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第42話 装備充実

 大小の領地が無数に並び立つこの時代のダリアンデル地方において、領主一族は多くの場合、城あるいは領主館に住んでいる。

 城や領主館と言っても、ミカの前世の創作物で描かれたような豪奢なものは少ない。特に小領主家の城や館は、大半が木造。あるいは一階のみ石造りで、上階はやはり木造。


 ヴァレンタイン家当主であるミカも、一応は館に住んでいる。ミカは現状、前領主家が残していった領主館をそのまま当面の居所として使っているが、木造二階建てのこの館は、前世の感覚で見れば「ちょっと大きな家」という程度のものでしかない。

 そんな小さな領主館は、部屋数もさして多くない。一階には大部屋と厨房と物置、厠、そして土間に入浴用の大きな桶を置いただけの浴室があり、二階には領主執務室と領主夫妻の寝室、客室、その他の住人たちのための小部屋がいくつかある。

 このうち一階の大部屋が、主な生活空間となる。食堂、居間、そして客を迎える応接室、その全ての機能をこの大部屋が担っている。


 十月の上旬。行商人アーネストがヴァレンタイン領へ来訪し、ミカはいつものように彼を館に迎え、大部屋で会談する。

 今回彼が届けてくれたのは、ミカが夏にエルトポリの工房へ注文した装備の数々。


「まずは、どうぞ品物をご確認ください」


 アーネストは言いながら、机の上に装備のいくつかを並べる。さらに、彼の後ろに控える二人の人物が、残る装備――鎧などの大きな品を机に置く。

 今やすっかりヴァレンタイン家の御用商人となり、今後はヴァレンタイン領で収穫された麦の現金化という大きな仕事を独占できる状況となったアーネストは、少し前から人を雇って使うようになっている。エルトポリの中堅商人の娘だという女性を部下とし、さらには知人から紹介されたという信用できる労働者を力仕事担当として雇っている。


「ありがとうございます。楽しみにしていました」


 ミカは嬉しさを隠さずにアーネストへ答え、傍らに立つディミトリと共に装備を確認する。


 まずは、鎧下。その名の通り鎧の下に着込む装備であるこの服は、ミカの前世においてはギャンベゾンなどと呼ばれていた。表布と裏布の間に布や綿を詰めた厚手のシャツのような見た目をしており、厚く硬さもあるため、これ自体がある程度の防御力を持っている。そのため、貧乏な軍人などは、この鎧下そのものを主装備としていることもある。

 次に、ミカが鎧下の上に纏う革製の胴鎧。油で煮込まれて硬化処理がなされたこの鎧は、革製ながら頼りになりそうな強度があり、軽量さと一定の防御力を兼ね備えている。ミカが指揮官自ら不本意な接近戦に臨む羽目になった際、身を守る最終防衛線として期待できる。


 次に、ディミトリが纏う鎖帷子。半袖のシャツ状の部分と、頭から首元までを覆うフード上の部分に分かれている。元々は敵から奪った戦利品であるこの鎖帷子は、筋骨隆々の大男であるディミトリがそのまま使うには小さかった。なので工房に頼み、鎖を留め直してディミトリの体格に合う大きさにしてもらった。ついでに全体を磨き直してもらったので、中古品としては十分以上に綺麗な品となっている。

 ミカの前世において、板金鎧が普及したのは、実は中世もかなり後半になってからのこと。中世前半から中盤にかけては、金属鎧と言えば専らこの鎖帷子を指すことが多かった。鎖帷子の上に袖なしの上着を身に着け、場合によってはその上着に所属を表す紋章などを記すのが一般的な戦装束だった。

 そんな時代によく似たこの世界でも、やはり鎖帷子が広く使われている。質の良い鎖帷子はかなりの強度を誇り、剣や槍、戦斧などの刃を受け止められる。距離や速度、角度によっては矢も止める。打撃には弱いが、その点も鎧下を組み合わせればある程度補える。

 自身専用の鎖帷子を与えられるディミトリは、貧乏弱小領地の家臣としては、かなり上質な装備を身に着ける部類となる。これも、彼がいざというときはミカの盾になる役割を帯びているからこその扱い。


 そして次に、ミカの鉄製兜。丸みのある円錐形の鉢に傘上の縁を組み合わせたような形で、頭部はもちろん首回りを広く守ることができる。この傘の部分が、死角から矢などが飛んできた際の生存率を高めてくれる。

 さらに、ディミトリの右腕用の腕当て。肘の下から手首のあたりまでを守る防具で、敵の攻撃を腕で防げるようになる他、いざとなればこの腕当てそのもので敵を殴りつけることもできる。

 最後に、盾。ディミトリの使う盾は円形で、盾本体は頑丈な木製、縁の枠は鉄製となっている。他に長方形の大盾も二枚あり、こちらも盾本体は木製、縁の枠が鉄製。二枚並べれば敵の接近を防ぐ壁として機能する。


 いざ混戦になれば、重装備のディミトリに背中を守らせ、二枚の大盾をジェレミーなど体力のある男連中に持たせて自身の直衛とし、彼らの陰に隠れつつ浮遊させた連射式クロスボウで敵を射る……という戦い方をミカは想定している。

