表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第四章 新たな時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/92

第83話 計画①

 ヴァレンタイン家によるヒューイット家への助力。西隣のコレット領の滅亡。そして自身にとって第一子となる娘の誕生。

 激動の一年を終え、年が明けた聖暦一〇四六年の晩冬。ある日の午後。ミカは居城たるヴァレンタイン城の広間で、愛娘アンリエッタを抱きかかえていた。


「だぁ、あう~」

「あはは、そうだねぇ。お父さんもそう思うよ」


 生後三か月ほどになるアンリエッタは、少しずつ人間らしい感情や反応を見せるようになってきた。何やら上機嫌に言う彼女を優しく揺らしながら、ミカは表情をほころばせて答える。


「もう、ミカったら。また適当に答えて」


 愛娘が何を言っているか分からないまま同意を返すミカを見て、アイラがクスクスと笑う。


「だっ、だぁ~」


 と、アンリエッタは母の腕に抱かれているぬいぐるみのアンバーに視線を向け、そちらへ両手を伸ばす。アイラは微笑しながら、愛娘にアンバーを手渡してやる。


「アンリエッタは本当にアンバーが好きだねぇ」

「抱えてると安心するんでしょうね。私と同じように」


 自分よりも一回り小さなアンバーを抱えて満足げなアンリエッタを見ながら、ミカとアイラはそう話す。

 そこへ、新たに歩み寄ってくる者がいた。ミカとアイラは振り返り、そして視線を下ろす。とてとてと近づいてきたのは、ディミトリとビアンカの娘で、もうすぐ一歳半になるナタリヤだった。


「ミカさま、アイラさま。あかちゃん、きょうもげんき?」

「あははっ。ほら、アンリエッタは今日も元気だよ」


 小首を傾げて尋ねるナタリヤに答え、ミカはその場にしゃがみ込んで彼女にアンリエッタの様子を見せてやる。ナタリヤは嬉しそうに笑い、アンリエッタの頭を優しく撫でる。アンバーを抱えたままの彼女は、不思議そうな顔でナタリヤに視線を返している。


「少し前まではナタリヤもこれくらい小さかったのに、今はすっかりお姉さんね」

「わたし、おねえさん?」

「ええ、お姉さんよ。あなたがこれからもお姉さんとしてアンリエッタを支えてくれたら、私たちも心強いわ」


 アイラが優しく微笑みかけて言うと、ナタリヤは明るい表情で頷いた。アンリエッタと歳が近い彼女は、この先友人としても家臣としてもアンリエッタを支えることを期待されている。


「あら、ナタリヤ、ここにいたのね……ミカ様もアイラ様もすみません。この子、アンリエッタ様のことが気になって仕方ないみたいで」

「ふふふっ、無理もないわ。ナタリヤにとっては、初めて自分より小さな子が家にいる状況ですものね」


 厨房から出てきたビアンカが少しばかり恐縮した様子で言い、アイラがそう答える。


 ヴァレンタイン城で暮らしているのは、ミカたちヴァレンタイン家の他に、ディミトリとビアンカとナタリヤ、マルセルと彼の妻子、ヨエルと彼の養子、そして老使用人のイヴァンとヘルガ。彼ら家臣や使用人は、ヴァレンタイン家に仕える立場であるが、同時に日常生活を共にする存在でもある。このナタリヤや、マルセルの子供たち、そしてヨエルの養子は、ミカとアイラにとっては家臣の子であると同時に、親類の子供のようなものだった。

 領地運営を支える側近とその家族、身の回りの世話をする使用人たちまで含めて大家族のような生活を送るのは、領主家にとって一般的なこと。前世とは大きく違うこのような生活も、今のミカにとってはすっかり当たり前のものとなっている。

 ちなみに、新たな家臣であるジェレミーとルイスは、城門のすぐ前に建てられた広い家に家族と共に居を移している。今後、新たに家臣となった者たちはこうして城の近くに住み、非常時はすぐに城へ駆けつけることになる。


「幸せだねぇ。こういうひとときがあるから仕事を頑張れるよ」


 我が子と側近の子供が仲良く触れ合い、その様を見ながら妻と側近の妻が和やかに語らう。そんな平和を絵に描いたような光景を前に、ミカはしみじみと呟いた。


 この冬はミカにとっても、家臣や領民たちにとっても、かつてなく忙しいものとなった。人口の急増に対応するための農地拡大、そのための森林の伐採、そして家屋建設や、ヴァレンタイン城の建造の仕上げに追われながら、ミカは冬の数か月を過ごした。

