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第77話 安寧は破られ

 十一月には食料などを備蓄する倉庫も建ち、ヴァレンタイン城の完成度はさらに高まった。後は門やその上部の見張り塔、丸太柵の内側の足場などを建てるばかりで、領主家の行政と生活の場としての機能は既に完全なかたちで果たせるようになっていた。

 中心的な建物である主館は、以前の領主館よりも広い。会議場や宴会場、食堂などを兼ねた大部屋は、もはや広間と呼ぶべき立派なものに。その他にも領主の執務室や、ミカとアイラの私室、子供部屋、そして家臣たちの部屋など、必要十分な数の部屋があり、いずれも今までの領主館の一部屋よりも広々としている。

 快適な新築の城に生活の場を移し、数か月。ミカは現状にとても満足している。


「それじゃあ、午後もまた森に入るのね? 本当にご苦労さま」

「ありがとう。今後のことを考えると、切っても切っても木材が足りない気がするよ」


 ある日の正午。広間に置かれた大テーブルで、アイラと共に昼食を取りながらミカは語る。

 城の建造の仕上げをするにしても、今後の人口増加を見越して新たな家屋の建設を進めるにしても、木材は大量に必要。多すぎて困るということはないので、冬穀の農地を耕す作業が終わり、冬支度が本格的に始まる前のこの時期は、森の開拓に専念することになる。

 この昼食の場には、ミカとアイラの他に、ディミトリとマルセルとヨエル、そして彼らの家族もいる。家臣である彼らは、ある意味では家族に近い存在なので、こうしてできるだけ共に食事をとる。

 ディミトリとマルセルの隣には彼らの妻子が並び、そしてヨエルの隣には、十歳ほどの少女が座っている。彼女はヨエルが南の大森林を抜ける際に助けた少女で、家族を森で亡くして身寄りがないため、ヨエルがそのまま養子にして面倒を見ている。

 小麦のパンと肉入りのスープが並ぶ大家族の昼食は、皆が談笑しながら和やかに進み、使用人ヘルガが食後のお茶を持ってきたそのとき。


「み、ミカ様! ミカ様―っ!」


 大声でミカを呼びながら城に飛び込んできたのは、陽気な領民ジェレミーだった。彼は足が速いので、領民たちに何かあった際、ミカに知らせる伝令役としてよく駆けている。


「た、大変です! 村に……西のコレット領の人たちが、村に逃げ込んできました! コレット領が軍勢に襲われて、壊滅状態らしいです!」

「っ!?」


 ジェレミーの報告を受け、ミカは驚愕しながらも即座に立ち上がる。武門の家臣であるディミトリとヨエルもすぐさま席を立ち、アイラやマルセルなど他の者は驚きに固まっている。

 ミカが目配せをすると、ディミトリとヨエルは自身の、そしてミカの装備を取るために広間を出ていく。


「逃げてきたコレット領民の数、敵の軍勢の数、それと、敵がこのヴァレンタイン領まで入り込んできてるかは分かる?」

「えっと、逃げてきた人は何十人もいます。その人たちの話では、敵は百人以上か、もしかしたら二百人もいるように見えたらしいです。俺が見たときは敵の追手はいませんでしたけど、逃げてきた人たちは敵が村の外まで追ってきてたって……」

「……そうか。場合によっては迎撃しないといけないね」


 襲撃を受けて混乱しながら逃げてきたであろうコレット領民の証言がどれほど当てになるかは分からないが、百人以上の軍勢が迫ってきたとなれば相当な危機。総人口で二百人程度のコレット領が壊滅状態というのも無理はない。

 領主ダグラス・コレットと彼の家族の安否も気になるが、まずは我が領の防衛が優先。コレット領が壊滅したのであれば、敵が余勢を駆ってコレット領民の生き残りたちを追い、ここまで雪崩れ込んできてもおかしくはない。急ぎ対処しなければならない。

 ミカがそう結論付けていると、ディミトリとヨエルが戻ってくる。武門の家臣である二人は普段から鎧下を着こんでおり、今はその上から鎖帷子を身に着けた状態。彼らが持ってきた鎧下をミカも着込み、その上から革鎧と兜を纏い、そして連射式クロスボウを一挺、念魔法で空中に浮かべることで戦闘準備を終える。


「ミカ、どうか気をつけて」

「ありがとうアイラ……よし、村に急ごう」


 アイラと一言だけ言葉を交わして口づけを交わし、随分と膨らみが目立つようになった彼女の腹部、もうすぐ生まれてくる我が子にもキスをしたミカは、そう言って館を出る。城の敷地内に置かれている丸太を一本、念魔法で持ち、そして城を発つ。戦斧と盾を手にしたディミトリ、常に腰に帯びている剣を抜いたヨエル、そして城に備えてある槍と大盾を与えられたジェレミーが続く。


 四人が急ぎ向かうと、村は大変な騒動の中にあった。

 コレット領から逃れてきたのであろう見知らぬ者たちが、村の中央広場に集まっている。ざっと見るに、子供が多い。成人は少なく、男女とも若い者ばかりの様子。ジェレミーの妻イェレナや、御用商人アーネストの妻をはじめとしたヴァレンタイン領民の女性たちが、彼らに水や毛布を与えて保護している。

 そして男性領民たちは、ルイスやフーゴなど従軍経験のある者を中心に、集結して西の方を警戒している。皆が投石紐を持ち、さらに半数ほどの者は、非常時に備えて村の共用倉庫に保管されている槍を持っている。

