表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第一章 ここは我が領地

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/91

第39話 歓迎

 八月の中旬。ヴァレンタイン領の村の広場に、全ての領民たちが集まっていた。


「さあさあ皆、注目して! これから大切な話をするよ!」


 彼らに集合を命じた当人であるミカは、木箱を並べて木板を置いた演台の上に立ち、そう呼びかける。すると、素直な領民たちはすぐにミカの方を向き、静かになる。


「皆も聞いてると思うけど、僕の婚約者であるヒューイット家の令嬢、アイラ・ヒューイットさんがもうじきこのヴァレンタイン領に移り住んでくる。この地の領主夫人、皆にとっては奥方様になる彼女を迎えるにあたって、皆に知っておいてほしいことがあるんだ」


 この世界のこの時代、子供は幼い頃から親を手伝って家業を学び、十代半ば頃にはある程度一人前の働き手と見なされる。しかし、正式に成人と見なされて結婚を許される年齢は、一般的に十八歳。ラーデシオン教の教義で定められた成人年齢が、そのまま慣習法となっている。

 聖暦一〇四三年の夏の現在、ミカとアイラは十七歳。なので結婚式は来年、二人ともが成人を迎えた後に行われる予定。しかし、アイラができるだけ早くからミカと一緒に過ごしたいと熱望し、ミカの方もそれを望んだので、彼女は来週からヴァレンタイン領で暮らす。


 結婚までは彼女は客人扱いであり、ミカとは寝室も別。婚前に二人が調子に乗らないよう、ヒューイット家の使用人もお目付け役を兼ねて滞在する。とはいえ、パトリック・ヒューイット卿はよく娘の希望を聞いてくれたものだとミカは思っている。彼はアイラの幸せのかたちを理解はしかねても、父親として彼女を愛していることは間違いないらしかった。

 アイラがこの地へやってくるのであれば、彼女がどのような人物なのかをあらかじめ領民たちに知っておいてもらう必要がある。彼女の個性に関して皆に伝えておかなければ、彼女と領民たちとの初対面が不幸な結果となりかねない。そう考えたからこそ、ミカはこうして皆に説明する場を設けた。


「まず、アイラさんは黒が好きで、いつも黒い装束を着てる。リボンやフリルも好きで、だから黒装束をたくさんのリボンやフリルで飾ってる。髪にも大きなリボンをつけてる。そして彼女は、昔に亡くなったお母様との思い出のぬいぐるみを、いつも抱いてる。マルネズミをかたどった可愛らしいぬいぐるみだ。リボンやフリルに飾られた黒装束を着て、ぬいぐるみを抱いてる彼女はとても可愛らしい女性だと僕は思うけど、君たちは彼女を見たら奇妙だと思うかもしれない」


 ミカが語ると、領民たちはざわざわと話し合う。

 彼らの表情には、やはり驚きや困惑の色があった。皆、当然に「普通の令嬢」が来るものと思っていたらしかった。


「皆の驚く気持ちはよく分かる。戸惑う気持ちも理解できる」


 ミカが再び口を開くと、領民たちは間もなく静かになり、また領主の方を向く。


「確かにアイラさんは、世の中の一般的な女性とは違う部分が多いかもしれない。それじゃあ、僕はどうだろう? 僕はここから遥か遠く、この辺りの人たちは名前も知らないような北の領地で生まれた身だ。南へ放浪してきて、この村へ流れ着いた得体の知れない念魔法使いだ。家族と縁を切ったときに約束したから仕方ないとはいえ、君たちに生家の家名も名乗ってない。こんな僕と比べたら、有力領主家のご令嬢で、皆も家名を知っているユーティライネン家の当主の従妹であるアイラさんは、遥かに身分や立場のしっかりした人だ。格好が他の人たちとは違うだけの、由緒正しい家柄のお嬢様だ」


 ミカの言葉に、領民たちは顔を見合わせてぼそぼそと話す。確かにその通りだと、概ね納得している様子だった。アイラの個性に対する皆の違和感を、彼女の身分や立場に対する信用で上書きすることに成功したようだった。


「皆、ここで思い出してみてほしい。得体の知れない流れ者だった僕を、君たちがどうして新しい領主として選んだのかを。僕が強力な念魔法使いだったことも理由のひとつだろう。だけどそれ以上に、僕が真っ当で優しい人間だと思ったから、皆は僕を領主にしてくれたんじゃないかな? 盗賊団を撃退した僕の行動や、その後の宴会で皆と話した僕の人柄を見て、僕が領民を大切にする優しい領主になると思って僕を頼ってくれたんじゃないかな?」


 問いかけると、領民たちは頷いた。彼らは口々に、ミカの言葉を肯定してくれた。


「であれば、アイラさんについても心配ない。彼女はとても穏やかで、心優しい女性だ。僕が君たちに接するように自分も接すると、彼女は約束してくれた。領主夫人として皆を慈しむと誓ってくれた。ちょっと不思議な格好をしてるけど、皆に優しい奥方様。この領地に迎える僕のお嫁さんとして、文句なしの素晴らしい人だと思うけど、どうかな? 普通の格好をしてるけど、意地悪で怖いかもしれない領主夫人と比べてどっちがいいかな?」

