表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第四章 新たな時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/90

第86話 力を持つ者

 一〇四六年の夏。ダリアンデル地方南東部の東側に領地を持つ大領主家の当主たちが、ノイシュレン領の領都オストベルクに集った。建国に向けての話し合いのために。

 これまでも建国計画について意見を交わしてきたが、やはり書簡や使者を介してのやり取りには限界がある。当主同士が顔を突き合わせて話し合った方が手っ取り早いことも多い。そう考えたサンドラは、各家の当主が一堂に会しての会談を提案。各家も同意した結果、この場が整えられた。


「まずは、会談の場を提供してくれたノイシュレン卿に礼を言わせてほしい。心より感謝する」

「……あぁ。礼には及ばぬよ」


 会談を言い出した立場としてこの場を仕切るサンドラが言うと、当代ノイシュレン家当主ハインリヒ・ノイシュレンは軽く手を掲げた。聡明で優秀だが少しばかり臆病な彼の気質を表すように、いかにも神経質そうな表情で。


「いやはや、こうしてこの顔ぶれが一堂に会するのは何年ぶりだろうか。建国について話すために集うとは、前回は思いもせなんだ。何とも面白い歴史の一幕となりそうだな」


 言いながら楽しげに笑ったのは、ノイシュレン領の北西、ユーティライネン領から見れば北東に領地と勢力圏を持つガリバルディ家の当主ヴィットーレ・ガリバルディ。齢六十ほどで、この場において最年長である彼は、余裕のある態度を見せる。


「まだ歴史が動くと決まったわけではないぞ。此度の会談の結果次第だ」


 次いで言ったのは、ユーティライネン領の南東、ノイシュレン領から見れば南西に領地を持つキーヴィッツ家の当主ルートヘル・キーヴィッツだった。サンドラより少し年下、この場においては最年少である彼は、しかし堂々とした態度で、他の当主たちに気後れする様子はない。


「それで、ユーティライネン卿。まず最初に話し合うのは、各家の勢力圏――縄張りの境界線についてだったかしら?」


 サンドラを向いて尋ねたのは、ノイシュレン領の真北、ガリバルディ領の真東、ダリアンデル地方南東部において北東端の辺りに領地を持つミストラル家の当主シュザンヌ・ミストラル。優雅で涼やかな微笑を見せる彼女に、サンドラは頷く。


「その通りだ。現在の各家の勢力圏は、建国の後は各々が王や侯として兵力動員の権利を有する範囲となる。この境界線を正式に決めることは、建国において極めて重要な一歩となるだろう」


 各家の勢力圏には厳密な境界線があるわけではなく「だいたいこの辺りまでは自家の影響力が及ぶ」という曖昧な認識があるのみ。どの大領主家からも強い影響を受けていない領地もあれば、二つの大領主家の影響が及んでいる領地もある。

 どの家がどこまでを支配下とし、戦時に指揮権を及ぼすか。その縄張りを定めておくことは、各家が穏やかな関係を保ったまま同じ国の同胞となる上で必須の過程だとサンドラは考えている。


「それでは諸卿、早速話し合いを始めよう」


 サンドラの言葉で、会談は本格的に開始される。


 各家の勢力圏の境界線を決める話し合いは、それなりの時間を要したものの、結果としては上手くまとまる。五人ともこれまで手堅く大領地を治めてきた為政者である以上、意見の通し方も引き際もわきまえている。加えて、元よりそれぞれの勢力圏はある程度定まっているので、話し合いの余地はそう大きいわけではない。細かな未確定部分をあらためて明確にする作業が主である以上、最後には妥当なところで境界線が引かれた。

 その後も話し合いは続き、王と侯の具体的な権利の確認が行われる。やはりここでも、大きな意見の相違はなく話が進んでいく。

 休憩も挟みながら会談は終盤となり、サンドラは最後の、なおかつ特に重要な議題のひとつを提示する。


「――では最後に、王の座につくのはハインリヒ・ノイシュレン卿とする。この点については?」

「儂は構わんぞ」

「同じく」

「私も異論ない」

「……」


 サンドラが問うと、ヴィットーレとシュザンヌとルートヘルは即答し、一方で王に指名されたハインリヒ当人は賛成を明言せず、他の皆を見回しながら微妙な表情になる。


「ノイシュレン卿。やはり、王になるのは気が進まないか?」

「……正直に言えば、そうだ。この自分が王にふさわしいとは思えなんだ」


 サンドラに問われたハインリヒは、小さく嘆息しながら答えた。


 当代ノイシュレン家当主ハインリヒの人格的評価を一言で表すならば、それは「慎重」という言葉が最も適切と言える。ただしこれは良く聞こえるように言った場合の話で、世間の噂においては神経質だの臆病だのといった言葉が選ばれることが多い。

