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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第一章 ここは我が領地

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第34話 市街地巡り②

 時刻は正午過ぎ。とりあえず昼食をとろうという話になり、ミカはアイラの案内のもと、このエルトポリの名物を売っている露店へ向かった。


 その名物とは、マルネズミ肉のパイ。

 兎ほどの大きさで、生命力を増すことに魔力の全てを注ぎ込んでいるような魔物であるマルネズミは、狭い屋内で飼育できる上に、麦藁や野菜くずなどを与えるだけで早く大きく育ち、おまけに簡単に増える。そのため、農村部はもちろん、特に都市部で数多く飼育される。

 このエルトポリも例外ではなく、ユーティライネン家は直営のマルネズミ飼育場を抱えているという。そこでは常に何千ものマルネズミが飼育され、都市住民や来訪者の食肉需要のうち少なからぬ割合を満たし続けている。


 このマルネズミたちの餌は、都市周辺の農地から得られる麦藁の他に、都市内で発生した野菜くずや残飯。ユーティライネン家は都市の衛生管理も兼ねて広場や商業区の路上へ食料ごみを捨てることを禁じ、代わりに安値でそれらを買い集めている。結果、エルトポリの市街地のうち、主要な箇所はそれなりに清潔な状況。

 そういうわけで、エルトポリで食べ物を扱う店ではマルネズミの肉がよく出てくる。味は兎肉によく似ており、なかなか美味。なかでもパイは定番の一品で、エルトポリ名物として知られているという。


 ミカとアイラはこのパイを市場の露店で購入し、さらにはパイ購入者の需要を見越してすぐ隣の露店で売られていた果実酒を買った。そうして、都市内でゆっくりと過ごせる場所として知られているらしい、神殿前の広場へと移動した。


「わあ、美味しいですねぇ。パイ生地はサクサクしていて、肉がぎっしり詰まっていて食べ応えがあります。さすがはエルトポリ名物ですね」

「ふふふっ、喜んでいただけて、紹介した甲斐がありました。幼い頃にエルトポリに来て、母と一緒に食べた思い出の味なんです。この都市に来たときは必ず食べるようにしています」


 神殿前の広場には木陰を作るための木が植えられ、花壇なども置かれ、賑やかな通りとは真逆の穏やかな空気が漂っている。ミカたちは木陰に座り、パイと果実酒の昼食をとる。ちなみにアイラは、マルネズミのぬいぐるみを可愛がってはいるが、だからといってマルネズミ肉を食べることに忌避感があるわけではないらしかった。

 広場には他にも、座って談笑したり、ミカたちのように食事をしたりしている者たちがいる。掃除や、木と花壇の手入れをする神官の姿も見られる。ディミトリは少し離れた位置に立ち、アイラの護衛もおそらくはミカたちの視界の外のどこかにいる。


 心安らぐ雰囲気の中、食事を終えたミカたちは和やかに談笑する。

 ミカが語るのは、領主になるという夢を抱え続けた半生と、実際に領主となってからの日々。そして領主として自分が抱いている信念について。


「――今は、毎日が充実していて本当に楽しいです。家臣や領民たちに敬愛されて、彼らと協力しながら領地を少しずつ発展させる日々は、これ以上ないほど幸せです。生涯を捧げる価値のある幸せだと思っています……この幸せを守るためにも、もっと頑張らないといけません。庇護下の者たちがもっと豊かに、そして平和に暮らせるよう、全力で努めないといけません。そうして良き領主として生き抜くことで、自分の夢は真に完遂されるのだと思っています」


 そこまで語ったミカは、アイラが無言でこちらを見ていることに気づき、照れたように笑う。


「っと、すみません、自分の話ばかり長々としてしまって。きっと退屈でしたよね、こんな新参の弱小領主の夢など聞かされて……」

「……いえ、そんなことありません」


 アイラは答えながら、うっとりとした笑顔になる。


「とても意義深くて、立派で、本当に素敵な夢だと思います。ミカさんがご自分だけでなく、家臣や領民の幸せをも心から願っていることがよく伝わりました……ミカさんのような領主様を戴くヴァレンタイン領の人々は、とても幸せだと思います、これからもっと幸せになっていくんだろうなと思えます。私も……」


