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第79話 見せしめ

 アルデンブルク領軍に新たな命令が下ったのは、イルマシェ家との戦いに勝利して一か月ほどが経った頃のことだった。


 今回与えられた任務は、マグリーニ家という有力領主家が、姻戚たちと共に築いている縄張りを襲うこと。

 このマグリーニ家はイルマシェ家に露骨に肩入れしてアルデンブルク家に敵対し、その結果、当代アルデンブルク家当主ディートリヒの怒りを買った。ディートリヒは講和の会談を開くという名目でマグリーニ卿を呼び出して殺害し、その後にこの襲撃命令を下した。

 これはイルマシェ家に近しかった小領主たちへの見せしめである。それと同時に、規模の膨れ上がったアルデンブルク領軍を当面の間養うのに必要な物資や資金を、掠奪によって得るための一手でもある。アルデンブルク家の武門の重臣である一部の騎士たちには、そのような表裏両方の事情が明かされている。

 襲撃部隊のひとつを預かった壮年の騎士は、主であるディートリヒの命令を実行しながら、彼の命令とその裏に隠された考えが正しかったことを実感していた。


「……まったく、相変わらず下品な連中だ」


 コレット領より東へと進む馬上でそう呟きながら、騎士は後方に続く部下たちに視線を向ける。


 元は貧農家の次子以下や、金のために戦う傭兵。大半がそのような兵たちは、先ほどのコレット領での掠奪や殺戮について楽しげに語り合い、下卑た笑い声を上げている。

 柄はかなり悪いが、一応の実戦経験と、気前の良い主人ディートリヒへの忠誠心を持つ、今のアルデンブルク家にとっては貴重な戦力。とはいえ現状では真っ当な方法で維持するのは難しく、下手に放置すれば、そのうち我慢しかねて領内の村を襲いかねない連中。

 となれば、敵対していた派閥を見せしめとして始末するついでに、自分たちの食い扶持を稼がせるというのは名案と言えるだろう。さすがは我が主人だと騎士は考える。


 実際、襲撃によって得た成果は莫大だった。アルデンブルク領軍は総勢六百のうち、四百ほどの兵力をマグリーニ派の襲撃に割き、まずはマグリーニ領の領都である小都市を襲撃。当主がいつまでも帰らず混乱していたマグリーニ家はろくな対応ができず、その領都は簡単にこちらの侵入を許した。

 小都市で存分に掠奪と殺戮をくり広げた後、襲撃部隊は二手に分かれてマグリーニ家の姻戚連中の領地に襲いかかった。姻戚連中の領地はいずれも規模が小さく、二百人規模で実戦経験を持つ軍勢を相手には何ら有効な対応ができなかった。どの領地も城や領主館のある本村が壊滅して領主家は滅亡し、その他の村はアルデンブルク家のものとなった。


 壮年の騎士が率いる部隊は今日、姻戚連中の中でも特に弱いコレット家の領地を襲撃し、今回も領主一家の皆殺しに成功。それなりの領の食料と、多少の金目の物を得た。

 それでいて、損害はほとんどない。コレット領民たちはなかなかしぶとく抵抗してきたが、若者は子供を連れて東へ逃げ、抵抗してきたのは中年以上の領民のみ。まともな武器もなく、組織的な戦い方も知らない農民の群れを、殲滅する上でこちらの死傷者は十人も出なかった。


 そして翌日、壮年の騎士はコレット領で得た戦利品の整理と見張りに少数の兵力を割き、自身は百数十の兵力を連れて東へ移動している。

 コレット家当主が無駄に足掻いたために、少なからぬコレット領民が東へ逃げた。一部の兵がそれを追撃し、東へ進んだまま未だに帰ってこない。コレット領の東隣には人口百人ほどの弱小領地があるという話だが、もしかしたら追撃に出た兵たちが反撃を受け、殺されるか捕えられたのかもしれない。

 だとしたら、その小領地も本格的に襲撃し、捕らえられた兵がいれば救出してやらなければならない。アルデンブルク領軍の面子を保つためにも。そう考えたからこそ、壮年の騎士は部隊を進軍させている。


「た、隊長! 大変です!」


 そのとき。斥候として先に行かせていた兵士――元より領軍の正規軍人をやっている、信頼できる部下の一人が、慌てた様子で戻ってきた。


「何があった? おい、何という顔をしている」


 真っ青な顔になっている兵士に、壮年の騎士は怪訝な表情を浮かべて言う。


「つ、追撃に出た連中が全滅してます! この先で死体が曝されてます! 酷い有様です! それで、死体と一緒に何か書かれていて、多分これ以上進むなと警告してあるんですが、俺は字を読むのが得意じゃないので……」


 報告を聞いた壮年の騎士は、怪訝な表情のまま、隊に一時停止を命じる。そして、自身の周囲を固めている十人ほどの兵を連れ、死体が曝されているという場所まで前進する。


「……何だこれは」


 曝された死体を目の当たりにした壮年の騎士は、眉を顰めて呟いた。豊富な実戦経験を持ち、これまで何人もの敵を殺し、掠奪や民の殺害といった凄惨な任務を遂行したこともあるその騎士としても、激しい嫌悪と多少の恐怖を覚えざるを得なかった。