「そんなの、比べるまでもないですよ! 優しい奥方様の方がいいに決まってます!」


 元気よく発言したのは、領民ジェレミーだった。


「そうよね。ずっとお仕えすることになる奥方様なんだから、優しいのが一番だわ」

「だって、前の領主家の奥方様がどんな人だったか、思い出してみろよ」

「ああ、嫌な人だったな……いつも俺たちに冷たくて、偉ぶってて……」

「もうあんな人を奥方様とは呼びたくないねぇ」

「奥方様もミカ様みたいにお優しい方なら、それ以上言うことなんてないわ」

「そうだな。ちょっと格好が変わってるくらい、どうってことねえや」

「家柄は確かなんだし、何よりミカ様が選んだ人なら、それでいいじゃないか」


 領民たちの会話を聞くに、ミカの説得を聞いて、皆アイラの個性をひとまずは受け入れてくれたようだった。

 こうしてアイラの個性を事前に知らせた上で説得しておけば、アイラとの初対面の際にも、領民たちは極端に否定的な反応は示さないだろう。実際にアイラは優しい領主夫人となってくれるであろうから、後は時間と共に領内社会に馴染んでいくだろう。ミカはそう考えている。


「アイラさんは今まであまり実家の領都を出たことがないらしいから、見知らぬ土地に来れば不安もあると思う。優しい奥方様になってくれる彼女を、皆も優しく受け入れてあげてほしい。よろしく頼むよ!」


 ミカの呼びかけに、領民たちは元気よく応えてくれた。


・・・・・・


 八月の末。ヒューイット家の一行がヴァレンタイン領に来訪した。

 名目としては、アイラが婚約者となったミカと交流を深め、ヴァレンタイン領で過ごすことに慣れるための滞在。しかし実質的には、輿入れに伴う引越し。そのため、アイラの生活用品まで運んできた一行はなかなかの大所帯だった。

 二頭立ての荷馬車が二台と、アイラとパトリックが乗る装飾の施された馬車。そして護衛の騎士が数騎と兵士が数人。荷馬車には使用人も何人か乗っていた。


「ヒューイット卿、そしてアイラさん、ようこそ我が領地へお越しくださいました。ご無事でのご到着、何よりと存じます」


 車列の先頭に置かれた馬車から下りるパトリックとアイラを、ミカは笑顔で迎えた。アイラは数日の旅で少しばかり疲れている様子だったが、ミカと目が合うと、花が咲いたような笑顔を見せてくれた。


「ミカさん、お久しぶりです……お会いしたかったです」

「僕もです。アイラさんとまた会えるのを心待ちにしていました」


 照れたように言うアイラに、ミカは優しく微笑んで答えた。


「ヒューイット卿。はるばるご足労いただきありがとうございます」

「構わん。娘の暮らす地は、一度この目で見ておきたかったのでな」


 ミカが視線を移し、慇懃に頭を下げながら言うと、パトリックは軽く手を掲げながら答える。

 そして、領主館の門の方を振り返る。


「到着した際に窓から見たが、なかなか良い村だ。小さいが、規模に比して農地が広い。開拓がよく進んでいるのが一目で分かった……それに、穏やかな空気が漂っている。娘にとっても過ごしやすい地となるだろう」


 一千を優に超える人口規模のヒューイット領とは、比較にもならない小領地。それをこのように評するパトリックの言葉には、おそらくは世辞も多分に込められているのだろう。内心でそう考えながらも、ミカは微笑を崩さない。


「過分なお褒めの言葉をいただき、領主として大変恐縮に思います。アイラさんに幸せに過ごしてもらえるよう、全力を尽くす所存です……正式な結婚に先立ち、早くから彼女がここで暮らすことをご承諾いただき、私としても感謝しております」

「アイラもヒューイット家の城でいつまでも息苦しい思いをするより、己の振る舞いに理解を示してくれる卿と一緒にいる方が楽しかろうからな。事ここに至っては、できる限り娘の好きにさせる方が良いだろうと思っての判断だ」


 嬉しそうな表情を隠さないアイラを見ながら、パトリックは言った。やはり彼は、アイラの幸せの理解者ではないとしても、良き庇護者であることは明らかだった。

 ミカは再びアイラに向き直り、館の前に並ぶディミトリたちを手で示す。


「アイラさん、我がヴァレンタイン家の家臣と使用人たちを紹介します。もう顔は知っているかと思いますが、一番左に立っているのが、僕の従者と護衛、館の警備を務めるディミトリです。その隣が、ディミトリの妻で、家内の仕事全般を担うビアンカ。同じく家内の仕事を担う使用人のヘルガと、屋外の仕事全般を担う使用人のイヴァンです」


 ミカに紹介されたディミトリたちは、領主夫人となるアイラに一礼する。


「皆さん、初めまして。これからよろしくお願いしますね」

「アイラ様、お会いできるのを心待ちにしておりました。どうぞよろしくお願いいたします」


 代表してアイラに答えたのはビアンカだった。同年代の彼女から穏やかな笑顔で歓迎の言葉をかけられたことで、少々緊張していた様子のアイラも笑みを見せる。居並ぶ四人の誰からも好奇の目を向けられなかったことで、安堵している様子だった。


「お二人ともお疲れのことと存じます。小さな館ですが、どうぞ中でおくつろぎください」


 ミカはそう言って、アイラとパトリックを領主館の中へ案内する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