃を加えるよう要請してきた。自領を荒らされた反対派領主たちが足並みを乱し、敵の軍勢が内部から瓦解することを期待してのことだった。
その結果、ミカたちはユーティライネン領軍騎士による情報提供も受けながら、この後方撹乱を為すために動き出した。
「……あれか」
ノディエ家とカーサライネン家、バルラガン家の連合軍を打ち破ってから数日後。ユーティライネン領の南西の辺り。ミカは森の外縁に潜みながら、前方を見据えて呟く。
視線の先にあるのは、人口二百人ほどの村。この村を領有しているのは、建国反対派の領主家のひとつ。
「人口規模は話に聞いていた通りのようだな」
「ああ。おまけに領主館はいかにも脆弱そうだ。あれなら簡単に落とせる」
ミカの隣で語ったのは、ピエール・フォンタニエとローレンツ・メルダースだった。
この撹乱部隊の戦力は、まずヴァレンタイン軍がミカを含めて十人ほど。そしてフォンタニエ家から二十人ほど。それに加え、ヴァレンタイン領とフォンタニエ領の北にある丘陵地帯の向こうからも援軍が駆けつけた。ローレンツが周辺の領主たちに上手く呼びかけ、彼らをユーティライネン家の味方につけた上で協働し、合計で四十人ほどの兵力を伴ってきてくれた。
そうして総勢七十人ほどの軍勢となった撹乱部隊は、今まさに最初の目標に襲いかかろうとしている。
「周辺警戒も何もしていないな。村が戦場になるなど、想像もしていないのだろう」
「この様子だと、まともな抵抗もあるまい……ヴァレンタイン卿、早速やってしまうか?」
「そうですね、やっちゃいましょう。事前の取り決め通り、抵抗する領民以外への暴行は禁止で。領主館に攻め入る突破口は僕が開きます」
ミカはそう言って、念魔法を発動させる。百キログラムを超える丸太を空中に浮かび上がらせると、森から出て村へ前進する。
ミカの周囲をディミトリたちヴァレンタイン軍が囲み、さらにピエールやローレンツ率いるその他の兵たちも続く。後方の野営地の守備兵力を除く、総勢で五十人ほどが村に迫る。
間もなく、村の住民たちが軍勢の接近に気づく。浮遊する大きな丸太を伴って迫りくる軍勢を前にして、村内は瞬く間に混乱に包まれる。
「突撃! 全員突き進め!」
「無抵抗の領民には攻撃するなよ! 目的はあくまでも、領主館の制圧だ!」
ピエールとローレンツが鋭く言い、兵たちは応えながら駆ける。村は柵などに囲まれているわけでもなく、非常時の主力となる力自慢の男たちがユーティライネン領攻撃のために出払っているのであろう領民は、組織立った抵抗を見せる様子もない。ミカたちは何にも邪魔されることなく、容易に村の中へ雪崩れ込む。
農具などを持って散発的に抵抗してくる領民の男たちもいたが、その数は少なく、こちらの民兵たちによって簡単に叩きのめされる。そうして僅かな妨害を跳ねのけながら、ミカたちは領主館を目指す。
喧騒の中を駆け抜けて領主館に到達したミカは、念魔法で抱えていた丸太を振りかざす。
領主館の敷地は木柵に囲まれ、さらに周囲には空堀が張り巡らされている。入り口には木製の門があり、今は閉じられている。見張りなどは立っていない。
木柵も空堀も、盗人や獣や魔物の侵入を防ぐ程度の効果はあるだろうが、本格的な戦闘に耐えられるような代物ではない。門もさして大きくなく、頑丈そうにも見えない。ミカが丸太で殴りつけると、両開きの門は簡単に破壊され、枠ごと吹き飛んだ。
ピエールとローレンツ、そして彼らの家臣たちが先陣を切って敷地に踏み入り、ミカはディミトリやルイスたちに囲まれながら後に続く。
敷地内に人の姿は少なく、館の使用人らしき者たちは逃げたり物陰に隠れたりと、抵抗する様子は見えなかった。一方で領主家の人間――不在の領主に代わって館を守っている子弟と思わしき男が二人ほど、武器を手に現れる。
