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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第三章 変化は外からやってくる

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第69話 相互利益

 冬が明けて少し経ち、ダリアンデル地方の社会が再び活発に動き出した頃。ミカはユーティライネン領の領都エルトポリへと赴いた。

 随行するのは従者兼護衛のディミトリに加え、新領民の代表者であるヨエルと、寡黙な領民ルイス。そして、ヴァレンタイン領でキャンベル商会という名の商会を立ち上げたアーネストと彼の従業員。訪問の目的は、今後の領地規模拡大に向けて必要なものの買い出しと、そしてユーティライネン家当主サンドラとの面会。

 エルトポリに到着した翌日。自身にとっては義理の従姉であるサンドラと、ミカはユーティライネン城の一室で顔を合わせる。


「そうか、大森林を越えて……その者たちにとっては災難もあっただろうが、卿にとっては利益の多い出来事であったな」

「結果としては、そのようになりました。新領民たちは皆が勤勉で、土魔法使いや職人の人手も得た我が領の社会は飛躍的に発展しております」


 昨年の初冬にヴァレンタイン領で起こったことについて、ミカはサンドラとそう語り合う。


「今はまだ小領であるヴァレンタイン領に、魔法使いが二人とは、運の良い話だ。家屋の建設や農地の開墾もさらに為しやすくなっただろう」

「はい。移住してきた御用商人の一行も含めれば一挙に二割以上も人口が増えましたが、それに伴う領地規模の拡大も、予想以上に早く完了しそうです。その後にはさらなる人口増加も目指したいと思っているので、願わくばユーティライネン卿にもご協力をお願いしたく……」


 ミカの言葉に、サンドラは即座に頷く。


「ああ、構わない。昨年のモーティマー家との争いで発生した難民の一部が流入し、このエルトポリの貧民街もそろそろ手狭になっているからな。それに、領内の農村にも自作農になることを目指す農家の次子以下は少なくない。ヴァレンタイン領への移住者を募れば、志願する者は容易く集まるだろう。卿の側で受け入れの備えができればいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます。ユーティライネン家が集めてくださる移住者であれば、私も安心して受け入れることができます」

「こちらとしても、むしろありがたい話だ。特に都市内の貧民などは治安悪化の要因にもなるが、かといって力ずくで一掃すれば民からの反発が起こる。行き場を用意した上で貧民を減らせるのであれば、正直に言って助かる……それに、ヴァレンタイン領には少しでも早く、できるだけ強くなってもらいたいからな」


 サンドラはそこで言葉を切り、テーブルに置かれたお茶に口をつけ、再び話す。


「我が従妹の嫁ぎ先であり、優秀な領主を戴くヴァレンタイン家は、今やユーティライネン家にとって特に信用のおける親類のひとつだ。エルトポリ経済圏の西で情勢が変化すれば、決してユーティライネン家を裏切らないであろう貴家は、西の動乱からエルトポリ経済圏を守ってくれる壁となる……ヴァレンタイン領よりさらに西のコレット領などは、一応はエルトポリ経済圏の内にあると言えるが、こちらに敵対しないとは限らないからな」

「……なるほど、確かに仰る通りです」


 エルトポリ経済圏は、あくまでも交易都市エルトポリの経済的影響を受ける範囲を指すだけの曖昧な概念。ユーティライネン家はエルトポリ経済圏内の小領地群に対して影響力を持っているが、その影響力もエルトポリから距離が遠のくほどに弱まる。

 ヴァレンタイン領の西に位置するコレット領は、エルトポリから徒歩で余裕をもって進めば二日半の距離。未だユーティライネン家の影響力が及ぶ範囲内ではあるが、コレット家は西に多くの姻戚を持ち、そのうち一家は小都市を領有する有力領主家であるため、コレット家は経済的には必ずしもエルトポリに依存せずに済む。

 その姻戚家のさらに西には、二つの大領主家――かつてミカが巻き込まれた戦争を行っていた二家が領地を持っており、コレット家の姻戚たちはどちらかといえばそちらの勢力圏に近しい。となれば、もしダリアンデル地方南東部で複数の地域に及ぶ動乱が起こった際、コレット家の姻戚たちが西の大領主家に与し、コレット家もそれに引きずられてユーティライネン家に敵対する可能性が相当程度ある。サンドラからすれば、コレット家はいざというとき信用できない。


 一方でヴァレンタイン家は、ユーティライネン家の姻戚のひとつ。新興の領主家である現状、存立においてユーティライネン家の庇護に頼る部分も大きく、経済のみならず政治的にもユーティライネン派と呼ぶべき存在。であれば、有事にはユーティライネン家に与するのが必然と言える。

 ヴァレンタイン家がユーティライネン家の味方として存続している限り、西から迫る動乱はヴァレンタイン領で食い止められる。ヴァレンタイン領はユーティライネン家にとって、西の防壁といったところか。


「もちろんユーティライネン家としても、いざとなればヴァレンタイン領を守るためにできる限り助力させてもらうが、ヴァレンタイン家が単独で力をつけてくれるに越したことはない。現状の領地規模では、防衛力を高めようにも限度があろうからな」

