表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/80

第78話 ひとまずの対処

 敵の殲滅を終えたミカが西へ向けた警戒態勢を敷いて間もなく、広場の方からマルセルがやってきた。コレット領からの避難民の代表者を伴ってきた彼は、避難民たちから得た情報を語る。


「避難が叶ったコレット領民は八十人ほどです。彼らの話では、コレット領を襲ったのは、どうやら西のアルデンブルク家の軍勢らしいとのことでした。アルデンブルク家の家紋を知っていて、軍勢がその旗を掲げているのを見たという者が何人かいました」

「アルデンブルク家……確か、最近イルマシェ家に勝利したんだったね」


 ミカにとって、アルデンブルク家とイルマシェ家は個人的に印象深い領主家だった。

 ダリアンデル地方南西部の西側地域において強い影響力を持つ両家は、長年の領地拡大の末、ついには領境を直接的に接して争いをくり広げてきた。生まれ故郷を発ったミカが旅の途中で念魔法の才に目覚め、旅の進路を南から東へと変えてこの村に辿り着いたのも、元はと言えばこの二つの大領主家の戦争に巻き込まれたことがきっかけ。

 この二家の争いについに決着がつき、アルデンブルク家がイルマシェ家を滅ぼしてその領地を奪い取ったという話は、ミカも聞いていた。


「軍勢はやはり百人かそれ以上もいたそうで、コレット領に降伏や服従を求めるでもなく、いきなり襲撃してきて掠奪や殺戮を始めたそうです」

「一体どんな理由でそんな乱暴なことを……いや、確かコレット家の姻戚のマグリーニ家が、イルマシェ家と仲が良かったんだったね。それが理由かもしれない」


 エルトポリ経済圏、すなわちユーティライネン家の勢力圏から遠くにある西の地域については、ミカが手に入れられる情報も限られる。しかしそれでも、イルマシェ家の敗北とアルデンブルク家の勝利の報が伝わってきたように、おおよその情勢については噂が届く。

 届いた噂のひとつとして、マグリーニ家という領主家に関する話があった。元々はアルデンブルク家とイルマシェ家の双方と絶妙な距離を保ちながら立ち回ってきたところ、ここ数年で当代マグリーニ卿が一気にイルマシェ家に接近したという。その理由として、若くして家督を継いだマグリーニ卿が、イルマシェ家の令嬢に惚れ込んでいるという個人的な事情があるらしいと、ミカは御用商人アーネストやダグラス・コレットから聞いていた。


 このマグリーニ家は、コレット家が西に抱えるいくつもの姻戚のひとつ。人口五百人ほどの小都市を抱え、コレット家をはじめとしたいくつかの姻戚を束ね、小さいながらもひとつの派閥を築いている有力領主家だった。コレット家はこのマグリーニ派に属しているため、エルトポリ経済圏に含まれながらもサンドラからは味方としてあてにされていなかった。

 イルマシェ家が滅びたとなれば、そちらへ肩入れしていたマグリーニ家も政治的には敗者ということになる。イルマシェ領を併合して敵なしとなったアルデンブルク家が、かつての仇敵に肩入れしていたマグリーニ家を、その派閥ごと潰そうと動くことは、可能性としてはあり得る。


「なるほど。アルデンブルク家による、敵対派閥への報復ですか」

「避難民たちの間でも、そのような推測がなされているそうです」

「にしたって、そのマグリーニ家と姻戚関係があるだけの家の領地に、いきなり襲いかかるってのは滅茶苦茶だ」


 ヨエルの語った推測にマルセルが答え、ディミトリが眉を顰めながら言う。


「僕もディミトリに同感だよ。アルデンブルク家の行動は滅茶苦茶だ。そんな乱暴なことをする領主家の軍勢がすぐ西にいるなんて考えたくはない……だけど、現実に襲撃が起こって、騒ぎがこっちまで波及した以上は、その前提で警戒するしかないね」


 ミカはそう言って嘆息し、再びマルセルと、彼の連れているコレット領民の方を向く。


「見たところ、こっちへ避難してきたコレット領民は若者や子供が多かったようだけど、他の者たちの安否は……絶望的だと思うべきかな? コレット卿とご家族も?」


 内心で覚悟しながらミカが問うと、まだ若いコレット領民は、悲しさと悔しさが入り混じったような表情で口を開く。


「はい。ヴァレンタイン領へ逃げ込めた者以外は、全滅したと思います。領主様とご家族も、おそらく全員お亡くなりに……」


 その言葉に、ミカは表情を硬くする。予想はしていたが、いざ言葉として聞くとやはり衝撃的な報せだった。

 ミカの傍らでディミトリは険しい顔で腕を組み、ヨエルは無表情のまま目を伏せる。


「襲撃を受ける前、若様が――領主様のご子息が、何人かお供を連れて村の西側へ見回りに出ておられたんです。そしたらお供のうち一人だけが帰ってきて、武装した集団が襲ってきて若様が殺されてしまったと伝えました。それから備える間もなく、あのアルデンブルク家の軍勢が村を襲いました」


