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第7話 領地の現状①

「ミカ様、おはようございます」


 朝。ミカはそう呼びかけられ、目を覚ました。

 起き上がって周囲をきょろきょろと見回し、思い出す。


「ああ、そうだった……」


 自分は昨日の夕方、領民たちの懇願を受けてこの村の領主になることを決意し、ミカ・ヴァレンタインになったのだった。前領主家が住んでいた館をひとまずの居所とし、前領主夫妻の寝室をひとまずの自室とし、眠りについたのだった。


「おはよう、ヘルガ」

「はい、おはようございます。朝のお支度をいたしましょう」


 柔和な笑みを浮かべて答え、ミカに歩み寄ってくるのは、館の老使用人であるヘルガだった。彼女が差し出した桶の水で顔を洗い、彼女に髪を軽く整えてもらう。一人で眠るにはやや広すぎるベッドから立ち上がり、服を受け取って寝間着から着替える。

 領主家の生活の世話をする使用人の数は、その領主家が治める領地の規模によって変わる。ミカの生家である人口七百人ほどのカロッサ家には五人の使用人がいたが、この村の前領主ドンダンド家に仕えていた使用人は、家内の仕事を担う女性一人と屋外の仕事を担う男性一人だけ。この使用人たちを、ミカはひとまずそのまま受け継いでいる。


「おはよう、ディミトリ」

「おはようございます、ミカ様」


 寝室を出て、二階建ての領主館の一階へ下りたミカは、居間と食堂を兼ねた大部屋でディミトリと顔を合わせる。彼も、ミカの従者兼護衛としてひとまずこの館で寝起きすることになった。

 領主であるミカがテーブルについたことで、朝食が始まる。パンとスープ、そしてスクランブルエッグのような卵料理がテーブルに並べられ、ミカはディミトリを話し相手にしながら二人で朝食をとる。ヘルガと、もう一人の使用人であるイヴァンという老人は、ミカたちが朝食を終えた後に食べることになっているという。


 朝食を終え、食後のお茶を飲んだミカは、今後の話し合いのためにマルセルが訪ねてくるまで時間を潰す。昨晩はあまりゆっくり見る暇がなかった領主館――と言っても、さして大きくない二階建ての木造家屋だが――の中を見て回る。

 小領主の住居には二種類ある。ひとつは城。とは言ってもミカの前世で知られた大規模で頑強なものは少なく、自然あるいは人工の丘の上に土塁や丸太柵を城壁として築き、その中に木造の、あるいは一部が石造りの主館と、倉庫や見張り塔などの設備を持つ小規模なもの。ミカの生家カロッサ家の居城もそのような造りだった。

 もうひとつは、ここのような領主館。平屋あるいは二階建て程度の館が、木製の垣根に囲まれているかたちが多く、この館もその例に漏れない。

 さして時間もかかることなく館の中を見終えたミカは、こちらもさして広くない裏庭へ出る。


「……ふふっ」


 イヴァンが草を刈ってきれいに整えてくれている裏庭を眺め、笑みを零す。

 裏庭の隅には、治安維持担当だったという前領主ドンドの弟や甥たちが使っていたのであろう、訓練用の木剣が転がっている。他にも、家具作りが副業を兼ねた趣味だったというドンドの失敗作が、薪となる運命を待ちながら打ち捨てられている様も見える。

 昨日まで別の領主家が住んでいた気配が、未だ残る館。しかし、彼らは逃げ去り、領民たちに拒絶され、もう戻らない。代わって自分が、この自分こそが、今は領主。この地にある全ての支配者であり庇護者。


「ふふっ……あはははっ……」


 心の内から歓喜が溢れ、やがてミカは喜色満面で万歳する。


「わーい! ここは僕の領地だ! 僕はここの領主様なんだ!」


 夢が叶った。一国一城の主になった。

 今はまだ貧しい村がひとつあるだけの、弱くて小さな領地。それでも、夢に見た念願の領地には違いない。これから自分はここで生きていくのだ。この地を治め、守り、発展させ、領民たちを幸せにしながら人生を歩んでいくのだ。


・・・・・・


 午前のうちにマルセルが領主館へやってきて、ミカは彼と話し合う。ヴァレンタイン領の現状を確認し、今後の方針を考える。


 ヴァレンタイン領の現時点の領民人口は、十八歳以上の成人男性が二十九人、成人女性が三十三人、そして未成年が男女合わせて四十人ほど。合計で百人に届く程度というところへ、ミカとディミトリが新たに加わった。

 ミカのものとなった領地はこの村と農地、そしてその周辺の、管理が行き届く範囲内。北には丘陵がそびえ立ち、それ以外の方角には森が広がっている。村の東には、北の丘陵から南の森へ流れる小川があり、その川が領民たちの生活に利用されている。

