第88話 過程
「ユーティライネン家が呼びかけていた大領主家の間で、ノイシュレン家を王家として国を興すことへの合意が正式になされたそうです」
主館の一室に通されたアーネストからの報告を聞き、ミカは喜色を浮かべる。
「おぉー、ついに話がまとまったんだね」
「そのようです。つい数週間前、大領主家の当主がノイシュレン領の領都に集い、会談の場を設けたらしく……そこで諸々の事項について話し合いがなされ、万事がすんなりと決まったわけではなかったそうですが、最終的には全ての事項について全員が同意したとのことです」
昨年の年末には建国に向けて動き出したというサンドラが、ダリアンデル地方南東部の東側にそれぞれ勢力圏を持つ大領主たちとの対話に臨み、既に半年以上。面倒な調整事も多かったことと想像されるが、ついに正式な合意がなされたのであれば、ミカとしても喜ばしいことだった。
今年の冬明けと同時に西の方でディートリヒ・アルデンブルクが建国を宣言し、そのアルデンブルク王国は多少のごたごたを内包しながらも、アルデンブルク家の武力を頼りに、全体としては情勢が安定している様子。次第に国の形を成していく仮想敵をすぐ隣に抱える小領主家の当主としては、自家が所属することになるノイシュレン王国という巨大な枠組みの成立は、早ければ早いほど望ましい。
とはいえ、これで建国準備が終わったわけではない。
「後は、大領主たちがそれぞれの勢力圏内の中小領主たちにも建国を受け入れさせて、王や侯への従属を認めさせる大仕事に臨むわけか」
「はい。それに関して、ユーティライネン閣下より言伝をお預かりしております……夏穀の収穫期が終わった十月、ユーティライネン家の主催で、周辺の全領地の領主を集めての会談を開くそうです。その会談の場で、ノイシュレン王国に加わり、王とユーティライネン侯へ従属することを皆に要求するとのことです。ヴァレンタイン閣下におかれましても、表向きはユーティライネン家の勢力圏内に領地を持つ一領主として、この会談に出席してほしいと」
「なるほど、それはもちろん出席するよ。だけど……一筋縄ではいかない会談になりそうだね」
ミカが微妙な表情で言うと、アーネストも微苦笑を浮かべて頷く。
当代ノイシュレン家当主を王に戴き、サンドラを侯と仰ぐことになったとしても、中小の領主家の特権はほとんど損なわれない。国外の領地との外交に制限は受けるが、元より大半の領主家は近隣の領主家としか付き合いがないので、制限を実感する機会はほとんどないものと予想される。戦時には侯の招集に応じて兵を出すことになるが、仮に王や侯といった存在がいなくとも、余所の勢力から攻勢を受ければ地域内の大領主を中心として立ち向かうことになるであろうから、この点に関してもこれまでとの違いはほとんどない。
変わるのは形式だけ。それまでは完全に独立した支配者であった領主たちが、それぞれの属する勢力圏の盟主たる侯や、その侯たちの盟主たる王に従属する。それが公式に明言されるだけ。
しかし、この形式の変化に反発する中小領主は間違いなくいる。少なからぬ領主が、侯や王に頭を下げることを厭うはず。今でも大領地の影響を多分に受け、事実上従属しているも同然だとしても、形式上は大領主たちとも同格の独立した支配者であるという現状を守りたがる。
「同感です。ユーティライネン閣下としても、困難な会談となることは予想しておられるご様子でした。なのでこの会談に際して、ヴァレンタイン閣下には他の領主の皆さんよりも少し早くにエルトポリ城へ来訪してほしいそうです。他にもヒューイット閣下をはじめ、ユーティライネン家に近しい領主家の当主を集めた上で、事前に話す時間を設けたいとのことでした。集合の日時などは追って連絡するそうです」
「そっか……こちらとしても、その方がありがたいね。引き続き領地発展に努めながら、連絡を待とう」
建国が果たされるまでに多少の混乱が起こることも予想される以上、平和なうちに少しでも開拓を進めなければならない。そう考えながらミカは言った。
・・・・・・
十月の初頭。サンドラの求めに応じて、ミカは会談に先駆けてユーティライネン領の領都エルトポリを訪れた。
