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第47話 切り札

 二月に入ると、昨年と同じように、春に種を蒔くために農地を耕す作業が始まった。

 ミカは魔法で犂を牽き、領民たちは手作業の人海戦術で、広々とした農地を着実に耕す。その作業も終わりに近づいた二月下旬、ミカの予想より早く、行商人アーネストが今年最初の来訪を果たした。


「まだ冬も明けきっていないときに来るのは大変だったでしょう。ご苦労さまです」

「恐縮です。確かに、まだ寒さが残っていて移動に適した季節とは言えませんが……こちらをいち早くお届けしたかったものですから」


 領主館の前庭に停められた荷馬車。その荷台にかけられた布をめくりながら、アーネストは言った。布の下から出てきたのは、ミカがエルトポリの工房に注文していたバリスタだった。


「バリスタ! 冬のうちに無事に完成したんですね!」


 荷台を見たミカは、目を輝かせながら興奮した声で言う。

 言わば巨大なクロスボウであるバリスタは、まるで大砲のような見た目をしていた。ミカが魔法で操る前提であるため、このバリスタには運搬用の車体や地面に据え置くための土台がなく、矢を撃ち出す本体部分のみが簡易的な台の上に乗せられている。


「閣下はバリスタの完成を楽しみに待たれているご様子でしたので、四日前に工房より受け取った後、移動の準備を整えてすぐにお届けにまいりました。どうぞ品物をご確認ください」

「ありがとうございます! それでは、早速試射をさせてもらいます」


 ミカはそう言って、魔法を発動させる。人力で荷台から降ろそうとすれば大変な手間となるであろうバリスタも、念魔法があれば遥かに簡単に運ぶことができる。とはいえ、大型の兵器であるバリスタは本体部分だけでもかなりの重量があり、術者であるミカの体感としては、十分に運べる範囲内ではあるがなかなかの重さだった。

 さすがにバリスタほど大型の兵器となると、領主館の敷地内で試すわけにはいかない。ミカはバリスタを浮遊させたまま、村の北側、建造中の城の土台がある開けた土地へと移動する。ディミトリが傍らに続き、アーネストと彼の部下たちも同行する。さらにはアイラも、エルトポリ城の城壁にも設置されていたというバリスタの発射の様子がどのようなものなのか気になったらしく、ミカと一緒に村の北側へ向かう。


 そして的の設置などをしている間に、巨大な武器が届いて大がかりな試射が行われるらしいと聞いたのであろう一部の領民たちも、好奇心からか見学に訪れる。大勢が賑やかに見守る中で、ミカはバリスタの試射の準備を進める。

 バリスタは弦の張力を利用して矢を飛ばすという点ではクロスボウと同じだが、その仕組みは厳密にはクロスボウと異なり、ねじりばねを使って張力を生み出す。矢の長さは小柄なミカの背の丈を上回り、もはや矢というより、槍と言った方がいい。


「ミカ様。的の設置、完了です」

「ご苦労さま、ディミトリ……それじゃあ皆、試射を始めるねー!」


 見学者たちに宣言したミカは、「魔法の手」を使ってバリスタの尾の方にある取っ手を回し、その取っ手と繋がった縄を巻き上げて弦を引く。そして矢を装填し、まずは十メートルほど離れた位置に置かれた的を狙う。

 引き金を引くと、太く低い音が空気を切り裂き、矢が勢いよく放たれる。麻袋に砂を詰めた丈夫な的は、矢が直撃すると容易く貫かれ、的を固定していた木製の土台ごと後方に吹っ飛んだ。的を串刺しにした矢は、そのまま深々と地面に突き刺さった。


「おおぉ……」


 バリスタの威力を目の当たりにした見学者たちからはどよめきが起こり、バリスタを撃った張本人であるミカ自身も慄く。

 傍らを向くと、ディミトリは唖然として破壊された的を見ていた。アーネストたちも、実際にバリスタが矢を撃つところは初めて見たらしく、驚愕に固まっていた。


「エルトポリ城で見かけたときから、びっくりするほど大きな武器だと思っていたけれど……こんな、とんでもない威力があったのね。凄いわ」


 アイラも目を丸くして、地面に突き立ったバリスタの矢を見ていた。彼女の腕の中にいるアンバーも、腹の部分をぎゅっと抱かれてやや前のめりになったことで、矢の方を驚きに凝視しているように見える。


「そうだね、凄い……僕も知識としてはバリスタの威力を聞いたことがあったけど、こうして実際に目の当たりにすると驚いたよ」


 ミカは婚約者の言葉に答えながら、バリスタに次の矢を装填する。

 さすがにこれほど大きな兵器の強力な弦となると「魔法の手」と言えども力づくで引くのは難しい。バリスタを一度手元に戻し、ディミトリの手伝いを受けて縄と繋がった装填用の金具を弦に取り付けた上で、縄を巻き上げる取っ手を「魔法の手」で人力よりも遥かに素早く巻き上げる。

 そして矢を装填し、五十メートルほどの距離に置かれた次の的を狙う。


 こうした投射武器で遠くの的を狙う際は、仰角をとって曲射をするのが一般的。しかしミカの場合は、自身からおよそ四メートル以内の位置にならば、バリスタ自体を高く持ち上げて構えることができる。自身の背よりも高い位置へバリスタを浮遊させたミカは、装填された矢の先端を的へ向け、そして引き金を「魔法の手」で引く。

