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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第三章 変化は外からやってくる

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第73話 ヒューイット領防衛戦②

 戦場の中央では敵味方の歩兵が殺し合い、後衛からは双方の弓兵や投石兵、魔法使いが味方前衛の頭上を飛び越えるように攻撃を放って援護する。そんな戦場を俯瞰しながら、サンドラ率いるバリスタとカタパルトの部隊は矢や石を放ち続ける。


「……勝てますかね」

「このままいけば大丈夫だと思うよ。僕たちの攻撃が十分に効いて、敵は攻撃の勢いを失ってる。せっかく傭兵を集めて戦力を増強した有利を全然活かせてない」


 装填作業の最中、寡黙なルイスが珍しく発言し、ミカはそれに答える。

 ランゲンバッハ軍で警戒すべきは、徴集兵より数段手強い戦力である傭兵。敵前衛に含まれる傭兵たちの突破力によって、こちらの本隊がいきなり総崩れになる事態が、最も恐れるべきことだった。

 しかし、もはやその可能性は低い。敵の傭兵たちもバリスタやカタパルトから放たれる強力な遠距離攻撃によって怯んでいるようで、懸念されていたような勢いは敵にはない。


 長射程の投射武器を数多く揃えて敵陣に広く圧力をかけ、味方の本隊を強力に援護することが、会戦での勝利に繋がる。サンドラのそのような戦術論は正しかったのだと、この戦況が証明している。バリスタとカタパルトは、彼女の意図の通りに効果を発揮している。

 ミカたちが攻撃を放つごとに損害を増している敵本隊は、そう時間もかからずに傭兵と徴集兵の士気が崩壊して壊走し、ヒューイット軍が勝利を得るだろう。ミカはそう考えながら、新たな矢を敵陣目がけて放つ。

 と、そのとき。


「ミカ様、敵の騎兵たちが動いてます。こっちに来るみたいです」


 護衛としてミカの傍に控えながら戦況全体を見渡していたディミトリが、そう報告した。ミカが視線を向けると、敵陣最後方にいる騎兵部隊が確かに動き出していた。


「ここまでかなり距離があるし、ここは丘の上だから駆け上がるのに苦労するだろうけど……それでもバリスタとカタパルトを排除しないと勝てないって判断したんだろうね。ランゲンバッハ卿もなかなか挑戦的だなぁ」


 そう語りながら次弾の発射準備を進めるミカのもとへ、部隊指揮官サンドラのもとから伝令がやってくる。敵陣への攻撃を一時中断し、迫りくる敵騎兵部隊の撃退に臨むよう要請がなされ、ミカは当然に承諾。念魔法で持ち上げたバリスタの照準を、自軍の右側面を通り抜けてこちらへ来ようとしている敵騎兵部隊に向ける。

 横を見てみると、他のバリスタやカタパルトを操るユーティライネン軍の兵士たちも、敵騎兵部隊の襲来に備えて向きを変えようとしていた。とはいえ、複数人で操作する大型兵器はすぐには移動させられない。念魔法でバリスタを浮かせて自在に向きを変えられるミカは、やはり例外的な存在だった。


「それじゃあ、とりあえず一射目だね……っ!」


 敵騎兵部隊に向けて、ミカは最初の矢を放つ。まだ距離が遠い上に高速で移動する集団を、正確に狙うのは難しい。一射目は敵騎兵たちの近くに着弾し、威嚇程度の効果に終わる。

 次の二射目が、見事な命中弾となった。槍のような極太の矢が、迫りくる敵騎兵の一人を串刺しにして馬上から叩き落とした。

 ミカが三射目を放つ頃には、カタパルトの一台が照準の調整を終え、石を発射。狙いは多少甘かったものの、大量の石礫はある程度が命中したようで、敵騎兵部隊のうち前方に並ぶ者たちが損害を被る。重装備の者が多い騎兵部隊は石による直接の死傷者こそ少ない様子だったが、石を受けた馬が転倒してそれに巻き込まれたり、石が直撃した衝撃までは消せないために怯んだりする者がそれなりの人数いるようだった。