 彼は決して無能ではない。むしろ、為政者としてはどうやら有能らしい。教養があり、聡明であり、家臣にも民にも優しい。彼が当主になってからのノイシュレン領の社会は治安も安定し、鉄鉱石の新たな鉱脈が発見されて採掘の体制が確立されるなど、ますますの発展を見せている。鉄の輸出に関しても、交易相手の各領地と上手く付き合い、主要な交易相手のひとつであるユーティライネン家としても良好な付き合いができている。

 しかし、平時に善政を成す上では効果的な彼の気質も、このように激変を伴う大きな決断を迫られる場面では、悪い方向にはたらいてしまったようだった。書簡や使者を介してのやり取りにおいても、彼は己が王になることについて難色を示していた。


 ハインリヒを説得することが、今回の会談における最大の難所となる。サンドラはそう予想した上でこの場にいる。


「むしろ私としては、せっかくこうして一堂に会しているこの機会に、諸卿に対して問いたい。本当にこの私が王でよいのか? 諸卿の誰もが、私よりも明らかに君主らしく見えるであろうに」


 微妙な表情のまま、ハインリヒは他の四人の大領主たちを見回して問いかける。


「ははは、未来の国王陛下はまた面白いことを仰る。確かに我々も大領主を名乗れるだけの権勢は持っているが、ノイシュレン家には敵わんよ。それに血統という点でも、古の帝国を統べた皇帝家の血を引く貴家こそが王家にふさわしい。ノイシュレン家の当代当主は卿だ。であれば、卿が王になるべきだ」


 快活に笑いながら答えたのは、ヴィットーレ・ガリバルディだった。


「ガリバルディ卿の言う通りだわ。ノイシュレン家が王家になることが、いちばん妥当で、後々から揉める心配も少ないでしょう……それに領地の位置を見ても、ノイシュレン家が王家に丁度いいじゃないの。後背には山脈、周囲には私たち侯の勢力圏。他勢力から直接攻められる心配がないとなれば、国全体を治める王領としてふさわしいわ」

「左様。我ら侯はそれぞれの勢力圏をもって国の外縁を守り、卿は王として後ろから支援を成す。連携しての防衛を最大の目的とする国のかたちとしては、これが最善だろう」


 続いてシュザンヌ・ミストラルとルートヘル・キーヴィッツも語り、その言葉は筋が通っていたので、ハインリヒは返答に詰まる。

 ノイシュレン家に王位を託し、ハインリヒ・ノイシュレンを王とする。この点に関して、サンドラは事前のやり取りの段階で既にこの三家の賛同を取りつけていた。

 最初からすんなりと全員一致で賛成とはいかず、侯となる大領主たちの中には懸念を語る者もいた。ただしこれは己の大領主としての立場を守るため、政治的な牽制の意味を多分に含むものだったようで、王家が実質的には軍事同盟の盟主程度の権限しか持たないことを確認し合うと、それ以上の議論は起こらなかった。


「当然に、私もノイシュレン家こそが王家になるべきだと考える。ノイシュレン卿こそが王に相応しいと確信している」


 三人の大領主たちに続いて、サンドラもそう言った。

 ハインリヒが王になることを渋っているのは、彼が慎重な人間である証左。この男ならば王になったからといって妙な野心を示すことはないであろうし、それでいて為政者としては優秀なので、国が危うくなれば己が生き残るためにも必要な判断をするだろう。平時は侯たちの協力関係を維持する鎖として玉座に鎮座してもらい、いざ戦争が起これば兵の動員の宣言をしてもらい、その後は尊き国王陛下として後方でお飾りの総大将を務めてもらえばいい。

 ハインリヒ以外の大領主たちは、サンドラ自身も含めて、良くも悪くも我が強く誇り高い。もしこの四人の誰かを王に立てようとすれば、誰が選ばれても角が立つ。他の大領主たちの上に立つ正当性が薄く、軍事力や経済力の面で必ずしもずば抜けていない王に、この顔ぶれの誰が大人しく従うというのか。