 再び勢いよく矢が放たれ、空気を切り裂く鋭い音と共に飛翔。五十メートルを飛びながら重力によってやや落ちた矢は、ミカの想定よりも少し下に命中した。

 五十メートルの距離に置かれていたのは、長い木板を繋ぎ合わせて作られた縦横二メートルほどの大きな的。元々は連射式クロスボウの射撃練習や、領民たちの投石訓練の的として使っていたもの。その下側、バリスタの矢の直撃した辺りがばらばらに割れ、その衝撃で的が倒れる。


「ま、また的がぶっ壊れた……」

「馬鹿でかい見た目通りの、おっそろしい弓だねぇ」

「この距離で木の板を叩き割るんだろう? あんな矢を人に向けて撃ったらどうなることやら」

「盾も鎧も何の役にも立たねえだろうな。人間なんてきっと二、三人まとめて串刺しだぜ」


 試射を見物している領民たちが口々に言う声を聞きながら、ミカはまた装填作業に臨む。

 そして、最後の的を狙う。およそ二百メートルの距離に置かれた木板の的は小さく見え、まともに狙って撃つのは難しい。直撃させられるとは期待せず、それでも一応は狙いを定め、最初の二射で掴んだ感覚をもとに多少の仰角をつけて引き金を引いた。

 案の定、矢は的を外れる。的よりも十メートル以上右、そして何メートルか向こうの地面に突き刺さる。


 それを見たミカは、外れたことに落胆はせず、逆に小さく笑む。

 大きな殺傷力を持つ巨大な矢を、このバリスタは二百メートル離れた距離にまで飛ばすことができる。いずれ完成する城の城壁上や、会戦においてはどこか丘の上などの高台に陣取って撃てば、三百メートルか、もしかしたらそれ以上の距離にも矢が届くだろう。

 これほどの射程距離を誇り、しかしそれ故に運搬も狙いの調整も容易ではない大型兵器を、自分ならばまるで手持ちのクロスボウのように運び、構え、撃つことができる。本来は数人がかりで行うべき装填作業も、一人の補佐があれば通常の何倍もの速さで行える。これは驚異的なことと言える。


 さすがに数百メートルの距離となれば特定の人間を狙うことはほぼ不可能だろうが、それでも大まかに狙った辺りへ矢を飛ばすことは、多少の練習をすればできそうだった。となれば、例えばたくさんの敵が進撃してくる方を目がけて矢を放てば、誰かには当たる可能性が高い。仮に誰にも当たらなくとも、槍のような矢が何百メートルも離れたところから凄まじい勢いで飛んでくるとなれば、徴集兵どころか職業軍人でも怯むはず。

 その要領で、例えば敵の本陣を直接狙って攻撃することも、戦場の状況によっては叶う。実際に矢が直撃する確率は低いとしても、運悪く当たれば即死を免れない巨大な矢が自分たち目がけて放たれているとなれば、敵将は落ち着いて指揮をとることができないだろう。本来そうして敵本陣を直接的にバリスタで攻撃できる機会は滅多にないが、自分の強力な念魔法があれば、通常よりも遥かにその機会を得やすくなる。

 敵側からすれば、普通ならば設置場所から容易に動かせないはずのバリスタが自在に戦場を動き回り、城壁上のどこかから、あるいは丘や森の陰から不意に顔を出し、即座に狙いを定めて巨大な矢を放ってくる……という状況。戦いづらいことこの上ないはず。


 ミカの前世の感覚からすれば戦争も小規模なことが多いこの世界のこの時代において、念魔法で操るバリスタは勝敗を左右する切り札になり得る。

 高価で扱いづらく、効果的に活用するためにはある程度の台数とたくさんの人手が必要となるが故に、一部の大領主にしか需要のないバリスタ。それを一台保有するだけで、ヴァレンタイン領の防衛力は大幅に高まったと言える。


「アーネストさん、期待通りの性能です。僕が依頼主として大満足していたと、工房の方にも伝えてください」

「何よりにございます。確かにお伝えいたしましょう」


 アーネストと言葉を交わしたミカは、再びバリスタの方を向く。何とも頼もしいヴァレンタイン家の切り札を見つめる。

 念魔法と組み合わせることで、圧倒的な威力と射程距離と取り回しの良さを誇るバリスタ。そして、強力な一撃を簡単に連発できる自身専用のクロスボウ。従来の武器である丸太に加え、二つの武器が揃ったことで、念魔法使いとしての戦い方の幅は格段に広がった。状況に応じて様々な攻撃手段を選べるようになった。

 今後は、基本的にはクロスボウやバリスタを使って自分自身は敵になるべく近づかずに戦い、必要に応じて――例えば籠城戦で城に取りついた敵を引きはがしたり、数ばかり多い民兵などを薙ぎ払ったりする際には――質量兵器として優秀な丸太も使えばいい。


 ただひとつ問題があるとすれば、これらバリスタとクロスボウの矢の数。クロスボウの方は現在ようやく数十発、バリスタに関しては、鉄の鏃を備えた矢は二発しかない。今回の試射でも、三射目はディミトリが回収してくれた一射目の矢を使い回した。遠方の工房に依頼するしかない現状、鉄を使った矢を増産するにも修繕するにも手間と時間と金が余分にかかる。

 やはり、自領内に工房を備え、職人を抱えたい。今年には農耕馬を購入して農業生産力を高め、早ければ来年頃から移住者集めを始めるとして、職人の方も来年には連れてくることができれば幸いだろうとミカは考える。


「ところで、アーネストさん、ひとつ相談があるのですが……確か、ユーティライネン領には馬の飼育を主産業とする村がありましたよね?」


 バリスタを地面に下ろし、念魔法を解除しながら、ミカはアーネストに切り出す。

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