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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第四章 新たな時代

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第93話 防御陣地攻略戦③

 攻撃が不発に終わったバルラガン卿は、今度は火炎の塊ではなく、広範囲に拡散する炎を手元から生み出した。おそらくは魔力をまき散らしてそれをそのまま炎に変えており、その様はさながら炎の壁とでも形容すべきもの。

 範囲は広いが射程距離は短い、この場においては明らかに攻撃ではなく防御のための技。炎の壁の後ろに身を隠したバルラガン卿は、その壁の後ろで馬を加速させたらしく、魔力が燃え尽きて壁が消えたときには再び高速で駆けていた。


「ああっ、もう!」


 このままでは埒が明かない。ミカは焦燥感を覚えながら、クロスボウによる牽制を再開する。それに対して、バルラガン卿も再び魔力集中を開始したのか、その手元に火の玉が生まれ――次の瞬間。

 ミカの傍らからルイスが石を放った。彼の手元にある最後のひとつである石は、数十メートル離れた位置を疾走するバルラガン卿に向かって飛翔。彼の乗る馬の首を撃ち、その衝撃と痛みに驚いたのか、馬は嘶きながら前足を跳ね上げた。

 身体を起こした馬の背に留まることはかなわず、バルラガン卿は落馬。しかし見事な動きで受け身を取って素早く立ち上がり、その手に作られていた火の玉を放ってくる。


「ミカ様!」


 それに対し、大盾を持っていた領民がミカを守るため、前に出る。放たれた火の玉は見る間に膨れ上がりながら迫りくるが、おそらく魔力集中の時間が不足していたらしく、これまでの二発よりも小さな火炎の塊となって大盾を直撃。爆炎がさく裂し、火が燃え移った大盾は放棄される。

 役目を果たした勇敢な領民の陰から飛び出したミカは、クロスボウの狙いを定める。もはや高速で移動することのかなわないバルラガン卿を目がけて矢を放つ。

 咄嗟に身をよじらせて一発目を躱したバルラガン卿は、しかし二発目に放たれた矢を足に受けて膝をつき、さらに次の矢を胸のど真ん中に受けた。一瞬硬直し、そして倒れ、動かなくなった。

 ディミトリが戦斧を手に、バルラガン卿へ急ぎ駆け寄る。戦斧を振り下ろして彼の首を胴体から切り離し、彼が確実に死んだことを確認し、ミカの方を向いて頷いた。


「……勝った」


 安堵の息を吐き、ミカは呟く。

 個人としては破格の力を持つミカにとって、ほぼ唯一の天敵となり得るのが他の魔法使い、それも特に、戦闘向きの魔法の才を持つ者。かつてレイモンド・ハウエルズとの戦いで魔法使いの怖さを痛感したからこそ、この連射式クロスボウのような武器を作り、ただの力押しではない戦い方を身に着けた。

 結果として、その備えが活きた。強力な火魔法使いによる予想外の不意打ちを受けながらも、死者を出すことなく乗り越えた。

 この地域の有名人で、もしユーティライネン家の味方についてくれればさぞ心強い戦力となったであろう有能な魔法使いを失ったことを多少残念に思いながら、しかし反対派の側についてこちらを襲ったのはバルラガン卿自身の決断であるため、これもまた仕方ないと諦める。


「ミカ様、本隊の加勢に行きますか?」

「……そうだね。誰か一人、負傷した彼についててあげて。火傷の具合が酷そうだから魔法薬も使ってあげて。他の皆は僕と一緒に、フォンタニエ卿たちを援護しよう」


 ミカはディミトリに答え、火傷を負った領民と、大盾を燃やされて役割を失った領民をその場に残して前進する。ディミトリと、付近から適当な石をいくつか拾ったルイス、そしてクロスボウの装填手に囲まれながら敵防御陣地へ向かう。

 無防備な出入り口から陣地内へ入ると、戦闘は既にほとんど終わっていた。陣地の隅で荷馬車や木箱や樽などを防壁にして抵抗する者が少数いるのみで、その他の敵兵は地面に倒れているか、逃げ去ったか、あるいは投降して捕らえられていた。


「フォンタニエ卿、遅くなってすみません。後に続こうとしたら、森に隠れていた伏兵の奇襲を受けました」


 抵抗する敵残存兵力と睨み合っていたピエールは、ミカから後方で起こった戦いについて詳細を聞くと、驚きに目を見開く。


「なんと、あのバルラガン卿が敵側にいたのか……こちらに牙を剥いたのであれば仕方ないが、惜しい男を失くしたな」

「同感です。できることなら彼を討たずに済めばよかったのですが」


 残念そうな表情で語るピエールに、ミカも目を伏せて頷く。

 そして、二人は敵残存兵力の方を向く。


「こちらで残っている敵はあれだけですか?」

「ああ。カーサライネン卿は討ったが、ノディエ卿が家臣や一部の民兵を連れてあのように抵抗の構えを見せている。降伏すれば命は取らないと言っているのだが、受け入れようとしない……おいノディエ卿! そちらの切り札のバルラガン卿は、このヴァレンタイン卿が討ち取った! 卿らにもはや勝ち目はない! いい加減に降伏しないか!」


