第94話 エルトポリ防衛戦
ユーティライネン家の勢力圏におけるノイシュレン王国建国反対派の蜂起は、それを警戒していたサンドラ・ユーティライネンから見てもなかなかに迅速で鮮やかなものだった。
反対派は明確な盟主を持つわけではなく、幾つかの中規模領主家が中核となり、そこへ三十近い小領主家が迎合した集団。それ故に、反対派の行動の全体像を掴むことは、霧を手で掴むようなものであり、ユーティライネン家にとっても極めて難しかった。結果、各家が突然に兵を出陣させるその動きを未然に防ぐことはできなかった。
おまけに、反対派の領主の中に調整役としての能力が長けた者でもいたのか、彼らは集結も素早かった。無駄のない動きで合流しながらユーティライネン領内に踏み入ったその総兵力は、二十数家で五百人ほど。元は三十を超える領主家が反対派に与していたので、参戦していない家は、ユーティライネン家の姻戚などを押さえにかかったものと思われた。
敵側が迅速に動いたために、事前に領内の村落から兵を徴集することが叶わなかったユーティライネン家の兵力は、伝令として発った者を除く領軍軍人が四十人ほどと、領都エルトポリの住民のうち、戦いに臨めそうな男が二百人弱。兵力的には不利な状況を受け、サンドラはエルトポリでの籠城戦を決断した。
それからおよそ一週間ほどで、反対派はさらに兵力を増した。どうやら傭兵を集め、さらには建国に消極的に賛成していた領主家の一部までもが反対派有利と見てそちらに与したようで、新たに二百人ほどが敵側の戦力として加わった。
数的不利が徐々に大きくなっていく中で――しかし戦いにおいて、ユーティライネン軍は危なげなく敵を退け、領都を守っている。
「放て!」
エルトポリの市域と外を繋ぐ門、その直上に置かれた塔から敵軍を見据え、サンドラは鋭く命じる。その命令が騎士たちの復唱で軍全体に届けられ、城壁上にいくつも置かれたバリスタから槍のように太い矢が放たれる。
また、都市内の城門前広場に並べられた数台のカタパルトからも攻撃がなされる。ねじりばねの機構によって勢いよく放たれた大量の石が、放物線上に飛んで殺傷力のある雨となる。
そして、サンドラの傍らに立つ兵による旗の合図を受け、エルトポリ城の方からも同じように攻撃が行われる。
バリスタとカタパルト、合計で二十近い大型兵器から放たれた破壊の波は、エルトポリの門へと迫っていた数百の敵兵に容赦なく襲いかかる。敵側は盾を構えたり、木板を繋ぎ合わせた移動式の壁を備えたりしているが、大型兵器からくり出される強力な一撃は、そうした防御さえ貫いて敵兵たちを殺傷する。
大半が士気の低い民兵である反対派の軍勢は、怒涛の一斉攻撃を受けて大いに戦意を削がれたようで、見るからに突撃の勢いが弱まる。多くが逃げ腰になり、門と城壁に辿り着いた一部の敵兵たちも、頭上から石や投げ槍、熱湯や煮えた油などが降り注ぐ中では攻城戦に集中することもままならず、ろくな戦果を挙げることなく短時間で撤退する。
「……他愛もありませんな。反対派の連中は、味方を無駄死にさせることがよほど好きなようだ」
「まったくだ。手応えなどあったものではない。こちらとしてはその方が望ましいが」
側近格の騎士が語った皮肉に、サンドラは微苦笑を浮かべて返す。
バリスタやカタパルトといった大型兵器を大量に揃え、その火力をもって敵を面で制圧し、前衛に立って戦う味方を強力に支援する。古の帝国時代の軍学書をもとにサンドラが確立したこの戦術は、拠点防衛戦においても大きな効果を発揮するようだった。
この一週間、反対派の連合軍は何度かエルトポリの門へと攻撃を仕掛け、そして失敗した。敵側は死傷者がそろそろ百人に届くのではないかと思えるほどに大きな損害を被っており、一方でこちらの損害はないに等しい。流れ矢や魔法攻撃に当たった不運な者がごく少数いる程度。
