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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第三章 変化は外からやってくる

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第75話 ヴァレンタイン城

 八月の下旬、ヴァレンタイン城の主館が遂に完成した。


「これだけ早く完成したのも、ヨエルの土魔法のおかげだねぇ。本当に助かったよ」

「お役に立てて嬉しく思います……こうして館が立つと、いよいよ城らしくなってきましたね」

「本当だねぇ。この調子なら今年中に概ね完成しそうだね」


 ヨエルと話しながら、ミカは城の敷地を見回す。


 敷地の中央奥側に位置する二階建ての木造の館は、現在の領主館よりも一回り大きい。ヴァレンタイン領の規模から考えれば立派過ぎるほどだが、これは今後の領地発展を見越してのこと。

 この主館の傍らには、城に必須の設備である井戸が既に作られている。他に、敷地内の門に近い側の一角には厩舎が建てられ、傍らには馬の世話に使う道具や飼い葉などを収める倉庫もある。

 敷地を囲む丸太柵は、門の周辺を除く大半が完成している。建造作業では資材を大量に運び込まなければならないため、運搬の邪魔にならないよう、門とその周辺の柵はあえて最後に建てることになっている。

 門の他に作らなければならないのは、領地の食料備蓄を置くことになる倉庫。砂糖生産の場となる工房。柵の内側の足場。その他に、城を囲む空堀の中に逆茂木を立てたいとミカは考えている。

 とはいえ、それらの設備は直ちに必要というわけではなく、主館が完成した時点で生活の場を移すことは十分に可能となる。


「ミカ様、奥様をお連れしました。他の皆も……呼んでねえ奴らまで来ちまいましたが」


 そのとき。後ろからやってきたディミトリが声をかけてくる。彼はアイラや家臣や使用人たちに主館の完成を報告し、皆をここへ連れてくるようミカに頼まれていた。

 アイラをはじめ、領主館で暮らす皆。マルセルと彼の妻子。ミカが呼んだのはここまでだが、アイラたちの後ろには、領民たちがぞろぞろと続いている。


「ご苦労だったね、ディミトリ。今日は構わないさ、領民たちが労役についてくれたおかげで完成した館だから……ほら皆、近くでよく見てみるといい」


 ミカが手招きすると、皆はミカの周囲に集まり、感嘆しながら主館を見上げる。

 そしてアイラは、ミカのすぐ隣まで歩み寄り、ミカの腕を抱き、やはり感慨深げに館の様相を眺める。彼女の腕の中にいるぬいぐるみのアンバーも、主館を見上げているように見える。


「凄いわね。完成間近のところは見ていたけれど、扉と窓の鎧戸がつくと、また一段と立派に見えるわ……ミカ、本当にご苦労さま。ありがとう」


 満面の笑顔で言うアイラに、ミカも笑みを返す。


「アイラに喜んでもらえるのがいちばん嬉しいよ。この主館が完成した時点で、こっちに生活の場を移すことはできるようになったから……できるだけ早いうちに引越しをしようか。新築の館で新生活を始めよう」

「ええ、そうしましょう。ふふふっ、楽しみだわ……今年のうちに館が完成したから、この子は新しい家で生まれ育つことになるのね」


 そう言って、アイラは自身の腹部を撫でる。彼女のお腹は、端から見ても懐妊が分かるくらいに膨らみが目立つようになっている。


「そうだね。ヴァレンタイン城で生まれる最初の子供だ……ああ、なんていうか、幸せだなぁ。すごく幸せだよ」

「ええ、本当に幸せね……これからこのお城で、ずっと幸せに暮らしましょう」


 二人で幸福を確かめ合うように言葉を交わしながら、ミカはアイラと顔を寄せ合い、軽くキスをした。


・・・・・・


 ヴァレンタイン家の新居である城の主館には、ミカとアイラ、ディミトリ一家とヘルガとイヴァンだけでなく、マルセル一家とヨエルも居を移した。ヴァレンタイン城は、いかにも領主家の城らしい大所帯となった。

 ミカがこの地に来たときよりもさらに歳を重ね、昔ほどたくさんの仕事がこなせなくなったヘルガとイヴァンに代わり、ビアンカや、マルセルの妻子が多くの家内仕事をこなしてくれるようになった。そのおかげで、以前より大きくなった館の中も管理は行き届いている。