 アイラはそう語り、さらに言葉を続けようとして、しかしそれ以上は語らなかった。自分の仕草を誤魔化すように曖昧に笑っただけだった。


 そして、今度はアイラが自身について語る。亡き母との思い出。自身の装束や、ぬいぐるみのアンバーに抱く想い。さらには抱えている葛藤について。


「黒い服も、リボンも、フリルも、このアンバーも、全部が大好きです。すごく可愛いと思っています。この服を着てアンバーを抱いていると、自分は幸せだと思えます。この幸せな気持ちに嘘はありません……だけど、家族や親しい家臣たちからは、それは母のことを忘れられないからだと言われます。母の面影に、幼い頃の思い出に縋っているだけだと」


 アイラはそう言いながら、おそらくは無意識に、アンバーを抱く両手に力を込める。ぎゅっと抱き締められたアンバーが、また首を傾げているようにミカには見えた。


「私に自由にさせてくれる家族には、もちろん感謝しています。家族を愛しています。家臣たちのことも好きです。でも、そんな風に言われたときは、やっぱり寂しく思ってしまいます……信じて愛している人たちからそう言われると、皆が正しいのかな、と思うこともあります。私の幸せな気持ちに嘘はなくても、この幸せを誰からも理解されないのだとしたら、それは私の幸せそのものが間違っているのかもしれないと」


 少し震える声で語ったアイラは、目元を指で拭った。その仕草を誤魔化すように、ミカに笑みを向けた。


「ごめんなさい。せっかく会っていただいているのに、こんな暗い話をしてしまって」

「いえ、そんなことはありませんよ」


 先ほどとは逆に、ミカの方が答えながら笑みを見せる。


「……アイラさんと知り合ったばかりの僕がこのように言っても、どれほど慰めになるかは分かりませんし、もしかしたら分をわきまえない生意気な物言いかもしれませんが」


 ミカは頭の中で言葉を組み立てながら、そう前置きする。


「確かにアイラさんの幸せは、幼い頃のお母様の言葉や、お母様との思い出をきっかけに生まれたものなのでしょう。それを、アイラさんがお母様に縋っているだけだと周りが評するのなら……逆に、何故縋ってはいけないのかと、アイラさんの代わりにその人たちへ問いたくなります」


 語るミカの声には、自然と力が込められる。


「領主になるという僕の夢は、子供の頃に読んだ物語をきっかけに生まれました。僕はこの夢を生涯抱えていくと決めています。それが自分の幸せだと心から信じています。それを、子供の頃の思い出に縋っているだけだと言われるのであれば、だからどうしたと言い返すでしょう……誰の中にある幸せも、それを幸せと思うようになったきっかけがあるはずです。他の多くの人とはかたちの違う幸せだからといって、アイラさんの幸せだけがそんな風に言われ、否定される道理はないはずです。だから、アイラさんの幸せが間違っているなどということは、決してありません」


 自分なんて、幼い頃どころか前世からずっと引きずり続けている夢を、未だに人生の軸に据えている。絵本の王様に憧れたことをきっかけに夢を抱き、その夢の成就を己の幸せと定義づけ、二つの人生をここまで駆け抜けてきた。そうして夢を叶え、これからも夢の中で生きていくと決めている。自分のこの生き方を、幸せを、誰かに否定される筋合いはない。

 それはアイラも同じこと。自分らしい自分でいたいという彼女の等身大の願いが、その願いを抱くきっかけが幼い頃の思い出だからといって、どうして否定されなければならないというのか。彼女は身に纏う幸せを守りたいだけなのに、周囲は何故それを悪く言う。

 これまで自分が感じてきた悲しさや悔しさを彼女に投影し、ミカは思ったままに語る。

 そして、ふと我に返る。自分は今、有力領主家のご令嬢の前で、その家族や家臣を非難するような物言いをしなかったか。


「あっ……すっ、すみません。決してその、アイラさんの父君やご兄姉、家臣の皆さんを非難するつもりではなく……」

「いえ、大丈夫ですよ。分かっていますから……むしろ、ありがとうございます。何というか、とてもすっきりしました」


 アイラはそう言って、クスッと笑った。

 そして、身体ごとミカの方へ向き直る。


「ミカさんは本当に、私の幸せを理解してくださるのですね」

「……理解しているつもりです。アイラさんにもそう思ってもらえているのなら嬉しいです」


 満ち足りた笑顔のアイラに見据えられ、ミカは真摯な表情で答えた。

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