他の領主たちに先んじて招集されたのは、ミカやパトリック・ヒューイットといったユーティライネン家の姻戚たち。その他にも、政治的あるいは経済的な理由でユーティライネン家より重要視されている者たち。後者の顔ぶれの中には、ミカにとって北の隣人であるローレンツ・メルダ―スもいた。
エルトポリ城の広間、合計で十人ほどが集められた内々の話し合いの場で、サンドラは一同を見回して口を開く。
「まずは、こうして集ってくれたことへの感謝を述べさせてもらいたい。ここに並ぶ諸卿は、我がユーティライネン家にとって特に重要な同盟者だ。既に皆がノイシュレン王国の建国計画について聞き、私が侯としてこの一帯の政治的・軍事的中核を成すことにも同意してくれた。ユーティライネン家にとっても、私個人にとっても、諸卿は誠に頼もしき友だ……だが、これからエルトポリを訪れる他の領主たちは、必ずしも意見を同じくする友とはならないだろう」
サンドラのその言葉と、鋭い表情を受け、広間には緊張が広がる。
「おそらくだが、少なからぬ領主が反発を示すだろうな。強硬な態度をとる者もいるだろう」
サンドラに最も近しい立場であるパトリックが、そのように語った。義理の叔父にあたる彼の言葉に、サンドラも頷く。
「ヒューイット卿の言う通り、会談では反発が起こることが予想される。その場で説得を成し、反発する領主全員を納得させることは、おそらく不可能だろう。集った領主たちは、ノイシュレン王国への参加に賛成の者と反対の者に二分される」
ユーティライネン家の勢力圏、その中に領地を持つ領主たちの分断。ミカとしても想像してはいたが、サンドラがはっきりと語ったことで、そのような事態がいよいよ現実のものとなるのだと思い知らされ、衝撃を受ける。他の者も同じような内心なのか、皆表情が硬い。
「だが、これは必要な過程だ。我々がこれからの時代を生き残るためには国という巨大で強固な枠組みが必要。建国を成すためにこそ、この過程を乗り越えなければならない……なので、建国後に揉め事が起こらないよう、この機会に全てのけりをつけたい。けりをつけた上で、憂いなく建国を成したい。そう考えている」
「反発する者には好きに反発させ、いっそ軍事行動に走らせるわけか」
そう語ったのは、サンドラの父の弟の息子にあたる領主。サンドラにとっては従兄であり、ミカから見ても義理の従兄ということになる。エルトポリの北東の方に領地を持っているそうで、会うのは今回が初めてだが。
「その通りだ。反発する領主はそれなりの数になるであろうから、手を組んで戦えば自分たちの意思を押し通せると考えるだろう。ユーティライネン家を打倒し、エルトポリを掌握して勢力を増せば、このまま各家が完全な独立を維持してノイシュレン王国への参加を拒否できる。そのようなことを考えて行動を起こすだろう……そうして攻撃してきた一派を逆に打倒する。弱体化させ、場合によっては家を取り潰し、領地を取り上げる。そうすれば、少なくとも私が侯として軍事指揮権を持つ一帯においては、ノイシュレン王国の成立後に本格的な反発が起こることはない」
「……なるほど。では、戦いは避けられないというわけですね」
いつもより少しばかり固い笑みを浮かべ、ローレンツが言った。ユーティライネン家の同盟者としては新参でありながらこの場で発言する度胸のある彼に、サンドラはやはり首肯を返す。
「とはいえ、この戦いに関しては、あまりにも苛烈化する事態は避けたい。なので諸卿におかれては、会談の際には積極的にノイシュレン王国建国への賛同を語ってほしい。ユーティライネン家に近しい重要な領主として存在感を持つ諸卿が賛同の姿勢を見せれば、反発心がそれほど大きくない領主たちの中には、表立って我々に逆らうのは得策ではないと考えて、反発を諦める者も出てくるだろう。いざ戦いが巻き起こった際、敵は少ない方がいい。なのでどうかよろしく頼む」
「……お任せください。ユーティライネン家と私たちの意見は一致し、協力関係は堅固であると示します」
サンドラが語り終えたタイミングでちょうど目の合ったミカは、笑みを作ってそう答えた。他の領主たちも、ミカの言葉に頷いた。
「皆の理解と協力に感謝する。それでは諸卿、他の領主たちが集まるまで、今しばらく気を楽にして過ごしてくれ……そして会談に臨もう。この地の未来を左右する会談に」