 ピエールは敵残存兵力に向けて叫んだ。それに対してノディエ卿の言葉はなく、代わりに戦斧がひとつ、回転しながら飛んできた。

 ディミトリがミカを庇おうと前に立ち、ピエールの前にも彼の家臣が出て身構えるが、遠くから投げられた戦斧の狙いは甘く、ミカたちよりも少し離れた位置の地面に虚しく落下した。


「……駄目か。あちらの逆転の切り札が散った今、あのように籠ったところでどうにもならないと思うのだがな」

「後には引けないと追い詰められた気でいるのかもしれませんね。冷静ではないのかも」

「そうだな。まあ、無理もないことか……力ずく制圧してもいいが、ここまで来て我が方に死傷者を出すのも馬鹿らしい。ヴァレンタイン卿、卿の魔法で脅してもらえないか」

「お安い御用です。何か適当に投げましょう」


 ミカはそう言って辺りを見回し、陣地の隅に並べられた荷馬車に目をつける。馬が外されて倉庫代わりにされているらしい荷馬車のうち、空荷の一台に向けて念魔法を発動させる。

 空中に浮いた荷馬車を伴ってミカが近づくと、ノディエ卿の率いる敵残存兵力の面々は大慌てになる。


「お、おい待て! ヴァレンタイン卿! 待たれよ!」

「そう言われましても……投げますね。そーれっ」


 彼らの混乱ぶりも、敵将ノディエ卿による防壁の向こうからの呼びかけも気にすることなく、ミカは荷馬車を放り投げた。

 宙を舞った荷馬車は、ノディエ卿たちが防壁にしていた荷馬車や木箱や樽を粉砕。巻き込まれて死傷する者はいなかったが、最後の頼みとなっていた防壁を失った上に、人力ではあり得ない破壊力を前にした彼らは戦意を完全に喪失したようだった。素直に降伏したノディエ卿たちの捕縛をもって、敵防御陣地の攻略戦は終結した。


・・・・・・


 戦闘の事後処理の中で、両陣営の損害の詳細が明らかになった。

 フォンタニエ軍には民兵の死者が二人、家臣を含む重傷者が五人発生したが、ヴァレンタイン軍の損害は、火傷による重傷者が一人のみ。その重傷者も、早くに魔法薬を与えられたおかげで大きな後遺症などの心配はなかった。

 一方で、敵陣の被害は甚大だった。死者が九人、重傷者が十六人と、実に戦力の半数以上が死傷した。死者の中には敵将の一人であるカーサライネン卿も含まれていた。

 加勢していたバルラガン卿も戦死し、ノディエ卿は捕虜となったため、指導者を失ったこの三家は当面の間無力化されたことになる。この点でも今回の戦いは大勝利と言えた。

 また、捕らえたノディエ卿の証言により、やはり反対派の本隊はユーティライネン領を襲撃していることが明らかとなった。


「こちらの足止めを図る敵軍が消えたとなれば、次はいよいよ、ユーティライネン家への助力に臨まなければな」

「そうですね。僕たちだけでは戦力が限られるので、他の領主家……メルダース家あたりも協働してくれると嬉しいんですが」


 負傷者の手当てや死体の片付け、捕虜の連行など事後処理が進んでいく様を眺めながら、ミカはピエールと言葉を交わす。


「そうして戦力が揃ったら……ヒューイット家をはじめとした他の味方と合流できるかは分かりませんし、西の僕たちだけで敵本隊を奇襲するのも危険でしょうから、その上でユーティライネン家に利する戦い方は、例えば――」

「お二方、お話し中に失礼いたします」


 そこへ言葉を挟んだのは、後方から歩み寄ってきたピエールの家臣の一人だった。


「ユーティライネン家からの使者が接触してきました。閣下とヴァレンタイン閣下に至急お目通り願いたいとのことです」


 その報告を受け、ミカとピエールは顔を見合わせる。


「……分かった、会おう。ここへ連れてこい」


 ピエールの命令を受けて、一度下がった家臣は間もなく、騎士を一人伴って現れる。その騎士の顔にはミカも見覚えがあった。エルトポリ城を訪れた際、城の警備やサンドラの警護を務めていた青年だった。

 騎士は名乗りの後、接触の目的を語る。サンドラは建国反対派の軍勢が集結してユーティライネン領に現れた際、エルトポリが包囲される前に各方角の味方の領主家に向けて使者を送り出したそうで、彼もその一人なのだという。


「ヴァレンタイン閣下とフォンタニエ閣下におかれましては、手勢を率いて敵の後方を撹乱していただきたく存じます。私はこれより北へ向かい、メルダース家をはじめとした他の領主家にも参戦を求め、こちらの軍勢の兵力増強に努めさせていただきます」

「……なるほど。サンドラ様も概ねこちらと同じような作戦をお考えだったようですね」


 自領が包囲されることに加え、反対派から足止めの別動隊を差し向けられた主要な賛成派領主家が容易に集結できなくなることまで想定し、その上で使者を送ってユーティライネン家の求めるところ――限られた戦力でも可能な後方攪乱に努めてもらいたいという要請を伝える。サンドラの準備の良さに感心を覚えながら、ミカは呟いた。

 騎士と今後の動き方について委細を詰めたミカたちは、戦闘の事後処理と並行して、次の行動の準備に入る。

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