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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第一章 ここは我が領地

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第37話 大収穫

 ミカがヴァレンタイン領への帰還を果たした六月下旬には、小麦やライ麦の収穫が概ね完了していた。

 大収穫、と呼ぶべき結果だった。ミカ一人では農地の全域を犂で耕すことは叶わず、例年よりも深く耕された農地は一部だけだが、その分だけでも目に見えて収穫量が増えていた。それほどまでに、犂を導入した効果は大きかった。


「皆大喜びです。これならパンにどんぐりなどの混ぜ物を入れなくて済むどころか、小麦の入ったパンを食べることができると喜び合っています……恥ずかしながら、私も皆と一緒にはしゃいでしまったほどです」


 収穫された麦穂が干され、早くに収穫されたものに関しては既に脱穀作業も始まっている様をミカと共に見回りながら、マルセルは照れたように言った。


「あははっ、冷静な君がはしゃぐほどの結果になってよかったよ……秋には大麦も同じ調子で大収穫できるだろうし、そしたらもう、君たちが食べる麦に困ることはなくなるね」

「はい。小麦とライ麦の収穫量だけでも足りそうなほどですから、この上で大麦も大収穫が叶ったら、麦粥やエールにしてもとても消費できないでしょう。そうなると、余った麦は領外へ売って現金化することになります……自分たちがまとまった現金収入を得られるようになるとは、去年の今頃は想像もできませんでした」

「僕にとっても、正直に言って予想以上に上手くいってるよ。領主になって一年目の成果としては十分以上だね」

「仰る通り、本当に素晴らしいご成果だと思います」


 領民たちがひもじい思いをしないだけの食料を生産し、生活に余裕を得られるようにすることこそが、領地発展の第一歩であるとミカは定めていた。できるだけ早くこの最初の壁を乗り越えようとは思っていたが、自分がこの地の領主となって一年ほどで達成の目途が立つとまでは思っていなかった。

 これも念魔法があったからこそ。小さいとはいえ村ひとつの農業生産力にこれほど大きな好影響をもたらすとは、やはり魔法は個人の力としては破格だとミカは思う。


「それにやはり、ミカ様が地税を据え置いてくださったことも、私たちにとっては幸いです。おかげさまで収穫量が増えた恩恵を存分に感じることができます」

「それならよかった。頑張れば生活は良くなるんだって皆が実感してくれるのが、まずは大事だからね」


 農村においては、税は農地に課される地税が主となる。耕作地の面積に比例して課され、納税方法は領地や地域によって異なるが、この村では小麦による物納が義務づけられている。

 そのためマルセルたち領民は、これまでは農地の一部で納税用の小麦を育ててその全てをドンダンド家に収めていた。残りの農地でより育てやすいライ麦や、時期をずらして栽培できる大麦を自分たちの食料として育て、しかしその収穫だけではやや足りないため、どんぐりや野草や小動物などを森で手に入れたり、川で釣りをしたりして不足分の食料をかき集める生活を送っていた。


 今年から収穫量の増加が見込めることになっても、ミカはひとまず農地面積あたりの地税を据え置いた。結果、昨年からの開拓によって広がった農地の分の税を納めても、領民たちの手元には今までより遥かに多くの麦が残る。ライ麦や大麦はもちろん、小麦でさえ、ミカに納税した上で領民たちが食べるなり現金化するなり自由に扱える分が多少残る。

 それでいて、農地面積そのものが増えているので、ヴァレンタイン家の税収は昨年までのドンダンド家の税収よりも何割も増えることになる。

 三圃制が本格的に開始され、農耕馬を導入して全ての耕作地を犂で耕す体制が確立されるまで、ミカは地税を据え置くつもりでいる。そうなって以降は、地税を上げてもそれ以上に収穫量が増加し、領民たちの手元に残る麦はむしろ増えるので問題ない。ミカも領民たちも、双方が手元に多くの麦を得て今まで以上に裕福になれる。


 ちなみに、この世界この時代のダリアンデル地方農村部においては、農地は村全体で共同管理されることが多い。この村もその例に漏れず、領民たちは広い農地を皆で管理し、各家の働き手の人数に応じてその農地の一部分を所有している。

 結果、各家の貧富の差は皆無に等しく、農業の方針に関して個々の裁量権は小さい代わりに、皆が共同体の一員として互いを守り合い、困っている者がいれば皆で助ける。言わば、村民全員がひとつの大きな家族のように暮らしている。


 ミカの前世でも、中世のかなり後半、場合によっては近世に至るまで、農村はこのような形で運営されていたのだという。なのでおそらくこの世界でも、農地を村全体が共同管理する態勢は何百年と続いていく。

