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第51話 参戦の利点

 ローレンツが帰っていった後。ミカは大部屋にアイラとディミトリ、領民の代表格であるマルセルを集め、話し合いの場を設けた。


「丘陵の北側では、そんな大変なことが起こっていたのね……」


 一応まだ他家の人間ということでローレンツとの会談には同席していなかったアイラが、ミカから状況の説明を受けて心配そうな表情で言う。


「丘陵北側の人々が掠奪者の軍勢に敗ければ、掠奪者たちがこの村まで迫ってくることもあり得るのでしょうか」

「まあ、その可能性は十分以上にあるかなぁ。彼らが敗ければ、モーティマー卿の率いる軍勢は誰にも止められなくなる。モーティマー卿がヴァレンタイン領の存在を知れば、兵力が少ないわりに食料や財産が豊富な獲物として、優先的に狙ってくるかもしれない」


 懸念を語ったマルセルに、ミカは頷きながら言う。


「丘陵北側の領主たちも、自領を素通りしてもらえるなら掠奪者たちを止めはしないだろうね。むしろ、自領から掠奪者たちを逸らすためにこの村の情報を流すことさえあり得るよ」


 自分が丘陵北側の領主ならそうする。自領に今まさに迫る脅威を避けられるのであれば、他領のことなど考慮していられない。領主とはそういうもの。

 そして自分がモーティマー卿なら、僅か百人あまりの総人口に対して多くの食料や財産を持つ領地があると聞けば、喜んで襲いかかる。

 そうなると、こちらとしては極めて厄介。家と領地の存続を揺るがされた領主は恐ろしい。飢えへの恐怖に迫られた民というのも、やはり恐ろしい。生き死にのかかった状況で殺気立った、三百を超える軍勢が相手となれば、極めて厳しい戦いを強いられる。

 五千の領民を抱える大領主家ともなれば、魔法使いも複数人を抱えているはず。こちらの領地防衛の要となる城もまだまだ完成しない現状、いくら念魔法や高性能な武器があると言っても、ミカ一人では覆せる戦力差にも限度がある。


「私との婚約関係や、ユーティライネン家との繋がりは……さすがによその地域の大領主家が相手では、抑止力としてはとても足りなさそうね」


 アイラが残念そうな顔で言い、ミカは微苦笑を返す。


 ユーティライネン家やヒューイット家と結ぶ姻戚関係の抑止力は、あくまで「弱小領主家だからといって舐められる心配がなくなる」という程度のもの。そして、その抑止力が及ぶのは、せいぜいエルトポリの経済圏内に限られる。

 アイラの実家であるヒューイット家はこの地域の有力領主家ではあるが、とはいえ抱える人口は千数百人ほど。ヴァレンタイン領が他領に襲われたからといって、報復のためにまとまった規模の軍勢を送れるわけではない。

 そしてアイラの従姉が当主を務めるユーティライネン家は、この地域においては他の領主家に敗けはしないだろうが、外征に送り出せる兵力はせいぜい数百。それも、自家と自領にとってよほどの緊急事態でもなければ大きなリスクを冒しての大規模動員などしないはず。

 領地の人口規模で言えばユーティライネン家よりも上で、ユーティライネン家がそう簡単に軍を送り込めない距離に領地を持つモーティマー卿は、おそらく何らの躊躇なく、狙い目の獲物であるヴァレンタイン領に襲いかかる。ミカの姻戚関係やアイラの出自など一切考慮せず、容赦なくこの村を蹂躙するだろう。


 もちろん、これはあくまで可能性の話。掠奪者の軍勢が必ずヴァレンタイン領へ押し寄せると決まったわけではない。

 が、その確率は無視できない程度にはあると考えられる。どうせそんな事態になりはしないと枕を高くして眠るのが難しい程度には起こり得る危機。最悪の事態の予想を語りながら、ミカの表情は苦いものになる。


「そういう事態を防ぐためにも、メルダース卿の提案を受けるのは理に適ってるんだよねぇ……どうせ戦うことになるのならうちの村からできるだけ遠い場所の方がいいし。去年みたいに僕たち皆が決死の覚悟で戦うよりは、うちの領からは僕と僕の護衛だけ出して、主力を丘陵北側の領主たちに担ってもらう方が楽だし。戦後のことを考えても都合がいいだろうし……」