 襲撃時のことを思い出しているのか、若いコレット領民は身を震わせながら語る。


「一人息子を殺された領主様と奥方様は、悲しんでいるというよりは、これ以上ないほど怒っておられるご様子で、お二人とも武器を取って館から出てこられました。それで、私たち領民に命じられました。若い者と子供は東へ逃げて、それ以外の者は時間を稼ぐために戦うようにと……その際に、逃げ延びた者がヴァレンタイン領の領主に自分の言葉を伝えるようにと仰いました」

「僕に? 彼は何と?」

「……ダグラス・コレットは、領主として最後に守るべきもの、誇りを守り抜いて死んだ。そう伝えろと仰っておられました」


 それを聞いたミカは、しばし黙り込み、そして呟くように言う。


「……なるほど。それが彼の選んだ最期か」


 ダグラス・コレットの性格を考えれば、領民への思いやりからそのような最期を選んだわけではないだろう。彼は領主としての面子にこだわる男だった。言い換えれば、彼は一社会の支配者としての誇りをとことん大切にする男だった。

 理不尽な襲撃を受け、一人息子という未来への希望を失い、領地をも失おうとしている状況で、彼と夫人は自分たちの命ではなく誇りを守ることを選んだのだろう。若者と子供を生かし、自分たちは時間を稼ぐために戦って散ることで「立派な最期を遂げた領主夫妻」として世に語られる道を選んだのだろう。ミカはそう考える。


「コレット卿の言葉、確かに聞いたよ。彼の勇敢な散り様を語り継いで、彼が守った君たち領民を生かすためにも、まずはこのヴァレンタイン領が事態を乗り越えないとね。うちはコレット家が巻き込まれたであろう係争には無関係だけど、村を襲って住民を殺戮して、一部の兵が勢い余って東隣のうちにまで襲いかかるような連中なら、どこまで暴走するか分かったものじゃない。残りの軍勢もこっちに来てもおかしくない」


 言いながら、またとんでもない問題が舞い込んだものだとミカは思う。

 あと二か月もすれば第一子が生まれる。何故、世界は自分が穏やかに我が子の誕生を迎えることを許してくれない。初めての出産を控えている我が愛しの妻に、平穏を与えてくれない。

 内心でそのような愚痴を零しながらも、表向きは冷静さを保ったまま、ミカは次の一手を打つ。


「まずは、ユーティライネン家に状況を伝えよう。これからアルデンブルク家と対峙することになるのなら、ヴァレンタイン家だけでずっと持ちこたえるのは無理がある」


 ヴァレンタイン領は、ユーティライネン家の勢力圏における西の防壁。である以上は、助けを乞うことはユーティライネン家のためでもある。サンドラとしても、信頼できる姻戚と有能な念魔法使いの味方、そして砂糖の生産地を守るために、むしろ「どうかヴァレンタイン領を助けさせてくれ」と言ってくるはず。

 姻戚関係とはこういうときのためにある。せっかくの立場を活用しない手はない。ミカはそう考えながら、伝令を送ることを決意する。


「ジェレミー! ちょっとこっちに来てほしい」

「は、はいっ!」


 ミカが呼ぶと、数人の男性領民たちを率いて槍を手に西を睨んでいたジェレミーが、隊列を外れて急ぎ駆け寄ってくる。


「ジェレミー、君は領民たちの中でも特に体力がある。僕のお供としてユーティライネン城に入ったこともある。だから君に、僕がユーティライネン卿に向けて書く手紙を運んでほしいんだ。軍馬に乗れる僕とディミトリとヨエルは、領地の防衛のためにもここを離れられない。ユーティライネン領までの道の悪さを考えると、アーネストの荷馬車はそれほど速くは進めない。東隣のフォンタニエ家をはじめとした他家に重要な手紙を預けることも避けたい。そうなると、君が走るのがいちばん速い。今から発てば、明日の正午までには向こうに着けると思う」