 そうして新生活が順調に始まった秋。ユーティライネン領より新たに二頭の農耕馬が輸入されたことで、ヴァレンタイン領の農業の体制は、今までよりもさらに一段進展した。


「領民たちへの農耕馬の割り振りはどうかな?」

「既に済ませています。二組の農耕馬と犂を、全ての領民が農地面積に比例して平等に使えるよう割り振っています」


 冬穀の種蒔きに向けた耕起作業が始まっている農地を見渡しながら、ミカはマルセルと言葉を交わす。


「そうか、さすがマルセルだね……つくづく、君を家臣に任命してよかったよ。本当にものすごく助かってる」

「恐縮です。私としても、ご期待に適う働きができているようで安心しています」


 そう言って微苦笑するマルセルは、実際のところ文官として優秀極まりなかった。ミカは甜菜など一部の重要作物をどれくらい確保したいか伝え、後は耕起作業の時期にマルセルに言われるがまま念魔法で犂を牽くだけでよく、農業管理の実務は彼が全て完璧に行ってくれる。

 それに加えて、彼は領民の顔役だった経験を活かし、元々の領民たちと新参の領民たちの融和にも気を遣ってくれている。大きな揉め事が起こらないよう、新旧の領民たちの間に立って様々な采配をしてくれる。

 さらに言えば、マルセルの家族も頼もしい。彼の妻はビアンカやヘルガと共にヴァレンタイン家の家内を支えてくれている。そして彼の子供たちも、両親に似て真面目で賢いので、もうすぐ生まれるミカの継嗣の世話役や、いずれは家臣として活躍が期待できる。


「これからもその調子で頼むよ。君がいれば、ヴァレンタイン領の社会は安泰だ」

「はい。登用していただいた御恩にお応えするためにも、精一杯努めます」


 農業の実務はマルセルに任せておけば問題ない。農耕馬があと一組か、できれば二組来れば、ミカ自身が犂を牽く作業からも解放され、この地の農業は領主の魔法に頼らず回していける。馬の購入資金も、砂糖の輸出が始まるので容易に確保できる。

 自領の農業体制がいよいよ完成しつつあることに、ミカは満足している。


・・・・・・


 九月に甜菜が収穫されると、砂糖の生産も本格的に始まった。

 砂糖生産の拠点は、ヴァレンタイン城の主館の裏手に作られた工房。原料の甜菜は馬の飼料の名目で城内に運び込まれ、ミカとアイラと家臣たちが交代で砂糖作りを行っている。

 この体制であれば、加工の詳細な手順がヴァレンタイン家の外に漏れる心配はまずない。甜菜が原料であることはいずれ領外の人間に見破られ、そこから自力で砂糖を作り出す者がいつかは出てくるだろうが、当面はヴァレンタイン家で砂糖生産を独占できる。

 作られた砂糖はいくつもの壷に収められ、ユーティライネン領へ輸出される。輸送などの実務を担うのは、ヴァレンタイン家の御用商人アーネストが経営するキャンベル商会。


「それじゃあアーネスト、よろしく頼むよ。道中気をつけてね」

「お任せください。最重要の品物ですので、細心の注意を払って運ばせていただきます」


 初の砂糖輸出に臨むアーネストは、ミカの呼びかけに真剣な表情で答える。


 砂糖が収められて蓋のされた壷は麻袋の中に入れられ、上から麦が注がれる。そうして一見すると麦の詰まった袋として、領外へ輸出される麦の中に隠して運ばれる。アーネストが乗る荷馬車の荷台には何十という麦の袋が詰まれ、そのうちいくつかに砂糖の壷が入っている。

 ミカとしては護衛にディミトリかヨエルをつけたいところだが、ただの麦を運ぶ商人の荷馬車を領主家の家臣が護衛していてはあまりにも不自然。高価な品を隠して運んでいると言わんばかりになってしまう。ここからユーティライネン領までの道中は比較的安全であるので、ミカも護衛を貸すことは控えている。

 その代わりに、アーネストは自身の妻と、武装させた男性従業員を伴っている。彼自身も短剣とクロスボウを備えている。彼としても、砂糖という超高級品の運搬にはできる限り万全の体制で臨みたいようだった。


「今回は初めての輸出だから、向こうについたらとりあえずユーティライネン城を訪ねて。サンドラ様からユーティライネン家の御用商人に話を通してもらえるはずだよ。それと、君のお義父さんにも」


 ユーティライネン領において砂糖の流通を担うのは、ユーティライネン家の御用商会を務めている大商会と、アーネストの妻の実家である中堅商会。後者に関しては、アーネストの親類を砂糖流通に関わらせることで、キャンベル商会を完全に仲間に引き入れ、情報流出の可能性をできる限り小さくする意図がある。

 ヴァレンタイン領で砂糖が生産されていることを知る領外の人間は、サンドラと彼女のごく一部の側近、そして砂糖流通を担う二つの商会の幹部たちだけ。表向きは、ダリアンデル地方の南部から輸入される砂糖が少し増えた……ということにされる。


「承知しました。それでは、行ってまいります」


 そう言って出発するアーネストの一行を、ミカは少しばかり落ち着かない気持ちで見送る。


 その後、輸送に関してはミカの心配したような事態が起こることもなく、砂糖輸出はヴァレンタイン領の大きな収入源として機能していくことになった。

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