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第43話 城作り

 大麦の収穫作業は何らの問題なく終わり、その後の脱穀作業も、増産された脱穀機の助けも合って速やかに完了した。

 次いで行われたのは、小麦やライ麦を作付けする農地を耕す作業。ミカは引き続き魔法で犂を牽き、領民たちも手作業で農地を耕し、そうして皆が力を合わせることで十月中に余裕をもって予定の面積を耕し終えた。


 そこへ十一月の前半のうちに種が蒔かれ、この年の主な農作業は完了。以降は冬越しの準備が本格的に進められるが、それに関しても今までと比べれば遥かに余裕がある。領民たちの手元には十分以上の量の麦があり、例のごとく森の開拓に際してミカが狩った獣や魔物の肉もあるため、食料には困りようがない。後は、豚を太らせた上で潰して加工肉に変え、そして薪を集めれば準備完了となる。

 焦る必要もなく、時間にゆとりをもって冬越しの準備が行われる中で、ミカは長期的な目標に向けて少しずつ動き始めた。具体的には、城の建造を開始した。


「いやー、皆が手伝ってくれると、やっぱり進みが早いねぇ。すごく助かるよ」


 村の北側、森などもなくやや開けた平地。ミカはそう言いながら、自身専用の巨大なシャベルを魔法で操って地面を突きほぐす。そうして柔らかく崩された土を、領民たちが掬い上げて一か所に積んでいく。数人の男たちが、人海戦術でどんどん土を積み重ねていく。


「お役に立てて光栄です。これで少しでも、ミカ様へのご恩返しになればいいのですが」

「もちろんなってるよ。僕一人で造り進めても全然構わないんだけど、やっぱり協力者がいる方が効率よく作業が進むからね……それに、皆で作業する方が気分的にも楽しいし」


 手伝ってくれている一人であるマルセルに答えながら、ミカは魔法でシャベルを動かし続ける。

 こうした領主のための土木作業は本来、税の一種である労役として扱われる。ミカは少なくとも今年のうちは領民たちに築城作業の労役を課すつもりはなく、半ば自身で楽しむために作業に取り組み始めた。すると、ミカが城を造ると聞いた領民たちが、こうして時間のあるときに手伝いにきてくれるようになった。実にありがたいことだった。


「皆のおかげで、少しずつ土台の形が見えてきたねぇ。冬の前からここまで作業が進むとは思わなかったよ」


 平地に土が積み上げられていく様を眺め、ミカはしみじみと言う。


 現在のヴァレンタイン領は、領主館と家々の集まった村が領地の中心として置かれ、村の南側の一帯には農地が広がっている。農作業をする上で便利が良いため、農地は盗人などの来る可能性が最も低い村の南側にまとめて置かれている。

 村と農地の周囲には、森が広がっている。こうした森の間隙を、あるいは木々の密度が幾らか薄くなっていて見通しの良い場所を縫うようにして、東のフォンタニエ領や西のコレット領と繋がる細い道が作られている。

 一方で南に関しては、大小の森のさらに南へ進むと、途切れ目もなく縦横に何十キロメートルと続く大森林に行き当たる。この大森林の奥深くには危険な獣や魔物も多く棲むと言われており、森の向こう側の領地と直接に行き来することは非現実的。そのため、実質的にこの森が南の行き止まりとなっている。


 そして村の北へ進むと、東西に延びる丘陵に行き当たる。この丘陵は全体の半分ほどが森に覆われているが、高さはそれほどでもなく傾斜も緩やかなため、森のない部分を選んで歩けば越えることも難しくない。そのため、ヴァレンタイン領は丘陵北側のメルダース領などとも多少の交流がある。

 ミカが城の建造地点として選んだのは、村の北側、家々から百メートルも離れていない辺り。木材を求めての伐採が何十年と行われてきたことで、森が削られて多少の開けた土地がある場所だった。

 ここならば家々から近いので、いざというときは領民たちがすぐに避難できる。いざ外敵が来て皆で城に籠もることになった際、敵が村に悪さをしようとしても、この距離ならば城からバリスタで狙い打って迎撃や牽制を行える。建造に際しても、既にある程度の平地があり、なおかつまだ農地となっていない場所なので都合が良い。現状で城を置く場所としては最良だった。


「ミカ様、城ってどれくらいでできるんですか?」

「来年にはできますか?」

「あははっ、そうなったらいいんだけどねぇ。残念ながら、さすがに来年は難しいかなぁ。三年以内には完成させたいと思ってるよ」


 領民たちの素朴な質問に、ミカは微苦笑交じりに答える。


 この時代に小領主が構える城と言えば、専ら木造。周囲よりもやや高くなった地形を丸太柵などで囲み、柵の裏には歩廊代わりの足場を設ける。そして柵で囲んだ敷地内に、主館や物見台、備蓄倉庫や厩舎などを並べる。さらに、柵の周囲には幅と深さが数メートルほどの空堀をめぐらせる。