 ヴァレンタイン領からユーティライネン領までは、集団で歩いて移動したり、足の遅い荷馬車を連れたりして無理せず進めば二日ほどかかる。しかし、体力のあるジェレミー一人が最低限の荷物を持って急ぐのであれば、倍の速さで踏破することもおそらく可能。彼はかなり疲れるだろうが。


「重要な任務だからこそ、君に任せるのが最善だと思ってる。頼めるかい?」

「任せてください! 絶対にユーティライネン城に辿り着きますよ!」


 元気よく答えたジェレミーに、ミカは優しく笑って頷く。


「さすがはジェレミーだ。それじゃあ、ひとまず家に帰って出発の準備をしてくるといい。僕はその間に、ユーティライネン家への手紙を準備するから」


 そう言ってジェレミーを家へ帰したミカは、再び家臣たちの方を向く。


「後は、敵の襲撃への対策だけど……残る敵がどれだけいるか分からないけど、二百人に迫るかもしれない軍勢が今日中にも襲撃してくるかもしれないとなれば、さすがにちょっと厳しいね。最終的に撃退できたとしても、こっちにどれだけ犠牲や損害が出るか分からない」


 現状のヴァレンタイン城は、門や見張り台、丸太柵の裏の足場といった防衛設備は未完成だが、それでも一応は防衛戦の陣地としてある程度機能する。とはいえ、こちらの戦力になる成人男子は避難民を含めてもせいぜい五十人程度で、敵は数倍となれば、まともに戦えば激戦となることは必至。ミカがどれほど魔法で奮戦したとしても、おそらく少なからぬ死者が出るだろう。

 それに加えて、こちらが城に籠っている間、無人になった村を荒らされる可能性もある。敵が嫌がらせで村の家々に火でも放とうものなら、復興にどれほどの手間がかかることか。


「そんな事態は御免被る。できることなら、どうにかして敵の侵入そのものを防ぎたい。だから…………そうだな、脅そうか」


 思案の後にそう言いながらミカが視線を向けたのは、ひとまず村の端に積まれた、敵の死体の山だった。


「あの死体をコレット領と繋がる道に曝し、アルデンブルク家の軍勢への警告としますか?」


 主人の考えを察して言ったヨエルに、ミカは頷く。


「うん、そんな感じ。だけど、ただ曝すだけだと荒くれ者の軍勢は怖気づかないかもしれないからね。もう一工夫加えよう……死体を損壊するのはあまり褒められたことじゃないけど、元はと言えば掠奪や殺戮をはたらいた彼らが悪いんだ。勘弁してもらうしかないね」


 これから自分が行おうとしていることを考えて憂鬱を覚え、ため息を吐いたミカは、十人ほどの男性領民を集合させる。そして、彼らに向けて呼びかける。


「いいかい皆。これから僕が命じることを聞けば、きっと気分が悪くなると思う。僕としても本当はこんな命令はしたくないんだ。だけどこうすれば、この村がコレット領のような悲劇に見舞われる事態をきっと避けられる。これは僕たちの村や家族を守り、君たちの命を守るための命令だ……さっき倒した敵の死体を、できるだけ多く木の杭で串刺しにして、コレット領と繋がる道の上に曝してほしい」


 その壮絶な命令を受け、領民たちはさすがに動揺を見せる。


「そうすればきっと、敵はヴァレンタイン領に恐れをなして退いていく。僕たちは戦うことなく、誰も犠牲になることなく、敵を撤退させられる……幸い、死体はどれだけ損壊しても痛みを感じることはないから、遠慮はいらないよ」


 続けてミカが語ると、やがて領民たちのざわめきが止む。そして、フーゴが口を開く。


「分かりました。今すぐに始めます。なあ皆、故郷と家族と、俺たちの命のためだ。そう思えば何てことないよな?」


 フーゴの呼びかけに、領民たちは頷く。皆、気持ちの上ではともかく、頭ではミカの命令の意義を理解してくれたようだった。


「ありがとう。皆にだけ不愉快な作業をさせるわけにはいかないからね。僕もユーティライネン家に送る手紙を書いたら、すぐに合流するよ……ああ、作業は西の方に行って、森の陰に隠れてから始めるよう頼むね。ここで死体を串刺しにしていたら、女性や子供たちが見て気絶しちゃうかもしれないから」


 ミカが微苦笑しながら言うと、領民たちも苦笑して死体を運び始める。ミカは西の見張りと作業の指揮をディミトリとヨエルに任せ、自身はマルセルと共にひとまず城へ戻る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