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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第三章 変化は外からやってくる

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第71話 歴史と戦争

 ミカがアーネストから報告を受けた数日後には、ユーティライネン家より使者が来訪し、ヒューイット家への援軍派遣に参加するよう正式に要請がなされた。ミカは当然これを承諾し、翌日にはヴァレンタイン領を発った。

 伴っているのは、護衛兼従者のディミトリと、今回の敵となるランゲンバッハ家に対して大きな因縁のある家臣候補ヨエル。そして、投石の名手ルイスを筆頭に、出征に志願した成人男子の領民が三人。うち一人は新領民。さらに、補給と武器運搬のために、アーネストのキャンベル商会より従業員が荷馬車ごと貸し出されている。

 総勢七人。軍馬カティヤに乗ったミカを筆頭に、ヴァレンタイン軍はエルトポリへと続く道を進んでいく。


「せめて子供が無事に生まれるまでは、領地から出ずに平和に過ごしたかったなぁ」


 ミカは馬上で呟くように言い、小さく嘆息する。


「つくづく恐ろしい野心の持ち主ですな、ランゲンバッハ卿は。ストラウク家を滅ぼしてから一年と経たずに他地域への侵攻に臨むとは」


 カティヤの傍らを歩くヨエルが、かつての主家の仇について複雑そうな表情で語る。


「そうだねぇ。大森林の南の地域を短期間で掌握して、各領地から兵を集めて他地域に出征できるほどに支配力を高めた手腕は、敵ながら見事なものだけど……はぁ、本当に両軍合わせて千人以上も兵が集まるのなら、かなり大規模な戦いになるねぇ。なんだか、戦いに臨むたびに規模が大きくなっていくなぁ」


 ユーティライネン家からの使者の話では、敵であるランゲンバッハ家は、従属する小領主家の手勢も含めて五百を超える兵力を集めるだろうとサンドラは予想しているという。こちらも同等以上の兵力を集めようと彼女は考えているそうで、そうなれば今回の戦いは、昨年の戦いにも勝る規模となる。

 数百人規模の軍勢がぶつかり合う戦いなど、このダリアンデル地方ではそうそう起こらない珍しいことだった。それがエルトポリ経済圏の中で、二年連続で起こることになる。これもやはり、時代の変化の証だろうかとミカは考える。


 古の大国が崩壊してから、動乱の続く百年の暗黒期を経て、ダリアンデル地方全体で見れば多少安定した時代がさらに百年続き、今がある。この百年で、運と実力のある領主家は徐々に領地を広げ、力を増してきた。強く豊かになった領主家、特にダリアンデル地方南部に領地を持つ家は、この数十年で三圃制や犂といった最新の農業技術の導入を進めているという。

 領地規模が拡大し、農業生産力が向上すれば、領主家が軍事行動――特に外征に動員できる兵力が増加することになる。周辺の領主家より頭一つ分も二つ分も規模を増した大領主家はその地域において大きな影響力を誇るようになり、自然と周囲の領主家を従属させるような立場を得るであろうから、そうした従属領地に呼びかければ動員兵力はさらに増えるだろう。


 各地域でそんな大領主家が増えれば、訪れるのは新たな動乱の時代。古の帝国が滅びた後の衰退と停滞の時代が終わり、これからますます権力や人口の集約が進んでいくのだろうと、ミカは予想している。

 これも当然と言えば当然のこと。ダリアンデル地方ほど広い土地に、国家と呼ぶべきまとまった勢力が存在しない時代が、いつまでも続くはずがない。


「この調子で、将来は何千人規模の戦いに臨む……なんてことにならないといいなぁ」


 ミカの念魔法は、数十人規模の戦いであれば単独で無類の強さを発揮できる。数百人規模の戦いでも、無双まではできずとも、個人で勝敗に影響を与えるほどの力を発揮できると昨年の戦いで分かった。

 しかし数千人規模の戦いとなれば、さすがに個人の魔法の力で戦況をどうこうするのは無理があるだろう。そんな戦いに臨む事態は、できれば生涯に一度も経験したくないとミカは考える。


「ミカ様、もしそんな大戦争に行くことになったとしても、俺が命をかけてお守りしますから」

「私も同じ覚悟です。居場所を与えてくださった御恩に、この命に代えてもお応えいたします」

「あはは、二人ともありがとう。心強いよ」


 不器用ながら励ましてくれたディミトリと、それに調子を合わせて言ったヨエルに、ミカは微苦笑して答えた。


・・・・・・


 エルトポリに到着したミカたちヴァレンタイン軍は、ユーティライネン軍およそ二百と合流。ユーティライネン領周辺の小領地から集まった軍も加わり、総勢で三百ほどの軍勢となってヒューイット領へと移動した。

 ヒューイット領にはサンドラ率いる軍勢の他にも、エルトポリ経済圏の南部に領地を持つ各領主家の手勢や、ヒューイット家と親しい関係にある領主家の手勢が援軍として集結。ヒューイット家が領内からかき集めた百ほどの軍勢と合わせ、総勢で六百に迫る兵力が揃った。

 時を同じくして、ヒューイット家が南の地域に潜入させていた家臣より、ランゲンバッハ卿の率いる軍勢が集結し、動き出したとの報告が届けられた。その数およそ七百。


「ランゲンバッハ家は昨年、南の地域における宿敵だったストラウク家という大領主家を打倒し、同地域において一強と呼ぶべき立場を得たそうだ。覇権を握ってからは地域内の領主家に穏健かつ寛容な対応を成して支持を高めていたようで、そうして一年足らずで七百もの軍勢を集めてみせたことは、敵ながら見事な手腕と評すべきだろう」


