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第64話 移住者

 その後、ミカは主だった者たちを集め、ヨエルたちの今後の扱いについて話し合う。


「皆ある程度回復したようで、怪我人もいますが全員命に別状はなさそうです。彼らから聞いた状況説明も、騎士ヨエルさんの話と相違ありません」

「それは何よりだよ……だけど、よくぞ十六人もあの森を生きて突破したものだね、本当に」

「そうね、まだ小さい子供もいるのに。奇跡的なことだわ」


 領民たちを指揮して逃亡者たちの世話を担ってくれていたマルセルの言葉を受け、ミカとアイラはそう語る。


 基本的には不可侵とされる大森林だが、人が通り抜けた例がないわけではない。深入りし過ぎた者が彷徨った末に運良く生きて森を抜け出し、別地域に辿り着くことは稀にあるという。刑罰から逃れたい犯罪者や、故郷で債務なり人間関係なり何かしらの問題を抱えた者が、一か八か大森林を通って遠い地域への逃亡を試み、運良く成功した例などもある。

 東隣のフォンタニエ領や西隣のコレット領にもそうした者が大森林の東西南から辿り着いた事例があり、そしてこの村にも、大昔に一度だけ大森林の南から辿り着いた者がいたという。


 自ら森の踏破に臨んだ者たちはもちろん、遭難など不本意な理由で森を通り抜けた者たちも、元いた場所には帰らないことが少なくない。

 金もなく、読み書きもできず、生まれてから一度も故郷を出たことのない人間にとって、土地勘のない場所を数百キロメートルも旅して故郷へ帰るのは極めて困難なこと。途中で野垂れ死にする可能性が高い。かといって、見知らぬ平民一人のために路銀や道案内の人手を手配してくれる者などいない。

 そのため森を踏破した迷い人たちは、愛する伴侶や子が故郷で待っているなどの事情がない限りは、辿り着いた場所にそのまま居つくことが多いという。

 かつてこの村に辿り着いた迷い人も、そのまま村に定住した。当人は森に深入りして迷ったと語り、それが本当だったかは誰にも分からないが、真面目に働く青年だったので皆に受け入れられ、過去を全て捨ててこの村で生き、結婚もした。ちなみにその彼は、ディミトリの妻ビアンカの祖父にあたるという。既に他界しているため、話を聞くことはできないが。

 そのようなわけで、数十年ぶりに大森林を踏破して南の地域からこの村へ辿り着いた者がいたこと自体は、決してあり得ないというわけではない。が、それにしても子供を含む総勢十六人もの集団が生きて森を抜けたというのは、驚くべきことだった。


「……彼らも、おそらくこの地に残りたいと言うでしょうね」


 呟くようにマルセルが言い、ミカも頷く。


「何せ、ほとんど着の身着のままで故郷を追われて、領外に伝手もないらしいからね。彼らにとっては未知の土地で、子供も連れてここから別の場所に行くことは難しいだろうし……」

「あの人たちがこの村に住みたいって言ったら、受け入れますか?」


 ディミトリに尋ねられたミカは、少しの思案の後にまた首を縦に振る。


「僕としてはそうしたいな。あの騎士ヨエルは誠実な人間に見えたし、家族でもない子供を生かすために抱えて運び続けた話から考えても、善人であることは間違いない。それに、大領主家の騎士だったなら有能な人材だろうし……土魔法が使えるなら、今後の領地発展に大きく寄与してくれるだろうから。家臣になってくれたら心強いよ」


 先ほどヨエルから事情を聞いた際、ミカは彼個人についても色々と教えてもらった。彼は元々は農民の生まれだったが、十二歳の頃に土魔法の才に目覚めたことでストラウク家の家臣として引き立てられ、修行を積んで騎士に任ぜられたという。

 自分の土魔法の才はそれほど強力なものではない、と彼は語っていたが、それでも領地の規模拡大を目指すミカにとっては、城や家屋の建設、森の開拓において非常に心強い戦力となることは確実。また、騎士の叙任を受けているのであれば武芸や馬術の心得もあるはずで、ミカ自身や従者のディミトリ、領民たちの戦闘訓練の指導役として適任。いざというときの戦力や、別動隊などの指揮役としても期待できる。


「それに、他の者たちも。元々今年から移住者を集めたいと思ってたから、彼らがその最初の例になってくれるなら喜ばしいよ。特に、鍛冶と木工の職人はできるだけ早く欲しかった人材だし」


