第59話 戦いの後は楽しく
ユーティライネン軍を中心とした援軍およそ百五十が合流した翌日には、モーティマー軍が退却していったことが偵察の兵から報告された。
掠奪者の軍勢が逃げ去った後に残されたのは、荒れ果てた村の跡。そして、急ぎ運び出すのが難しかったために掠奪を免れたのであろう家具などの品々。
敵が消え、もはや戦う必要がないとなれば、今度はこちらの軍勢による掠奪が始まる。
「おおぉ……すごい盛り上がり……」
村で始まった騒動を眺めながら、ミカは呟く。
民兵たちも、領主家の家臣たちも、一部の領主までもが、残り物漁りに勤しむ。椅子、桶、扉、窓用の鎧戸など、大きな価値はないが一から作ればそれなりに手間のかかる品を、手土産に持って帰ろうと家々から引っ張り出す。敵軍が食料や負傷者運搬を優先したためか、放棄された一部の野営道具――天幕を立てるための支柱なども、使い道があると考えたのか拾い集める。
あちらこちらで、戦利品の奪い合いからの喧嘩も勃発する。今朝までは友軍として行動していた各家の兵たちも、戦いが終わった今となっては仲間意識もない。武器を持ち出す者がいればさすがに領主家家臣などが止めに入るが、殴り合いの喧嘩程度はそこら中でくり広げられる。
一部の領主などは、自家の軍を引き連れてテレジオ領の本村まで進んでいく。より大きな村の方が、戦利品になる残り物も多いだろうと見越して。
ミカの前世の感覚から見れば、皆とても行儀の悪い振る舞いをしているようにも思えるが、この世界の常識から考えれば、こうなるのもごく自然なことだと納得できる。集った領主たちはテレジオ領を救うためではなく、あくまで自領を救うために利害を一致させて共闘したに過ぎない。敵を撃退した後に、住民の消え去った村があれば、遠慮なく奪えるものを奪うのは当然の成り行き。
とはいえ、ミカとしてはこの騒動の中に入っていく気にはなれない。護衛として傍から離れないディミトリと共に、ただ目の前の大騒動を眺める。
ちなみに、ジェレミーとフーゴには荷馬車の見張りとして野営地に残ってもらっているので、彼らはここには来ていない。
「ヴァレンタイン卿」
そのとき。ミカに歩み寄ってきたのは、自ら援軍を率いてきたサンドラ・ユーティライネンだった。
「北西の方へ送り込んだ斥候から報告があった。モーティマー軍は道中にある小領地で掠奪をはたらきながら、モーティマー領への帰路を進んでいるようだ。近隣の領地から十分な食料を掠奪し、引き換えに周囲との緊張が高まるのであれば、再びこの一帯まで侵攻してくる可能性は極めて低いと考えていいだろう」
「それは幸いです。こうして脅威が去ったのも、ユーティライネン卿が助けに来てくださったからこそですね。あらためて感謝します」
「礼は不要だ。当家としても、エルトポリと近しいこの一帯には平穏を保っていてほしいからな……それに、間もなく義理の従弟となる卿も参戦しているとなれば、やはり駆けつけて正解だった」
そう言って微笑するサンドラに、ミカも笑みを返す。
エルトポリと近しいこの一帯には平穏を保っていてほしい。彼女のその説明は嘘ではないだろうが、それが全てでもないだろうとミカは思っている。
駆けつけた援軍およそ百五十のうち、百以上はユーティライネン家が単独で用意した兵力。サンドラは今回の動員で、職業軍人や魔法使いを含む強力な軍隊を素早く動かせることをこの一帯の小領主たちに誇示してみせた。ユーティライネン家の力を、この機会を利用して見せつけた。