 これだけの設備でも、大半の領主家がまともな常備軍も持っていないこの世界のこの時代においては、十分以上に強固な防衛拠点となる。弱小領主であるミカが、ひとまず数年以内に建てられる城としては、これくらいの規模が現実的。

 村の周囲の土地にはほとんど起伏がないため、ミカは城を建てる地形そのものを造るところから作業を始めている。空堀となる部分の土を掘って城の建造予定地に盛り、足りない分の土は周辺から運び、高さ数メートル、直径五十メートルほどの小さな丘を築く予定。前世の中世前半においても、城や砦を建てる際はこうして土台の丘から造成することがままあったという。


 これは城としては決して大きくないが、とはいえそれだけの範囲を丸太柵で囲んで中に様々な建物を建てようとすれば、必要な木材の量は膨大になる。材料となる丸太はこれまでの伐採である程度は確保できているとしても、その加工や建造作業そのものにも相応の手間がかかる。

 念魔法があれば人力のみで建造するよりは相当に楽だろうが、それでもやはり、どうしても人手の数がものを言う場面もある。ヴァレンタイン領はまだ人口が少なく、ミカも領民たちも他に多くの仕事を抱えているため、城の建造にかけられる労力は限られる。

 なので、三年後。聖暦一〇四六年のうちに城が完成すれば上出来だろうとミカは考えている。


「へえー、そういうもんですか」

「城を造るって大変なんですねぇ」

「そうだねぇ。だけどその分、完成したらすごく頼りになると思うよ。いざというときは皆で城に籠ってしまえば、何百人もの軍勢が攻めてきても十分に守りきれるだろうからね」


 城はたとえ小さなものでもかなりの防御力を誇る。上から攻撃を受けながら空堀を突破し、あるいは頑丈な城門を破壊するのは、相当な困難を伴う。領民をかき集めただけの徴集兵が主体の軍勢では、たとえ数百人を揃えても城を落とすのは容易ではない。

 ヴァレンタイン領の場合はミカが念魔法で戦える上に、領民たちは投石紐の技術を身に着けているため、防衛力はさらに高まる。仮に付近の小領主家が束になって攻めてきても、遠方の大領主が外征に乗り出してきても、そう簡単に敗けはしない。この時代に何百人も動員して長期戦に臨める領主はほとんどいないので、敗けさえしなければ敵に侵攻を断念させられる。


「何百人の軍勢かぁ。想像もつかねえな」

「そんなに大勢が攻めてきても守れるなんて、城って凄えなぁ」

「ああ。城があればもう怖いものなしだぜ」


 領民たちは驚きや興奮交じりの表情を浮かべながら、口々に語り合う。


「それだけ凄い施設だからこそ、完成させるには皆の力が必要になる。今後も協力をよろしく頼むよ……それじゃあ、夕方までもうひと頑張りして、まずは今日の分の作業を完了させよう」


 ミカの言葉に領民たちは元気よく応え、そしてまた建造作業が始まる。土を盛って丘を築く地道な作業が続く。

 着実に丘が築かれていく様を進めながら、ミカは今後に思いを馳せる。城が完成し、領地が発展を遂げた未来を想像する。


 農耕馬の導入が叶った後は、姻戚などの力も借りて領外からの移住者を少しずつ集め、領民を増やす。増えた人手を活用し、村の南側だけでなく北側へも農地を広げていく。鍛冶師などの職人も招き、いずれはアーネストに商店を置いてもらう。

 前世の知識のうち、まだいくつか使えそうなものが残っているので、それらを活用して新たな産業を作る。東西と繋がる道を整備し、北のメルダース領にもまともな道を通す。いずれは開拓によって南の大森林を削り、新たに村を作る。

 そうして領地を発展させ続け、最終的に自分の生きているうちに領地人口が千人に届けば大成功だとミカは思っている。


 千人が暮らせる社会を築くには、発展度の高い村をいくつも抱えるか、領地の中核となるこの村をある程度都市化させる必要がある。どちらにせよ、膨大な時間と労力が必要。いくら念魔法があるとはいえ、周辺への侵略などを行わずに一代で遂げられる権勢拡大としては、おそらくこのくらいが現実的な限界になる。

 それでも、この地の前領主家が二代かけてようやく百人規模の村を築いたことや、周辺の領主家が何代もかけて村を数百人規模まで育てたことを考えると、破格の大躍進と言える。


 この時代としては異例の高さを誇る農業生産力と、独自の産業。そしてある程度の人口。自分が一代でこれだけの成果を揃えれば、それを土台として、きっと後世でもヴァレンタイン領は繁栄を遂げていく。そうなれば、この地の隆盛の礎を築いた偉人として自分の名が長く残る。いずれここに大きな都市ができて、自分の銅像などが建つかもしれない。

 そこまで上手くいく確証はないが、もし本当にそうなれば大満足。もはや言うことなし。少しばかり気の早い妄想をしてつい表情を緩めながら、今はまだ小さな村である愛しの領地で、ミカは人生を謳歌する。

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信長や秀吉みたいな奴が現れるまで安泰。
土魔法使いほすぃ~
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