 春の気配が近づいてきた今も、それは変わらない。開拓は随分と進み、農地は広がり、家屋も増えたが、まだまだ十分ではない。引き続き各作業に励み、領地人口の増加に対応していかなければならない。ヴァレンタイン城は城門や物見台などの施設が全て完成し、軍事拠点としての機能も完全なものとなったので、今後は村の発展のみに注力できることは幸いと言えるか。

 今この時間も、一日の仕事を終えて家族と触れ合っていたわけではなく、消耗した魔力の回復時間を確保するために小休止をとっていたに過ぎない。魔石の粉末入りのお茶を飲み、甘い砂糖の入った焼き菓子を食べ、愛する妻と娘の顔を見て英気を養ったので、そろそろ休憩も切り上げ時。


「さてと、僕はそろそろ作業に戻るよ」

「分かったわ。どうか無理はせずに頑張ってね」


 アイラと口づけを交わし、名残惜しさを覚えながらアンリエッタを彼女に手渡したミカは、広間を出て再び仕事に臨む。


・・・・・・


 初春。ユーティライネン領よりサンドラ・ユーティライネンが来訪した。


 ヴァレンタイン領単独では急な領地人口の増加に対応しきれないため、旧コレット領民たちを養うための食料や薪の確保については、ユーティライネン家も無償で支援してくれることになっている。本格的な冬が来る前と、冬の最中にも一度、サンドラは荷馬車隊を寄越してくれていた。

 今回の彼女の訪問は、三度目の物資支援を担う荷馬車隊を伴ってのことだった。

 ミカとアイラに歓迎されてヴァレンタイン城に入った彼女は、従姪にあたるアンリエッタの顔を見て、ヴァレンタイン家と夕食を共にした。そして夜、ミカは彼女と仕事の話に臨む。


「国を作ろうと思っている」


 城の主館の一室でミカと向かい合って座るなり、サンドラはそう本題を切り出した。

 慎重で冷静な彼女らしからぬ大胆な宣言に、ミカは小さく片眉を上げる。


「……それはつまり、サンドラ様もアルデンブルク卿のように王を名乗られる、ということでしょうか?」

「いや、私はあの男のような野心家でも、無謀な冒険家でもない。現状のユーティライネン家の力では上手くいく可能性が低いにもかかわらず、覇道に挑戦するつもりはない……私はもっと現実的に、自家とその味方を生き残らせる手段として国を作ることを考えている。我が勢力圏より東の方の大領主たちと協働し、相互に防衛と発展を成す大きな枠組みを築き、その枠組みを国としようと思っている」


 それを聞いて、ミカは納得を覚えながら頷いた。


「アルデンブルク卿が己の国を築き、安定させ、権勢をさらに増せば、我々にとって危険な仮想敵となるのはもはや言うまでもないだろう。そしてかの家以外にも、各地で大領主家に大きな動きが見えている」


 例えば、ユーティライネン家の勢力圏から見て南西に勢力圏を持つランゲンバッハ家。昨年の戦いではヒューイット家を中心とした軍に破れたが、以前として大きな勢力を抱えていることは確かであり、昨年の後半にはさらに南や南西の大領主家と友好的に接触するような動きを見せているという。

 また、ミカの生まれ故郷のあるダリアンデル地方北東部でも、周辺より頭一つ抜けて大きな権勢を誇る大領主がここ数年で誕生し、さらに力を増すものとみられている。

 そして、ダリアンデル地方において最も人口密度が高く栄えている、南西端の地域。ダリアンデル地方を囲む山脈が途切れ、南西の地方を占める国と平地で接しているその地域には、人口一万を優に超える大領地がいくつも並んでいる。その中でも特に大規模な領地を持つ領主家の当主が、南西の国の王女を妻に迎え、その国を後ろ盾に力を増しているという。


「いずれの勢力も、このまま拡大を続ければ我々にとって潜在的な脅威となる。それらの勢力の指導者の中には、アルデンブルク卿のように王を名乗り出す者もおそらく出てくるだろう。この百年をかけて余力を蓄えたダリアンデル地方が、新たな時代を迎えようとしていることは明らかだ……この新時代においては、ユーティライネン家でさえも力不足だ。現状のままでは安定して生き残れる保証はない。となれば、このダリアンデル地方南東部の東側に国という大きな枠組みを作り、その枠組みを構成する領主家のひとつとなることが、生き残る上で最善だ。国を成立させる道筋は、既にある程度定まっている。長い話になるが、詳しく説明させてほしい」


 そう前置きして、サンドラは自身の計画を語り出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