 ヒューイット領の領都の外に置かれた野営地。援軍を連れてきた全ての領主が集まった軍議の場で、今回の戦いにおける大将パトリック・ヒューイットはそのように語る。


「だが、政治的な手腕に優れた領主が、戦いにおいても才覚を持っているとは限らない。数では敵側が多少勝るが、大した差ではない。交易都市エルトポリを中心として発展を共にしてきた我らが力を合わせれば、必ずや勝利を得られるであろう……敵を撃ち破り、身ぐるみを剥ぎ取って打ち捨ててやろうではないか。最近羽振りの良いらしい敵将ランゲンバッハ卿の装備や衣服などは、特に高く売れるであろうな」


 厳格そうな印象のパトリックが珍しく口にした冗談に、集った領主たちからは笑いが起こる。


「具体的な戦い方だが、やはり会戦が最善であろうと考えている。とはいえ、考えなしに敵軍と激突するわけではない。ヒューイット領南端の地勢と、こちらの軍勢の有する装備を活かして戦う……我が領の南端には、南の地域とこのように対立した場合に備え、砦が築かれている。我々はその砦を左手前方に眺めるかたちで丘陵の麓に布陣し、砦にも数十人程度の兵力を割く」

「なるほど。堅牢な砦に少数の別動隊を置けば、敵軍もそちらを無視できない。砦を陥落させようにも、正面に並ぶこちらの軍の本隊と戦いながら側面へ大きな戦力を割くのは難しい。必然的に敵軍は、一定の兵力を砦の警戒に充てた上でこちらの本隊と対峙しなければならなくなる。敵から数の有利を奪い、側面から容易に牽制し続けられるというわけか。素晴らしい案だ」


 パトリックの言葉にそう返したのは、彼の隣に立つサンドラだった。

 他の領主たちと共に二人の会話を聞くミカは、これがあらかじめ示し合わせたものであることを知っている。名目上はこちらの軍勢の大将であるパトリックだが、彼はこの戦いにおいて最大戦力を提供する義理の姪サンドラの立場にも当然配慮しており、事前に彼女と協議した上で戦い方を決めている。二人に近しい姻戚であるミカも、協議の結果を前もって教えてもらった。

 ここに集う領主たちの実質的な盟主であるサンドラが「素晴らしい案」だと言えば、よほどの疑問点がない限りパトリックの提案に異論を唱える者はいない。だからこそサンドラはあえて皆の前でこう言ったのだろうとミカは考える。


「ユーティライネン卿からの称賛、誠に恐縮だ……また、こちらの本隊の後方、丘の上にはユーティライネン家の有するバリスタやカタパルトを配置し、遠距離から敵軍を撃ってもらう。正面で戦う我々にとって極めて強力な援護となることだろう」


 サンドラ率いるユーティライネン軍は今回、四台のバリスタと二台のカタパルトを戦場に持ち込んでいる。その背景には「長射程の投射武器の数が大規模な戦闘の勝敗を左右する」というサンドラ個人の考えがあるのだとミカは聞いている。

 彼女がそのように考えた根拠は、ユーティライネン家が所蔵している古の帝国時代の軍学書。何千何万という軍勢による大戦争が行われていた頃、古の帝国は多数のバリスタやカタパルトを並べて前衛を援護することで、数多の戦いで勝利したのだと、その書物には記されているという。


 誰もが小規模な戦いしか知らない現在のダリアンデル地方において、サンドラがこの古の教えを信じているために、ユーティライネン家は領地規模に比して多くのバリスタやカタパルトを保有している。交易都市エルトポリを有し、領民の人口規模に比して非農業人口が多く、膝元に多くの職人を抱えるユーティライネン家だからこそ、大型兵器を数多く保有することが叶っている。

 ミカの前世では、大砲やそれを運用する砲兵は、戦争の勝敗を左右する「戦場の女神」と呼ばれていた。数多の戦争ものの作品の中で、度々そのように言及されていた。バリスタやカタパルトはこの世界のこの時代における大砲であり、ということは古の帝国の軍学書や、その教えを信じたサンドラの判断はおそらく正しいのだろうとミカは思っている。


「当家の持参したバリスタやカタパルトはもちろんのこと、我が義理の従弟であるこのミカ・ヴァレンタイン卿も、本隊を援護する上で心強い戦力となることだろう。強力な念魔法の使い手である彼は、魔法でバリスタを抱え上げて人力の何倍もの速さで射撃準備を行ってしまうのだからな。彼一人がいれば、自由自在に移動させて即座に狙いを定められるバリスタが数台あるも同然だ」


 パトリックに続いてサンドラがそう語ると、領主たちの間でざわめきが起こる。今ではミカの存在はエルトポリ経済圏の全域で知られているというが、ミカの具体的な能力についてまではよく知らない者が多いようだった。


「恐縮です。皆さんのご注目とご期待にお応えし、妻の故郷であるヒューイット領を守るために少しでも多くの貢献を成せるよう、尽力します」


 そう語るミカは、パトリックの隣に立つサンドラの、さらに隣に立っている。軍議に集う小領主たちは発言の機会もなく適当に並んでいるが、ミカは大将たるパトリックの義理の息子であり、サンドラの義理の従弟であるため、このように中心に近い位置にいる。


「義父としても頼もしい限りだ。卿の活躍に期待させてもらう……それでは、諸卿。異論がなければ、以上のようなかたちで戦いを進めよう」


 領主たちから異議が唱えられることはなく、それで軍議は終了となった。

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