 ミカはジェレミーの先導を受け、ひとまず彼らの方へ走る。


「……ミカ様!」

「ルイス、それに皆もご苦労さま。状況は?」


 ミカが尋ねると、ルイスは西のコレット領へと続く細い道を指差す。


「今のところ五十人以上はコレット領民が逃げてきました。まだ少しずつ逃げてきます。コレット領を襲った軍勢は、まだ見えません」

「そうか、迅速に動いてくれて助かるよ」


 普段は寡黙だが必要なときは喋るルイスの簡潔な説明を受け、ミカは思案する。

 西からは、今まさにコレット領民が新たにこちらへ逃げてくるのが見える。そしてその後ろからは――武装した荒くれ者の集団が見える。コレット領民たちを執拗に追いかけていたのであろう敵が、ついにヴァレンタイン領まで到達したようだった。

 なんとか迎え撃つのが間に合った。そのことに安堵しながら、ミカは皆に指示を飛ばす。


「ディミトリとジェレミーは僕の護衛を。ヨエルは槍を持った者たちを率いて接近戦の準備。残りの者はルイスと一緒に投石用意」


 ミカの指示に従い、皆が急ぎ動く。その間にも、コレット領民たちとそれを追う敵集団が近づいてくる。


「コレット領民はそのまま逃げろ! 村の広場へ向かえ!」

「お前ら、敵が来るぞ! 財産と家族を守るためだ! しっかり戦え!」


 逃走が叶った最後のコレット領民であろう十数人の集団に、ヨエルが呼びかける。一方でディミトリは、迫る敵を前に緊張した面持ちの領民たちへ呼びかける。領民たちは声に緊張を滲ませながらも、力強く応える。

 最後尾を逃げていたコレット領民が、ミカたちとすれ違って後方へ逃げ、前方に残るは敵集団のみ。二十人以上もいるであろう敵は、やけに装備が整っている。手には質の良さそうな剣や槍や戦斧を持ち、身体には革鎧や、中には鎖帷子を纏っている者も。

 装備に相応の自信があるのか、敵集団は追撃の勢いのままにこちらへ襲いかかってくる。おそらくは、こちらを取るに足らない小領の軍勢と侮りながら。


「放て!」


 そこへ、ミカの命令で一斉に石が放たれる。合わせてミカは、念魔法で浮かべる連射式クロスボウから次々に矢を放つ。十以上の石と何本もの矢を受けた敵集団は、数人が倒れ、他の者たちも怯む。


「止まるな! 距離を詰めてなぶり殺しにしてやれ!」


 敵集団の中心にいる重武装の兵士が叫び、他の兵士たちは命令に従ってそのまま向かってくる。立ち直るのが早い。実戦慣れしている様子だった。


「ルイスたちはもう一度投石を! その後は槍部隊が僕と一緒に前進!」


 敵が距離を詰めてくる前に、ルイス率いる投石部隊がもう一度石を放つ。さらに数人を戦闘不能に追い込んだ上で、ミカと護衛の二人、そしてヨエル率いる槍持ちの部隊が、いよいよ間近に迫ってきた敵集団との接近戦に臨む。


 武器を振り上げて迫ってきた敵の指揮官らしき男を、ミカは丸太で叩き潰す。胴をぺしゃんこに潰され、敵指揮官は明らかに即死した。

 ミカは念魔法の手を止めることなく、丸太を右へ左へ振り回し、敵集団を薙ぎ払う。この村に念魔法使いがいることを知らなかったらしい敵集団は、単独で強烈な攻撃を放つミカを前に大いに混乱する。なかにはミカを仕留めようと迫ってくる者もいるが、それはディミトリが戦斧を振り回して叩き伏せる。あるいは、ジェレミーが大盾を構えて壁を作り、その壁を前に足を止めた敵をヨエルが素早く屠る。


 ミカの丸太が届かない位置にいる敵も、槍を構えた領民たちが間合いを保ちながら牽制することで攻めあぐねる。今も定期的に行われている自衛訓練の成果が、しっかりと発揮されているようだった。非常時に備えて装備を整えてきたおかげで、鉄製の穂先を持つまともな槍が揃っていることも、ここに来て効果を発揮している。

 攻めあぐねた敵に対して、ルイスが投石の才能を活かし、狙撃を行う。槍部隊の戦列の側面に回り込もうとした敵に対しては、投石部隊の皆が石を放って牽制し、それ以上の前進を許さない。


「畜生! 駄目だ下がれ!」

「逃がすな! 追撃を!」


 瞬く間に損害が広がり、思わぬ苦戦を強いられた敵集団は逃げようとする。その隙を逃さず、ミカたちは猛攻を仕掛ける。

 背中を見せた敵集団にディミトリやヨエルが斬りかかり、槍を持った領民たちがその槍を突き出す。その猛攻を逃れてなおも走る敵には、投石部隊が容赦なく石礫を浴びせる。

 そしてミカは、丸太を放り投げて二人の敵をまとめて薙ぎ倒し、残る敵にはクロスボウの矢を浴びせる。弾倉の矢を撃ち尽くしたときには、敵集団は一人も逃げることが叶わず全滅していた。

 戦いが終わり、しばしの静寂が流れる。


「……こっちに死者や重傷者は?」

「いません。槍部隊に何人か負傷者が出ましたが、重傷ではありません」


 ミカが尋ねると、皆の様子を確認していたヨエルが答えた。その返答を受けて、ミカは安堵の息を吐く。


「よかった。それじゃあとりあえず、負傷者の手当てをしてあげて。それと敵の死体を片付けて、後は……西に見張りを立てよう」


 その指示をもとに、ディミトリとヨエルが細かな采配をし、皆が動き出す。

 コレット領民たちの話では、敵は百人以上。コレット領を襲った意図も、このヴァレンタイン領まで襲うつもりなのかどうかも分からないが、その可能性はある。まだ全く油断できない。

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