 東や西の方向には、森の間隙を縫うようにして隣領と繋がる道が作られているが、南の森は広大で深く、その向こう側にある領地と直接行き来するのは不可能に近い。大きな森の奥深くには危険な魔物も棲んでおり、踏破を試みるのはあまりにも無謀。


 西にはコレット領という、この地へ来る前にミカも通過した領地がある。コレット家は村ひとつを領有し、その人口はおよそ二百人と、このヴァレンタイン領の倍に及ぶ。

 東にはフォンタニエ領という、二つの村から成る人口五百人ほどの領地。こちらもヴァレンタイン領と比べて遥かに規模が大きい。

 フォンタニエ領の先、さらに二つの領地を越えると、二千人規模の都市と七つの村を擁し、合計で四千人の人口を抱えるユーティライネン領がある。このユーティライネン領が、周辺の領地も含めてひとつの経済圏を築いている。


 北の丘陵の向こう側には、メルダース領という、四百人規模の村を治める領地がある。一部が森に覆われているこの丘陵は、楽ではないが徒歩で越えることも十分に可能で、メルダース領との交流は皆無ではない。

 この辺りの経済圏の中心であるユーティライネン領から西の方角への主な経路としては、ヴァレンタイン領やコレット領やフォンタニエ領のある丘陵南側と、メルダース領などのある丘陵北側の二つがあるが、発展しているのは後者の方。丘陵北側は南側と比べて森が少なく、人里を広げやすいため、そちら側に多くの人間が住み、東西へ行き来するにしてもそちらの経路を多くの人間が利用するのは必然だった。


「丘陵南側が未発展で人里もまばらだったからこそ、初代領主ドラン・ドンダンド様も新たな開拓の余地を見出だして村を築いたのだと聞いています。それから五十年以上、この辺りは平穏が保たれてきました。森の奥から凶暴な魔物が出てきたり、少人数の盗人が盗みに入ったり、周りの領地と喧嘩のような小競り合いが起こったりすることは偶にありましたが、村の存続を脅かすような危機はありませんでした……あれほど大きな盗賊団に襲われるなど、初めてのことでした」

「なるほどねぇ……西で起こった戦争は、この辺りの領地からすれば本当に大迷惑だったね」


 ミカは苦笑しながら言うと、マルセルも苦笑を返す。


 ミカが追撃戦に巻き込まれたあの戦争は、徴集兵として動員されたディミトリの話によると、あの一帯で影響力を持つ大領主同士が巻き起こしたものだったという。

 元は領境争いから始まった係争を激化させ、一方の領主家が、周辺の中小領主家や親類の大領主家にも参戦を募った上で攻勢を仕掛けた。もう一方の領主家も味方を集めて対抗し、両軍はそれぞれ一千に届く兵力で激突。その結果、攻勢を仕掛けた側――ディミトリのいた側が敗北した。西から側面攻撃を受けて総崩れになり、東の方角へ壊走。追撃を受けて何百人もの敗残兵たちがそのまま東へ逃げ去った。

 その結果、もはや自分がいる場所も故郷への帰り方も分からなくなった一部の徴集兵たちが、そのまま盗賊に落ちたものと思われる。昨日の盗賊たちも、この類と見てまず間違いない。


 無関係の戦争のせいで大量の盗賊に入り込まれたこの地域としては、迷惑極まりない話。その中でも、手練れの傭兵のもとに五十人もの敗残兵が集まった大盗賊団に襲撃されたこの村は、おそらく最も不運だったと言える。

 何故、五十人を集めて統率できるほど実力の高い傭兵が盗賊落ちしたのかは、当人が丸太に叩き潰されて死んでしまった以上、永遠に分からない。完全な想像になるが、おそらくは団長格の傭兵が敗戦で団を失い、再起を図るために敗残兵をかき集め、規模的に襲いやすそうなこの村を狙ったのではないかとミカは思っている。

 かつてない規模の盗賊が迫り、絶望的な状況に陥ったことについては、ドンダンド家に同情せざるを得ない。だからといって領民を見捨てて真っ先に逃げていいことにはならないが。


「まあ、盗賊化した敗残兵の中でも、昨日撃退した連中は最大級の規模の集団だろうし、それが頭領を失って離散したとなれば、この領の周りに大きな脅威はなくなったはずだよ。もしまだ盗賊が出ても、まともな指揮官のいない小さな集団なら、僕が簡単に撃退できるし」

「はい。その点でも、ミカ様に領主になっていただけたことはとても心強く思います」

「あはは、ありがとう……後は、この領地の主産業である農業についても現状を教えてもらおうかな」

「かしこまりました」


 マルセルは頷き、村の農業の現状について詳細の説明をしてくれる。

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