 ミカとしても、現状の社会においては最善であろう態勢を無理に変えるつもりはない。農法や技術、さらには農業生産物を扱う商業やそれを支える社会そのものがもっと発展していけば、この世界の農村もミカの前世と同じ歴史を自然に辿っていくものと思われる。そうした時代の変化に対応するのは、ミカの何代も後の子孫の役目となる。


「後は、脱穀機をもっと用意した上で脱穀作業に臨めればよかったんだけど……」

「いえ、今年の収穫量増加に対応する上では、脱穀機がひとつあるだけでも十分です。皆、今までは棒を振るって脱穀していたのですから、それも合わせれば問題なく脱穀できます」


 脱穀機が使い物になることを確認した上で急ぎ増産しようにも、中核となる筒状の部品に関しては、鉄も用いるためにヴァレンタイン領だけでは作れない。エルトポリの工房にまた製造を依頼してはいるが、脱穀作業の時期に完成を間に合わせるのは難しい。

 なのでこの夏の脱穀作業では、脱穀機もフル稼働させるが、麦の穂を棒で叩く昔ながらの脱穀方法も併用される。


 夏の収穫期は、農村にとっては忙しい時期だが、同時に喜ばしい時期でもある。かつてない豊作の状況となれば尚更に。

 ミカがマルセルの説明を受けながら見回る中で、領民たちは賑やかに、楽しそうに、収穫と脱穀の作業を進める。


・・・・・・


 脱穀作業が完了し、領主家へ地税の小麦が納められた七月。ディミトリとビアンカの結婚式が開かれた。ヴァレンタイン領には神殿がないため、東隣のフォンタニエ領の神殿から神官が招かれ、神の前でディミトリとビアンカが夫婦になったことを宣言する儀式を執り行ってくれた。

 短く簡単な儀式の後、村の広場では二人の結婚を祝福する宴会が開かれた。


「はははっ! すげえぞこれ! 小麦だけで焼かれたパンだ!」

「祝い事のご馳走とはいえ、俺たちが小麦のパンを食えるなんて夢みたいな話だな!」

「さあディミトリさん、どんどん飲んでくれよ! エールは山ほどあるんだからな! 秋に大麦が収穫されたら、いくらでもエールを作れるようになるんだ!」

「おう、どんどん持ってこい!」

「いいぞ、その意気だ! ほら、おかわりだぞ!」


 大収穫の恩恵を存分に受けたご馳走を食べながら、領民たちは浮かれはしゃぐ。そしてディミトリは、今日の主役の一人として男たちに囲まれて酒を飲まされている。見た目の通りに酒も強い彼は、杯に注がれたエールをまるで水のように飲み干していく。


「本当に綺麗よ、ビアンカ!」

「良かったわねぇ。あんたの好み通りの偉丈夫で、おまけに誠実で優しい人と結婚できて」

「これからは領主館で暮らすのよね。羨ましいわぁ」


 一方でビアンカは、若い女性たちに囲まれて祝福され、照れたように笑っている。女性領民たちの共有財産である白いヴェールを被り、中央に銀の装飾があしらわれた首飾りを身に着け、上等な外套を羽織っているのが、今日の最大の主役たる花嫁の証。

 ミカの従者であるディミトリと結婚することで、ビアンカもヴァレンタイン家の家臣となる。彼女は今後、ディミトリと共に領主館に住み、ヘルガを手伝って領主家の世話を務める予定。老齢のヘルガが引退すれば、以降はその役割をビアンカが受け継ぐ。


「ビアンカ、あらためて結婚おめでとう」


 女性たちとの話も一段落した様子のビアンカに歩み寄り、ミカはそう言葉をかける。


「ミカ様! ありがとうございます。こんなに素敵な宴会を用意していただいて……」

「いいんだよ。これも僕の大切な従者と、その伴侶になる君のためだからね……ディミトリはヴァレンタイン家の家臣として、本当によく尽くしてくれてる。だからこそ、僕には見せないようにしてても、疲れることや悩むことも多いと思う。そんな彼にとって、君の存在は何より大きな支えになるはずだ。これから彼と、お互い良き理解者として支え合ってほしい」

「……分かりました。必ず、ディミトリさんと良い夫婦になります」


 ミカは真摯な表情で、ビアンカに伝えた。彼女も表情を引き締めて頷いた。


「ミカ様の結婚式も、皆ですごく楽しみにしてます。奥方様が来られたら、館が賑やかになりますね」


 一転して優しい笑みを浮かべ、ビアンカは言う。

 ミカがヒューイット家の令嬢と婚約した件は、瞬く間に領内に広まった。領主の婚約を知った領民たちは皆一様に驚き、そして祝福してくれている。まるで自分事のように喜んでくれている。


「あははっ、ありがとう。僕も早く、彼女をこの村に迎えたいよ……彼女が来るまでは、まだしばらく時間があるけどね」


 あの愛しい女性と、早く一緒にいられるようになりたい。ミカはそう思いながら、小さく嘆息した。

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