表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/65

第5話 領主不在の村

 丸太の直径はおそらく三、四十センチメートルほど。長さは二、三メートル。村に運び込む前だったのか、あるいはここに転がして乾燥させているのか、数本が森の入り口あたりにまとめて置かれている。

 そのうち最も大きな一本を、ミカは念魔法で持ち上げた。魔力消耗の体感からして、重さはミカが三、四人分といったところか。重いことは重いが、本気を出せばまともに操れる範囲内。


「それじゃあ行くよ……どりゃあああっ!」


 丸太を持ち上げながら森から飛び出したミカは、盗賊たちの注目がこちらに集まる前に、丸太を思いきり放り投げる。

 体感としては、四、五キログラムほどの棍棒を全力で投擲するようなイメージ。ミカの「魔法の手」の届く範囲外に投げられた丸太は、回転しながら盗賊たちの隊列のど真ん中に飛んでいく。

 空から丸太が降ってくる突然の事態に、盗賊たちはまともに反応できない。前進の足を止め、棒立ちで丸太を見上げる。隊列中央にいる頭領もそれは同じだった。

 そして、丸太は頭領のいる辺りを直撃する。頭領とその周囲にいる数人を巻き込みながら落下した後、大きく跳ねて不規則に転がり、さらに多くの盗賊に被害を与える。


「わあ、狙いばっちり」

「さすがです、ミカ様」


 あれだけ大きな丸太を投げてさすがに疲労を覚えながらミカが言い、隣からディミトリが称賛の言葉をかける。二人の視線の先で、盗賊たちは大混乱に陥っている。ミカたちの方へ攻め込んでくるようなことはない。


「おお、奴ら逃げ出しやがりましたね」

「成功みたいだね。やっぱり、指揮官がいなくなったら烏合の衆か」


 しばらく混乱に包まれていた盗賊たちは、一人また一人と北の丘陵の方へ走り出し、間もなく全員が壊走していった。

 その姿が丘陵の向こうへ完全に消えたところで、ミカとディミトリは前進する。ディミトリは戦斧を構え、そしてミカは近くに転がっていた大きな石を魔法で持ちながら、倒れている盗賊たちの方へ近づく。


「わぁー……我ながらなんて惨い殺し方を」

「こりゃあ凄えや」


 丸太の落下に巻き込まれた盗賊は、頭領を含めて五人。その全員が酷い死に方をしていた。身体があり得ない方向に曲がっている者。手足が千切れている者。頭領に至っては、顔が抉れている上に、腹が破れて臓物が飛び出していた。

 間近で装備を見ても、やはりこの頭領は職業軍人と思われた。おそらくは、装備を充実させられるほど金に余裕があり、相応の実力もあった傭兵か。大きな丸太が不意に降ってきては、そんな手練れの傭兵でもどうしようもなかったようだった。

 頼れる指揮官がこんな状態で死んでいるのを見たら、素人の集まりである他の盗賊たちが恐れをなして逃げ出すのも無理はないとミカは思う。自分が彼らの立場でもそうしただろうと。


「あの……」


 そのとき。ミカのおかげで危機を脱した村の住民の一人が、ミカたちの方へ歩み寄りながら声をかけてきた。他の村民たちも、隠れていた家から出てきてミカたちの方へ近づいてくる。


「あなたが、この丸太を投げて盗賊を撃退してくださったのですか? あなたは魔法使いなのですか?」


 丸太の周囲に広がる凄惨な光景を見て慄き、ミカの傍らに浮いている石と右手の魔法光を見て驚きながら、声をかけてきた中年の男性村民は尋ねてくる。


「うん、そうだよ。東へ向かって旅をしていて、ちょうどこの村に立ち寄ろうとしていたら、盗賊が村を襲おうとしているのが見えたんだ。あっちの森の中にあった丸太、多分あなたたちが伐採したものだと思うけど、申し訳ないけど勝手に一本使わせてもらったよ」

「そ、そうだったんですか……では、あなたは私たちの命の恩人です。何とお礼を申し上げればいいか……ひとまず、今日は村にお泊まりください。貧しい村ですが、精一杯おもてなしさせていただきます」

「……それじゃあ、ありがたくお世話になろうかな」


 そう語った村民に案内され、他の村民たちからも口々に礼を言われながら、ミカとディミトリは村に入る。ミカは愛想のいい微笑を村民たちに返しながら、狙い通りになったと内心で喜ぶ。