 伴っている兵たちも目の前の光景に慄き、中には嘔吐する者もいる。


 十以上の死体が、木の杭で串刺しにされて曝されていた。いずれも尻から突き刺されたのであろう杭の先端が、口や首の後ろ辺りから飛び出していた。杭の先端に引っかかったのであろう内臓が口から飛び出していたり、杭が太すぎて身体が半ばまで裂けているような死体もあった。

 その下の地面には、杭が足りなかったのか、残りの死体が並べられていた。いずれも明らかに意図的に損壊されていた。

 顔が潰されているも死体もあるが、人相が分かる程度に原型を留めている死体も多い。目を開かれ口を大きく開けられたその顔は、まるで断末魔の叫びを上げる瞬間を切り取っているよう。生きて抵抗する人間をこのような目に遭わせるのは至難の業であるので、おそらく皆、死んだ後にこのような有様にされたのだろうが、これを見た兵士たちの中には、仲間は生きながらにしてこのような惨い姿にされたのだと思ってしまう者もいるだろう。

 そんな死体の山の傍らには、木板の看板。


「……この死体よりも先へ踏み入るな、か」


 看板に書かれた言葉を読み、騎士は強張った笑みを浮かべる。死体はやはり警告のために曝されているようだが、その効果は抜群だろう。


「くそっ! ふざけやがって!」


 と、伴っている兵士の一人が、そのように騒ぎ出す。その兵士は傭兵上がりで、元々は小さな傭兵団を率いており、壮年の騎士にとっては元傭兵たちのまとめ役の一人として便利に使っている部下だった。


「こいつは俺が若い頃から、弟のように可愛がってやってた子分だぞ! それをこんな……こんな酷い姿にしやがって!」


 どうやら串刺し死体のひとつが親しい仲間だったために怒っているらしい兵士は、感情に任せて剣を抜く。


「止めろ。勝手に動くな」

「隊長の言う通りだぜ、進むのは止めとけ」

「そうだ。警告もあるじゃないか。この死体よりも先に……」

「うるせえ! こんなもん、ただのこけおどしだ! 俺の子分をこんな目に遭わせた奴は、こいつと同じ姿にしてやる!」


 上官である壮年の騎士や、周囲の兵士たちの制止も聞かず、その元傭兵は剣を手に歩き出す。死体を越え、さらに東へ数歩進み――

 直後、重く鋭い音が風を切り、元傭兵は後ろへ吹っ飛んだ。皆が驚きに見ると、元傭兵の胴を槍のように太い矢が貫き、地面に釘づけにしていた。

 奇しくも、その元傭兵が釘づけにされた位置は、彼が子分だと言っていた串刺し死体のすぐ隣。死体の山に、新たな死体がひとつ増えた。


「……バリスタか」


 伴っている兵士たちがぎゃあぎゃあと騒ぎ出すのを横目に、壮年の騎士は東を睨む。

 森に左右を挟まれた道は、先の方で弧を描くように左に曲がっている。おそらくは、ここから真っすぐに進んだ正面、道を逸れて森に入った位置から狙われているのだろう。

 アルデンブルク家は東の地域に関しては主要な領主家以外の情報をあまり持っておらず、情報収集にも力を入れていない。コレット領の東にある領地は、コレット領と同格かそれ以下の弱小領地だという話しか知らない。

 そんな領地にバリスタのような大型兵器があるというのは不自然な話。しかし、現にバリスタの矢が放たれ、二十人の部下は惨い死体へと変わり果てた。である以上、事情は分からないが東にはそれなりの戦力が待ち構えていると考えるべき。


「お前たち落ち着け! 敵は二発目の矢を放ってこない。この死体を越えて東へ踏み入らない限りは、攻撃するつもりはないのだろう……退却するぞ。コレット領からの掠奪品をアルデンブルク領へ運び、私たちもそのまま帰還する」


 今回はあくまで、掠奪による物資調達のために動いている。本格的な戦力を持つ相手と戦い、これ以上こちらの兵力を削ることは、己の独断ではできない。ひとまず帰還し、主たるアルデンブルク卿に報告するべき。

 壮年の騎士はそう判断し、兵たちを連れて下がる。


・・・・・・


「……撤退してくれたみたいだね。よかった」


 湾曲する道を外れた森の中。念魔法によってバリスタを構え、警告として曝した死体の向こう側にいる敵を見据えながら、ミカは言った。

 ミカの傍らには直衛としてディミトリが控え、他にも数人の領民が、護衛とバリスタ操作の補助要員を兼ねて周囲を囲んでいる。

 惨い有様となった死体を曝して警告し、それを無視して進んできた敵はバリスタで派手に殺す。そうして敵に進軍を躊躇わせ、撤退させる。そのようなミカの狙いは、幸いにも成功したようだった。敵がバリスタの攻撃にも怯まず進んできたら、ヨエルとルイスが戦闘準備を整えている後方の防衛線までこちらが退かなければならなかったが、そうせずに済んだ。

 敵側としても、見せしめや掠奪を目的とした襲撃のついでにこちらまで足を延ばし、そこで思わぬ大損害を負うのは不本意であるはず。進めばただでは済まないと考えたために退いたのだろうとミカは考える。


「とりあえず一安心だ。後は、敵がまた戻ってこないか見張りを置き続けて、ユーティライネン家からの援軍を待とう……今頃ジェレミーがユーティライネン領に着いているとして、援軍の到着はどれほど早くても明日かな。それまでしばらくの辛抱だ」

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