「な、何だ貴様らは! ここを誰の館だと思っている!」
二人の男のうち、年長らしき方が言った。声は威勢よく聞こえるが、表情を見るに、明らかに怯えて動揺していた。
「もちろん存じているとも……ヴァレンタイン卿、頼む」
「はい、お任せを」
ミカはローレンツの言葉に頷くと、ディミトリと大盾持ちの領民たちに守られながら前に出て、丸太を振り抜く。
人間に直撃してもそうそう死なないよう手加減して振られた丸太は、しかし常人には避けることは難しく、その重量もあって跳ね返すことも不可能だった。二人の男は吹き飛ばされ、武器を手放し、地面に転がってその衝撃に顔をしかめ、簡単に取り押さえられた。
「館の中を調べろ! 抵抗されない限り手荒な真似はするなよ! 特に領主家の人間と思わしき者は扱いに気をつけろ!」
ピエールの指示を受け、フォンタニエ家とメルダース家の家臣たちが数人、領主館の中に入っていく。捕らえられた二人の男のうち若い方が血相を変えて「止めろ!」と叫んだが、誰もその言葉を気にしなかった。
・・・・・・
それからしばらくして。館の中から領主家の女性たちと子供たち、そして屋内の仕事を担っている家臣や使用人たちが連れ出される。ちなみに、抵抗してきた二人の男は、領主の継嗣と、まだ婿に出ていない末子だという。
館からは家人だけでなく、金目の物も持ち出された。貨幣や装飾品、書物、衣服などが戦利品として回収された。
そうした作業の後、捕らえられた領主家の一族と使用人たちを見回しながら、ローレンツが口を開く。
「念のため尋ねるが、家人はこれで全員かな? 館に火を放つので、まだ中に人が残っていると危ない。正直に答えてもらいたい」
ローレンツの言葉を聞いた領主家の人々は、一様に驚愕する。
「なっ! 館を焼くつもりか!? そんな、ふざけるなっ!」
「……ああ。全員だ」
領主の末子である青年が目を剥いて怒鳴る一方で、一人だけ冷静さを保っていた継嗣が沈痛な面持ちで答える。彼はどうやら、今さら何を言っても自分たちの思い通りにはならないと理解しているようだった。
「そうか。それは安心だ……では諸君、やってしまおう」
ローレンツの言葉で、松明が何本も用意され、領主館に投げ込まれる。開け放たれた扉や窓から松明が屋内へ飛び込み、それから間もなくして黒煙が、やがて松明から引火した炎が上がる。木造二階建ての館が、見る見るうちに炎に包まれていく。
「……うーん、悪役っぽい」
ミカは燃え盛る館を見上げながら、居心地悪そうな表情で独り言ちた。
横に視線を向けると、この領主館で長年暮らしてきたのであろう領主家の人々が、炎に飲まれていく我が家を見て嘆き悲しんでいる様が見える。領主の継嗣は無念そうに目を伏せ、末子は悔しそうに項垂れ、女性と子供たちは声を上げて泣いている。家臣や使用人たちも、泣いたり狼狽えたりと哀れな有様だった。彼らのそんな反応を見ていると、この光景を作り出した自分たちがいかにも残酷な悪人のようでひどく居心地が悪い。
とはいえ、これは建国反対派の軍勢を瓦解させるために必要な行動だった。このままユーティライネン領を攻めていては、留守にしている領地を襲撃され、家族を人質に取られ、財産も家も失ってしまう。そう反対派の領主たちに思わせるためには、見せしめとして実際にそうなる領主家が必要だった。
先に戦争を始めたのは反対派の方なので、敗ければこういうこともあると受け入れてほしいと思いながら、ミカは彼らから視線を逸らす。
炎は段々と勢いを増し、やがて領主館は大きな音を立てて崩れた。