 逃亡者たちの世話を指揮していたマルセルの話によると、彼らの中には鍛冶師と木工職人、それに革職人がいるという。

 彼らがストラウク領の領都から逃げてきたからこそ農民以外の職業の者が多いのだろうが、これはミカにとっては実に好都合なことだった。


「村の皆も故郷を追われた彼らに同情的ですし、初めての大規模な移民として村に迎えるのが彼らであれば、皆の心理的な抵抗も少ないでしょう」


 ミカに続いて、マルセルがそう語る。

 これまで領外の人間と接する機会が少ないまま数十年の歴史を重ねてきたヴァレンタイン領の領民たちにとって、まとまった数の移住者を新たに迎えるというのは未経験のこと。場合によっては古参領民と移民の間で対立が起こるかもしれず、領地の人口規模拡大は慎重に取り組むべき事業であるというのがミカとマルセルの共通の見解だった。

 ミカの前世においても、旧来の住民と移民の対立は社会の大きな問題のひとつだった。民族も言語も宗教も同じで文化にもあまり違いはない以上、前世よりは移民を迎えるハードルは低いが、それでも心配がないわけではない。

 となると、マルセルの言う通り、既に領民たちが同情を示しているヨエルたちを移民の第一弾に迎えるというのは丁度いい。このまま領民たちとヨエルたちの融和が上手くいけば、以降の人口規模拡大もスムーズに進められる。


「決まりだね。もちろんこれからの交流次第だけど、できれば彼らにこの村へ移住してもらうつもりで話を進めよう」


 ミカの決定に異論が出ることはなく、話し合いは終了となる。


・・・・・・


 大森林の南からの逃亡者たちが保護されて数日が経つと、ヨエルを含む一部は十分に体力を回復させ、行動できるようになった。彼らは未だ消耗している者たちの世話を自ら務めつつ、保護されたことへの礼として農作業や土木作業を手伝い始めた。

 ヴァレンタイン領民たちは同情をもって。ヨエルたちは感謝をもって。互いに穏やかに接しながら、両者は特に揉めることもなく親しくなっていった。

 ヴァレンタイン領は食料に関しては大きな余裕があり、ヨエルたち十六人分の食い扶持が増えても領主家の備蓄で十分に賄える。そのことも、両者の穏やかな関係構築に寄与した。もし余所からの逃亡者が自分たちの食い扶持を圧迫することになっていれば、おそらく領民たちもここまで余裕をもって彼らに接することはなかっただろう。自家の備蓄でヨエルたちを当面食わせることを決めたミカは、結果として自分の判断が正しかったと確信している。


 そうして一週間と少し経ち、特に弱っていた者や子供を含む逃亡者の全員が十分に回復しきった頃。既に空気もすっかり冬らしくなった中で、彼らは今日も領民たちの仕事を手伝っていた。


「こうして皆が無事であることも、全てはヴァレンタイン閣下のおかげにございます。どれほど感謝しても足りません」

「幸い、我が領は農業生産力が高くて、備蓄には大きな余裕があるからね。君たちを救うことができてよかったよ」


 彼らの様子を見に丸太小屋へ赴いたミカは、領民と逃亡者の子供たちが楽しげに交流する様を眺めながらヨエルと話す。


「それで、君たちは今後どうする?」

「……助けていただいた上でこのようなお願いを申し上げるのは、我ながら図々しいことと存じますが」


 ミカの問いかけに、ヨエルはそう言いながら跪く。


「我々はもはや行くあてのない身。願わくば、このヴァレンタイン領の民になりたく存じます……この地に住むことをお許しいただければ、我々は懸命に働き、命を救っていただいた御恩をお返しいたします。閣下のご領地の発展に全力で貢献いたします。なのでどうか、何卒」


 彼の言葉を受け、ミカは薄く笑む。


「ヨエル、顔を上げてほしい」


 その言葉に、ヨエルは跪いた姿勢のままミカを見上げる。


「元より僕は、これからこの地に移住者を迎えて領地の規模を大きくしていきたいと考えていたんだ。君たちが善良で真面目な人々であることはこの一週間ほどでよく分かった。最初に移住するのが君たちであれば、僕も領主として嬉しく思うよ……君たち十六人全員を、我がヴァレンタイン領に歓迎しよう」


 ヨエルは目を見開き、そして再び深々と首を垂れる。


「心より、心より感謝申し上げます。閣下よりいただいたお慈悲に全身全霊でお応えいたします」

「君たちの働きに期待しているよ。これからよろしく」


 ミカは答えながら、満足げな表情を浮かべる。

 騎士で土魔法使いのヨエルや、様々な職人、そして勤勉な農民たち。自分の狙い通りに彼ら全員がこの地で生きると決めてくれたことは喜ばしい。こちらから移住を願うのではなく、彼らの願いを受け入れるかたちで迎えることができたのも、領主としては都合が良い。このかたちであれば、彼らは領主である自分により大きな恩を感じ、強い忠誠心を抱くであろうから。

 有能で、忠実で、この一週間ほどの様子を見るに人格的な問題もない。今年のうちに最良の移住者たちを手に入れた幸運を、ミカは内心で神に感謝する。

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