 だからこそ、この四人の誰でもない、この四人が納得するだけの正当性を持った王が必要。自分たちは王を戴いてその下にまとまっているのだという形式が必要。馬鹿げた話にも聞こえるが、しかしこの一見馬鹿げた形式こそが、人の世の歴史において多くの国を維持してきた。

 王なくして、自分たちが真に同胞としてまとまることは難しい。他ならぬハインリヒこそが、家柄を見ても個人の気質を見ても、王として担ぎ上げるのにとことん都合が良い。そう分かっているからこそ、大領主たちは彼の説得に臨んでいる。

 一方のハインリヒが即位を渋るのは、我が強く誇り高い他の大領主たちの間に立ち、ときに板挟みの立場となることを厭っていることも、おそらく理由のひとつとしてある。だとしても、彼を説得し、王になることを承諾してもらわなければならない。


「ノイシュレン卿。これは責任と宿命の話だ。そう考えては如何か?」

「……責任と、宿命の話?」


 怪訝な表情を浮かべるハインリヒに、サンドラは頷く。


「百年前、暗黒時代の傷跡は未だ癒えておらず、人々は食べていくのがやっとだった。五十年前、ダリアンデル地方は未だ回復の途上にあり、人々は小さな社会を維持するのがやっとだった。そして我々の時代が来た。長い時間をかけて傷を癒し、余力を蓄えてきたダリアンデル地方に、大きな変化が巻き起こる時代だ。歴史を次の一幕へと進める時代だ……このような時代に大領主として生まれた以上、我々には社会を前に進める責任があるのだ。生まれながらにして力を持つ者としての責任だ」


 サンドラの言葉に、ハインリヒは無言で聞き入る。


「これまで積み上げられてきたものを、これから巻き起こる激動の中でも守り抜き、先祖たちの壮絶な歩みを新たな時代へと結実させるのだ。そのためにこそ我々の国が必要なのだ。卿が王になってこそ、我々の国は最善のかたちで成り立つ。それはこれまでの話し合いで、卿も理解しているはずだ……我々は国を築くことで、大いなる責任を果たすべきだ。今この時代、ノイシュレン家の当主として生まれた卿にとって、王になることは宿命なのだ。そして侯となって卿を支えることが、私たちの宿命だ。我々は共に宿命を背負っている。この宿命に従おうではないか」


 ハインリヒは臆病なところのある男だが、同時に善良な人物でもある。そして能力の面を見れば優秀であることは間違いない。でなければ、もう十年以上も真面目に領地運営に臨み、民に優しい善政を為し、領地のさらなる繁栄という成果を得られるはずがない。

 彼の臆病さ、もとい慎重さも、責任感の強さの裏返しと見れば納得できる。彼は責任感が強いからこそ、王になるのであれば上手くやらなければならないと考え、自分では上手くやれないかもしれないと考え、その結果として王座を得ることにためらいを見せる。


 なので、このようなかたちでの説得を試みる。これは個人がどう抗おうと逃れようのない宿命であり、その宿命を背負っているのは己一人だけではないと思わせる。どうしようもないと諦めさせながら、己だけが宿命を背負うのではないからまだましだという気休めを与える。

 これがおそらく最善手。そう思いながら語り終えたサンドラは、ハインリヒの反応を待つ。


「…………そのような言い方をされると弱いな」


 しばしの沈黙の後、ハインリヒは呟くように言った。どうやら自分の狙いは間違っていなかったようだとサンドラは考える。


「王などという過分な大役を担えば、この先自分の人生がどうなることか、悪い想像がいくらでも湧き起こる。だが、確かに諸卿の言う通りだ。事ここに至っては、私が王となるのが……最善とは言わずとも、妥当なところではあろう。もはや宿命と呼ぶべき状況だ……大いなる責任を、この時代にこの立場として生まれた宿命を、皆で背負うのだな?」

「そうだ。我々全員で背負う。誰も逃れられない。王と侯、ただ称号が違うだけだ」


 サンドラがハインリヒに答えると、他の三人の大領主たちも頷く。

 ハインリヒは深々とため息を吐き、天井を見上げる。


「まったく、人生とはかくもままならないものか…………分かった、仕方がない。この私が王になろう。諸卿、どうか……手柔らかに頼む」


 その言葉を受け、サンドラは深く安堵する。

 これで話はまとまった。建国への道のり、その最大の難所は越えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