 ミカも本音を言えば、できるだけ戦いに臨みたくはない。己も庇護下の者たちも、誰も危険な目には遭わせたくない。こちらは何もせず、丘陵北側の領主たちだけでモーティマー卿の率いる軍勢を撃退してくれれば、ヴァレンタイン家としては楽でいい。

 しかし、それで彼らが敗けたときに大いに困る。掠奪者たちの暴虐がこちらまで及ばないことを神に祈りながら不安な日々を送るのは避けたい。自領内で分の悪い総力戦に臨む事態は尚更に避けたい。


 となると、援軍として参戦し、ローレンツたちが勝利する可能性を高める方がいい。自領から遠い場所で戦い、勝利を得れば、この村に直接の被害が及ばないまま今回の騒動を収束させることができる。兵力の面を考えても、いずれヴァレンタイン領だけで三百を超える軍勢に立ち向かう羽目になるよりは、その前に他家の軍と共に立ち向かっておいた方がいいのは明らか。

 ついでに言えば、この一帯の平和を維持するために協力的な姿勢を示したという事実が残れば、丘陵北側の領主たちとの友好関係が新たに築かれ、既に交流のあるローレンツとの友好関係はより深まる。今後の近所付き合いを考えても、助力を成す方が望ましい。


「…………仕方ない。参戦しよう」


 思案の末、ミカはため息交じりに言った。


「大丈夫。あのバリスタやクロスボウを持って参戦すれば、接近戦を担うことにはならないよ。あくまで助力の立場で戦場に立って、遠距離攻撃で味方の戦いを援護するだけだから。メルダース卿もそうしてほしいと言ってたし」


 不安げな表情を見せたアイラを安心させるように、ミカはそう語った。


 ミカがバリスタなどの高価な兵器を揃えていることを、ローレンツは当たり前のように把握していた。ミカとしても自分が領外からバリスタを輸入するなど目立つ行動をとっていることは自覚していたが、とはいえそうした隣領の領主家の動向をしっかりと掴んでいるあたり、やはりメルダース家の情報収集能力は、領地規模に比して高い。あれもまたローレンツの才覚か。

 それはそれとして、今回自分に求められているのがそうしたバリスタなどを用いた援護ということであれば、ミカとしても助力に踏みきるハードルは下がる。戦場の最前面で接近戦に臨むわけでないのなら、敗色濃厚でいざ退却するとなっても逃げやすい。強力な武器を使ってこちらの主力を援護し、それでも勝てないのであれば、そもそもこの段階で掠奪者の軍勢を撃退することは不可能だったのだと諦めもつく。

 比較的安全なかたちで自領を守る戦いに臨める上に、新兵器を試す機会を得られると考えれば、悪い話ではない。自領の運命を他者の戦いの勝敗に委ね、その結果下手をすれば領内で崖っぷちの総力戦に臨まされるよりも遥かに良い。


「……あなたが領主として決めたことなら、私は尊重して応援するわ。あなたの留守中、できる限りの仕事をして村の運営を支えるわね」


 まだ不安を抑えきれない様子で、それでも微笑を作り、アイラは言った。


「ありがとう。苦労をかけるけど、お願いするね」


 彼女は聡明な人。領主には命を懸けて戦わなければならないときもあると、当然に理解してくれている。ミカも彼女に微笑を向けて頷き、そしてディミトリとマルセルの方を向く。


「ディミトリ。急な話で悪いけど、明日までに僕たちの装備と、野営に必要な道具と物資をまとめておいて」

「もちろんです。すぐに準備します」


 出征を決意した主人に、ディミトリは一切の迷いなく頷いた。


「マルセル。君には留守中のアイラの補佐を任せる。彼女と一緒に村を管理して、盗賊や獣や魔物が現れたり、ないとは思うけど隣領と揉めたりすることがあれば、領民の男たちをまとめて村を守って」

「お任せください。心して務めます」


 なかなか重大な役目を与えられ、しかしマルセルは冷静に答える。


「頼りにしてるよ……それと、僕はこれから領民たちに呼びかけて、今回の出征への志願者を二人募る。僕を守る盾持ちと、バリスタの装填作業の補佐と、移動時や野営時の荷物運びと雑用を担う人手が欲しいんだ。皆を集めて状況を説明するのを手伝ってほしい」

「承知しました」


 それからすぐに、ミカたちは行動を開始する。明日までに出征準備を完了させるべく、それぞれの仕事にとりかかる。

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