「こちらとしても、エルトポリ経済圏の西の防壁として必要十分な力を身に着けるべく、一層努めてまいります……それに際して、ひとつお見せしたいものが」


 ミカはそう答えながら、後ろに立つディミトリへと視線を向ける。ディミトリは主人の意図を理解し、小さな壷を取り出してミカに手渡す。


「ほう、また何か面白いものを見せてくれるのか」

「ええ、きっと興味を持っていただけると思います……こちら、我が領で作られた砂糖です」


 ミカの言葉を聞いたサンドラは、さすがに驚いたのか、目を見開いた。初めは信じ難い様子でミカの説明を聞いていた彼女は、しかし壷から指でつまみ上げた砂糖を舐めて味を確認すると、ヴァレンタイン領で砂糖が作り出されたことを信じてくれた。


「なるほど、確かにこれは砂糖だ……だが、原料や作り方を教えてはもらえまいな」

「はい。残念ながら、砂糖の製造方法は我がヴァレンタイン家の大切な財産ですので」


 微笑して言ったサンドラに、ミカも微苦笑を返しながら頷く。


「ですが、今年の秋より本格的な量産に入るこの砂糖の流通について、ユーティライネン家に全面的にお任せしたいと思っています。当家の御用商会を通じてユーティライネン家へ独占的に卸させていただき、共に大きな利益を得る関係を築くことができれば幸甚です」

「……なるほどな、それは素晴らしい考えだ。ユーティライネン家とヴァレンタイン家の双方にとって、様々な点で利のある契約となるだろう」


 砂糖の生産をヴァレンタイン家が、流通をユーティライネン家が担い、互いに儲ける。そのような関係を築けば、ヴァレンタイン家は単にユーティライネン家の姻戚というだけでなく、ユーティライネン家に大きな利益をもたらす経済的な盟友となる。領地発展を目指す上でユーティライネン家からより大きな後押しを得られるようになり、いざというときは全力で守ってもらえると期待できる。

 もしユーティライネン家が姻戚としての誠実さを捨て、ヴァレンタイン家の砂糖産業を奪い取ろうと企むようであれば、ヴァレンタイン家は砂糖を手土産として、他の勢力――それこそ、西の地域の大領主家などに寝返る。ユーティライネン家は砂糖流通の利益と共に、西の防壁としてのヴァレンタイン領をも失う。


 せっかく育てた西の防壁が、そのまま他勢力の強力な前線拠点になってしまう事態は、現状のユーティライネン家としては何としても避けたいはず。だからこそ、ミカはサンドラの「誠意」をより一層期待できるようになる。ヴァレンタイン家が利益を、ユーティライネン家が庇護を提供し続ける限り、両家の友好関係は血縁のみならず具体的な利益によっても固く結ばれ続ける。

 そのようなミカの意図を、賢明なサンドラはどうやら察してくれているようだった。彼女があえて経済的な利益のみに限定せず「双方にとって様々な点で利のある契約」という言い方をしたことからもそれが分かる。


「いきなり大量の砂糖を流通させれば、市場価格の急落を招きかねませんし、急な流通量の増加に気づいた者たちが砂糖の出所を探り始め、我が領に辿り着きかねません。また、我が領の規模を考えても、最初のうちはそう大量の砂糖を作ることは難しいでしょう。なので、来年から徐々に流通させていくのが得策かと存じます」

「確かに、それがいいだろうな。徐々に流通量を増やすのであれば、他領の者たちが砂糖の流通量増加に気づくのは先のこととなる。気づいたとしても、単に南方から輸入される砂糖が年々増えているのだと考える者がほとんどだろう。もしダリアンデル地方内で砂糖が作られていることに勘づき、ヴァレンタイン領に辿り着く者がいたとしても、その頃にはヴァレンタイン領は今より遥かに発展を遂げている。当家の支援もあれば、砂糖産業を守ることはできるはずだ」

「まさしく仰る通りのことを私も考えていました。そのようなわけで、当面の砂糖生産は貴家から見れば小規模なものとなるでしょうが、それでも少なからぬ利益が上がるはずです。当家からの卸値はできるだけ抑えますので、その分も貴家の利益は大きくなります。たとえ貴家に格安で砂糖を卸しても、当家の今の領地規模を考えれば莫大な収入を得られるでしょう」


 これから砂糖で得られる利益は、ユーティライネン家の抱える交易都市エルトポリや、そのエルトポリを中心とした流通網があってのこと。となれば、できるだけユーティライネン家の取り分を多く提示した方がいい。

 砂糖から生まれる利益の多くをユーティライネン家に明け渡せば「下手に砂糖産業を奪おうとして様々な不利益を被るよりも、面倒な生産はヴァレンタイン家に任せ、自分は完成した品物だけを受け取る方がいい」とサンドラも考えてくれるはず。それに、現状のヴァレンタイン領では使いきれないほどの利益を得ても持て余すだけなので、その利益をユーティライネン家に明け渡して庇護や支援に換える方が結果としては得になる。

 そのような考えに基づくミカの説明に、サンドラも納得した様子だった。


「それはありがたい話だ。では、そのようなかたちで取引を進めていこう……卿はやはり賢いな」

「……そうでしょうか?」


 やや唐突なサンドラの言葉を受け、ミカはきょとんとした表情になる。


「ああ、己が利益を得つつ、相手にも十分な利益を提示して協力関係を築くのが上手い。卿のような聡明な人物を義理の従弟に持つことができたのは、やはり僥倖だった」

「それは恐縮です。今後もユーティライネン家の良き親類でいられるよう精進いたします」


 手放しの称賛に少々の照れを感じながら、ミカは微笑で答えた。

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