この様子ならば、エルトポリが戦闘によって陥落することは万に一つもあり得ない。サンドラがそのような確信を持てるほどに、こちらの守りは堅牢だった。
「そろそろ、味方の領主たちの活躍が効果を発揮し始めることだろう。そうなればこの籠城戦も終わりだ」
開戦前にユーティライネン家の使者として都市外に発ち、つい昨日、夜闇に紛れてエルトポリに帰還した領軍騎士。その報告によると、南のヒューイット家と西のヴァレンタイン家が、反対派の別動隊による足止めの試みを見事に打破し、手勢を率いて行動する自由を得たという。彼らはサンドラの求める通り、後方での陽動を既に開始している。
この陽動を受け、エルトポリの前に陣取る反対派の軍勢は、間もなく崩壊する。サンドラたちが打って出るような危険な真似をせずとも、勝手に瓦解する。
・・・・・・
兵力的にはユーティライネン軍を圧倒しているノイシュレン王国建国反対派の軍勢は、しかし膠着する戦況に悩まされていた。ユーティライネン家の膝元たるエルトポリを目前にし、その門さえ突破すれば勝利を確定できる状況にありながら、しかし門に取りつくことさえままならない有様だった。
「ランツェッタ卿。やはり、あの大型兵器の群れをどうにかしなければ攻略は不可能だ」
何度目かの攻勢に失敗した日の夕刻。領主たちによる軍議の場。反対派の一応のまとめ役ということになった領主サヴィーノ・ランツェッタ――エルトポリ城での会談の際、激高して剣を抜こうとした壮年の領主は、そう言葉をかけられて気色ばむ。
「そんなことは言われずとも分かっている! 問題はその方法だ!」
サヴィーノとしては、迅速な行動で数的有利な状況を作り出した以上、勝利の可能性は十分以上にあると思っていた。エルトポリは城郭都市だが、集中攻撃によって門さえ突破すれば陥落させられると考えていた。サヴィーノ自身は大規模な攻城戦の経験もなく、知識もろくに持たないが、自分たちは勝利を手にできると信じていた。
しかし、実際はこの様。エルトポリの門や城壁のみならず、ユーティライネン家が大量に揃えているバリスタとカタパルトが、こちらの攻勢を阻んできた。馬鹿げた数の大型兵器による怒涛の攻撃で、農民が主体であるこちらの兵は簡単に怯え、逃げ腰になり、本格的な攻城戦に臨むこともままならない。
このまま無駄な攻勢を重ねれば、頭数の有利は徐々に失われ、そして奇襲の有利も薄れる。時間が経つほどに、長期戦に臨むほどの体力のない中小領主家の寄せ集めであるこちらが不利になっていく。本格的な冬に入る頃には、諦めて兵を退かざるを得なくなる。
そうなれば、領都の包囲を解かれて行動の自由を得たユーティライネン家とその味方の領主家によって、各個撃破されてしまうだろう。いくつかの反対派領主家が撃破されれば、他の反対派の領主も多くが怖気づく。勝ち目がないと見て敵側に下り、そうして反対派は瓦解する。
自分たちは敗北し、領主としての神聖な独立を失ってしまう。真の自立を奪われてしまう。そうならないためには勝たなくては。エルトポリを陥落させなければ。
焦燥が苛立ちを生み、その苛立ちがサヴィーノの心の内を満たしている。この一週間、サヴィーノは常に苛立っている。
「おい、大変だ! とんでもない報せが入った!」
そのとき。軍議参加に遅れていた領主の一人が、そう叫びながら天幕の中に飛び込んできた。
「別動隊が足止めに失敗したようだ! ユーティライネン家の味方の連中が後方で好き勝手に暴れているぞ! 我々の領地が襲われている! 今、複数の領地から報告が届いた!」
その言葉を受け、天幕内は俄かに騒がしくなる。
「……何ということだ」
今は驚愕に苛立ちを上書きされ、サヴィーノは呟いた。