 いずれの装備も作りに問題はなく、大きさの面でもしっかりとミカとディミトリの体格に合わせてあった。


「どれも素晴らしい仕上がりです。届けてくださりありがとうございました。工房の方にもお礼を伝えてもらえると嬉しいです」

「それは何よりにございます。確かに工房へお伝えいたします」


 ディミトリと共に確認を済ませてミカが言うと、アーネストは恭しく頭を下げながら答えた。


「残るバリスタに関しては、おそらく冬明けの完成になるそうです。大がかりな武器である上に、工房の皆さんも作り慣れていないため、どうしても時間がかかるそうで……」

「それで全く問題ありません。身を守る装備類を今年のうちに用意してもらえただけでも十分すぎるほどですから」


 これでバリスタが揃えば、念魔法を最大限に活かした自身の戦い方が完成する。今度また外敵と戦う機会が訪れた際は、力任せに暴れるばかりだった前回よりも遥かに効果的に魔法の力を発揮できるだろう。ミカはそう考える。


 ちなみに、自身が持つ前世の知識の中でも、社会に最も劇的な変化をもたらすであろうもの――黒色火薬については、ミカは少なくとも当面作るつもりはない。その理由はいくつかある。

 まず、黒色火薬の原料である木炭、硫黄、硝石のうち、硫黄がない。

 前世において、黒色火薬が広まる以前の硫黄はあまり重要な資源ではなく、偶に肥料などに使われる程度だったという。この世界のこの時代では、より優秀な肥料である魔石肥料が普及しているので、前世中世よりもさらに重要度が低いはず。そのためか、ミカは現状、硫黄らしき存在を見たことも聞いたこともない。

 ダリアンデル地方は東と南、そして西の一部を山脈に囲まれた地形らしいので、その山脈の方を探せば硫黄らしきものも見つかるかもしれないが、現状ではとても探しに行く余裕はない。見つけたとしても、遠方から大量に輸入するような財力も伝手もない。

 また、硝石の大量調達も難しい。ミカの前世の知識としては、家々の床下の土などを集めて硝石を生成する方法があるが、現在のヴァレンタイン領の規模ではその方法を用いても、とてもではないが十分な量を安定的に確保することはできない。天然の硝石を探すとしても、やはり時間や財力や伝手が足りない。


 必要な材料を集めて黒色火薬を作り出せたとしても、使い道が限られる。

 この時代の金属加工の技術では、精巧かつ頑強な、実用に耐え得る銃や大砲を作れるとはとても思えない。一挺一台を作るのにも恐ろしく金がかかる上に、まともに狙いもつけられず、いつ爆圧に耐えかねて破裂するか分からない銃砲など、怖くてとても使えない。それでいて有効射程が弓やクロスボウ、バリスタやカタパルトと大差なく、威力の面ではそうした既存の投射武器で今のところ十分となれば、そちらを数多く揃える方がいい。

 爆弾や、轟音で敵を怖気づかせる威嚇兵器ならば作れるかもしれないが、一度戦場で使ってしまえば当然に他の領主たちから注目される。現状のヴァレンタイン領には、黒色火薬の製造方法を秘匿する力はない。情報が洩れれば、大領主たちはその権力に任せて同じような兵器を量産するだろう。そうなれば、弱小のヴァレンタイン領はかえって不利になる。

 壷に油や蒸留酒を詰めて火炎瓶のような武器を作り、それを魔法やカタパルトで投擲すれば似たような効果は得られるであろうから、多大な危険を冒して無理に爆弾などを作る意味は薄い。


 結論として、黒色火薬に手を出すことは非現実的。余裕が出れば材料を探し、材料が手に入れば個人的に試作程度はしてもいいが、実用化に乗り出すのはもっとずっと後のこと。よほど領地発展が上手くいった場合でも自分の晩年に着手できれば幸いで、おそらくは作り方や活用方法や注意点を紙に記して子や孫に託すことになるだろう。ミカはそう考えている。来年に届くバリスタや、現在手元にある連射式クロスボウが、自身の生涯の武器になるだろうと思っている。


「後は、こちらもご確認いただきたく。閣下のクロスボウの弾倉を追加で二つと、矢を二十本、お持ちしました」

「わあ、助かります。矢と弾倉はあればあるほど安心できますから」


 アーネストが新たに机の上に置いた弾倉と矢を、ミカは確認する。自身専用のクロスボウをディミトリに持ってきてもらい、弾倉をきちんと装着できるか、矢が問題なく弾倉内部を通るかを確かめる。

 そうしながら思案する。矢や弾倉の増産も、クロスボウや装備類、村の農具などの修繕も、村に職人のいない現状ではいつまでもエルトポリや東隣のフォンタニエ領などの工房に依頼しなければならない。今のままでは領地として完全には自立できていない。

 この状態も、できるだけ早く脱却しなければ。領地規模拡大の目途が立ったら、鍛冶師や木工職人を招かなければ。そう決意する。

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― 新着の感想 ―
現状は即応性や攻撃距離、威力などの面で新たに必要な理由はあまり無さそうですが、アトラトルなどの槍投器なども念魔法との相性がかなり良さそうですね。 人力でも専用の槍を100mとか飛ばせるので、弾となる槍…
火薬はスキップか あと知識チートを活用するなら毒系統だろうか 魔法を授かる仕様がわかればいいのにね
念動力魔法で空中に浮かせた連射式クロスボウを遠隔操作… それなんてファンネル
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