 次いでバリスタやもう一台のカタパルトからも攻撃が飛び、そのほとんどが命中せず至近弾に終わるが、既に身をもってバリスタやカタパルトの威力を味わった敵騎兵たちを逃げ腰にさせるのに十分な効果はあった。それに加えて、ヒューイット軍の騎兵部隊も本陣の傍らから出撃し、迎撃の構えを見せると、敵騎兵部隊はそれ以上の進撃を諦めて撤退していく。


「あっさり逃げやがりましたね」

「まあ、敵騎兵も大半はランゲンバッハ卿に付き合わされてるだけの人たちだから。僕たちを撃退して生還できる見込みも薄いのに、無理に突き進もうとは思わないんだろうね」


 拍子抜けした表情で言うディミトリに、ミカは微苦笑しながら返す。

 敵軍のうち、ランゲンバッハ領からの兵力はせいぜい三百以下。ランゲンバッハ家の抱える常備兵力も、昨年までのかの家の領地規模を考えると、騎士と兵士を合わせてせいぜい三、四十人程度と推測される。

 となると、敵騎兵部隊のうち大半は、ランゲンバッハ家に付き従っている領主家の家臣や、小領主当人たち。そして傭兵のうち馬に乗れる者たち。立場上ランゲンバッハ卿の部下のような扱いに甘んじてはいても、命を捨てての突撃まで為す義理はないはず。

 大将のランゲンバッハ卿も、軍勢において自家の直轄の軍が少数派である以上は、他家の者たちをあまり強権的に指揮することもできない。この世界のこの時代、軍勢とはこのようなもの。


 騎兵部隊による突撃が失敗した時点で勝機はないと大将が判断したのか、ランゲンバッハ軍の本陣から撤退の合図らしきものが出される。下がり始めた敵軍本隊に向けて、ミカたちは再び攻撃を放つ。撤退の隊列を乱し、味方が追撃しやすくなるように。そして丘の麓の自軍本隊は、好機を逃さず敵軍の背中を追う。

 こちらの騎兵部隊も追撃に加わり、敵本隊の側面に突入。ヨエルもあの中で果敢に剣を振るっていることだろうと思いながら、ミカはバリスタによる射撃を停止する。乱戦が始まれば、丘の上の部隊の出番はない。

 こちらの騎兵部隊が追撃で活躍する一方で、敵騎兵部隊は自軍の撤退を援護することもなく、本陣と共に下がるのみ。各部隊の連携の点では、ヒューイット軍の方が明らかに一枚上手だった。


 戦場東側の砦を睨んでいた敵部隊も撤退を開始し、そこへ砦から打って出たヒューイット軍の部隊が襲いかかる。数の上では不利でも、逃げ腰の敵を後ろから攻撃すれば優位に立つのは必然。敵軍の最後尾にいる哀れな兵たちは、一方的に狩られていく。

 結果、ランゲンバッハ軍はさらに損害を増しながら、ほとんど壊走に近い状態で逃げていく。ヒューイット軍は勢いを増しながら追撃に臨む。この段になれば逃げる敵を一方的に狩るばかりとなり、反撃を受けて死傷する可能性は低い。敵を殺せば装備や衣服、傭兵の場合は持ち歩いている財産なども手に入れられる。兵たちにとっては、楽しいばかりの掠奪の時間。


「……勉強になるねぇ」


 もはや自分の出番は終わり、後は味方が勝利を確かなものとする様を眺めるばかり。そのような状況で、ミカは呟く。

 今回の戦いへの参加は、領主として学びの多いものだった。味方の軍勢は昨年の戦いと比べてより大規模で、おまけにただの寄せ集めの集団ではない。歩兵部隊や騎兵部隊、別動隊や遠距離攻撃部隊など、複数の部隊が連携してより機能的な戦いを展開した。

 現代のダリアンデル地方ではなかなか見られない、ただ力任せにぶつかり合うばかりではない会戦らしい会戦。それを、比較的安全な後方の陣地から、特に危険な目に遭うこともなくじっくりと俯瞰できるというのは、得難い経験だった。


 いつか自領で大規模な防衛戦などを行う機会があれば、この経験はきっと活きるだろう。できることならば、活かす機会が生涯来ない方が好ましいが。ミカはそう考えながら、自軍の大勝利を見届ける。

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