そして今回の戦いは「ユーティライネン家が動いたことで敵が退却し、勝利が確定した」という結末となった。こうなると、この地域におけるユーティライネン家の存在感はより大きくなる。ユーティライネン領周辺の小領主たちはいざとなればユーティライネン家を頼ることができ、この地域の外の領主たちは、ユーティライネン家が出張ってくるかもしれないとなれば安易に攻めてはこない。ユーティライネン家はこの地域を守る抑止力となる。
サンドラが政治的な立ち回りによってこの地域におけるユーティライネン家の影響力をさらに高め、盟主のような立場になろうとしていることはミカも察している。その狙いを考えると、彼女の今回の行動は非常に巧みなものと言える。
「卿とアイラの結婚まで、もう二か月を切ったな。楽しみにしているぞ」
「良い結婚式をお見せできるように頑張ります」
話しながら、ミカは愛する女性の顔を思い浮かべる。
戦いは終わった。早く帰って彼女に会いたい。
・・・・・・
掠奪者の軍勢を撃退し、一部の者たちは戦利品を手にして野営地に戻った後は、ささやかながら戦勝祝いの宴が開かれた。領主たちもその家臣たちも、集められた兵たちも、盛大に飲み食いしながら、この一帯の平和が保たれたことを喜び合った。
普段は互いに仮想敵である丘陵北側の領主たちも、この夜ばかりは上機嫌で互いの杯に酒を注ぎ合い、飲み交わした。
こうして友好的な交流を行うことには、政治的な利点もある。今後友人のように仲良くなるというのはなかなか難しくとも、いずれまた争いが起こった際、より穏便なかたちで収束させる余地が生まれる。
ミカも、ローレンツやサンドラ、その他の領主たちと勝利を祝った。勝利に多大な貢献を成したことで、ローレンツ以外の丘陵北側の領主たちからも好意的に見られるようになったことは、この地域の新参者としては大きな利益であると言えた。
そうして出征を終え、ヴァレンタイン領に帰還し、アイラとの再会を喜び合った翌日。マルセルも領主館に呼んだ上で、ミカは今回の戦いについて詳細を報告する。
「そうですか、最後にはユーティライネン家の軍が……」
「ユーティライネン卿からすれば、政治的な利益を見越しての助力だったんだろうけど、こっちとしては大助かりだったよ。僕も、こっちの手の内を知られた上での第二回戦はできれば避けたかったから」
なかなか壮大な戦いの経過を聞き、驚き交じりに呟くマルセルに、ミカはそう語る。
「それにしても、今回いちばん活躍したのはあなたで間違いないわね。敵軍を退却に追い込んだ上に、味方の危機も救うなんて、本当に凄いわ」
「あははっ、ありがとう。これも今までしっかり装備を揃えてきたからこその成果だよ。領地の防衛準備に力を入れてきて正解だったねぇ」
愛する女性からの称賛に、ミカは照れ笑いを浮かべる。
「僕だけじゃなくて、出征についてきた三人も大活躍だったよ。ディミトリも、敵の肉体魔法使いの不意打ちから僕を守ってくれたんだ。僕は正面の敵を相手取ることに集中してたから、彼のおかげで助かったよ」
「そうだったんですか……ディミトリさん、かっこよかったんだね」
「いや、俺はミカ様の護衛として、当然のはたらきをしただけだ」
ビアンカが微笑みながら話しかけると、彼女と並んで座るディミトリは照れ隠しのためか、少々わざとらしい無表情で答える。
館の外、村の中央広場の方からは、領民たちの賑やかな笑い声や歓声が時おり聞こえてくる。おそらく今頃、ジェレミーとフーゴが戦いの顛末を皆に語り聞かせている。数百人が激突する大戦の語りは、随分と盛り上がっているようだった。
その様子に耳を傾けながら、ミカは自分がヴァレンタイン領に、平和な日常に帰ってきたことを実感する。
「危機も去ったし、次はいよいよ……結婚式だね」
ミカが言いながら顔を向けると、アイラは少し恥ずかしそうに微笑し、頷いた。