・・・・・・


 その日の夕方。村の広場では宴会が開かれていた。誰も犠牲にならずに盗賊の襲撃を逃れたことを祝い、村を救ったミカを歓迎するための宴会が。

 具の多いスープに、鶏の丸焼き。ライ麦のパン。そしてエールや果実水。村民たちはミカとその従者であるディミトリを、できるだけ豪勢な料理でもてなしてくれる。


「ええっ!? それじゃあ、そのドンド様はこの村の領主なのに、君たち領民を見捨てて自分たちだけ逃げたってこと!?」

「そういうことになります。私たちもまさか、こんなかたちで見捨てられるとは思いもせず……そこへ盗賊が迫ってきて、もうどうしようもないと完全に諦めていました」


 果実水の杯を片手にミカが驚愕すると、最初にミカに声をかけ、その後も案内や説明役を担ってくれている中年の男性村民――マルセルと名乗った領民は頷く。

 この村の現状について彼が語った話は、にわかには信じ難いものだった。


 村ひとつだけの小さな領地であるここは、ドンド・ドンダンドという、当人の名も家名もなかなか個性的な領主が治めていた。ドンドは領主としては二代目で、父親――領民たちと力を合わせて村を開拓した初代領主とは裏腹に、領地運営のやる気に欠ける凡庸な為政者だった。まだ発展途上で貧しいドンダンド領の民は、怠惰な領主のもとで幸福とは言い難い生活を送っていた。

 そんなある日。領内の治安維持を担当するドンドの弟が、見回りに出ていた北の丘陵から慌てて駆け戻り、ドンダンド家の暮らす領主館に飛び込んでいった。それから間もなく、ドンドは妻と子供たち、弟とその家族を連れ、使用人たちにさえ理由を言わずに東へと発っていった。

 その後、丘陵を越えて盗賊が出現。流れから察するに、おそらくドンドは弟から盗賊接近の報を受け、この村の戦力では勝てないと考え、自分と一族の命を惜しんで逃亡した。

 彼はかねてより「こんな田舎の村じゃなく都市に生まれたかった」と公言していたそうなので、貧乏領主の立場を捨てることにためらいはなかったのだろうとマルセルは語った。


「な、なんて卑怯な野郎だ……」

「ほんとにねぇ……率先して領地防衛の指揮をとるべき領主が、戦うどころか領民たちに何も告げずに逃げちゃうなんて……本っ当にとんでもない、見下げ果てた奴だよ」


 エールの杯を手にしたディミトリが唖然として呟くと、ミカはため息交じりに返す。

 あの盗賊たちは数が多く、確かにまともに戦っても勝利は絶望的だったかもしれないが、だからといって領主が領民たちを置いて逃げていいことにはならない。幸運にも盗賊の接近を早期に察知できたのなら、領民たちをひとまず領外に避難させることなどもできたはず。

 それなのに、ドンド・ドンダンドとその一族は、自分たちの領主家としての生活を支えてきた領民を見捨てた。庇護すべき百人の民が暮らす自領から逃げ去った。盗賊接近の警告すら残さずに。

 領主になり、領内社会とそこで暮らす民を庇護しながら生きることを望むミカとしては、驚き呆れるしかない話だった。


「元々、ドンド様は嫌な領主様だったんですよ。俺たち農民のことを馬鹿にしてる感じで」

「そうそう。それに、あんまり頼りにならなくて。周りの領地の領主からも、ちょっと馬鹿にされてるみたいでした」

「だけどまさか、ここまで頼りにならないなんて……自分が真っ先に逃げるなんて……」

「ほんと、なんて酷い領主様だよ!」

「いや、もうあんな奴は領主じゃないよ! あたしたちを見捨てて逃げる奴を、領主様と呼んでやる筋合いはない!」

「そうだ! ドンド・ドンダンドはもう俺たちの領主じゃない! ここはもうドンダンド領じゃないぞ!」


 領民たちは口々に語る。誰もがドンドとその一族に対する怒りの声を上げる。


「あーあ、いっそのこと、ミカさんがここの新しい領主様になってくれたらいいのになぁ」


 領民の一人、陽気そうな青年が、エールの杯をあおった後に大きな声で言った。

 すると、それまでドンダンド家への文句で賑わっていた宴会の場が、一気に静まり返る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