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第3話 転機

 魔法とは、ごく一部の人間に発現する稀少な特殊能力。ミカが生家で読んだ書物には、魔法使いはおよそ五百人から千人に一人の確率で誕生すると書かれていた。

 時期としては、十歳前後から十代後半の頃に突如として発現する。魔法の才が宿る条件は未だ不明で、例えば魔法使いの子孫だからといって特に魔法使いになりやすいということはない。


 魔法にはいくつもの種類があり、最も多く発現するのが、術者の身体能力を高める肉体魔法。その中でも大半を占めるのが全身を強化して人並み外れた強さを得る魔法だが、視力や聴力など一部の身体能力に特化して強化する魔法の持ち主もいる。

 次に多いのが、火、水、土、風を操る魔法。火魔法は敵陣への攻撃に、水魔法は軍隊や隊商などへの水の供給に、土魔法は土木作業に、風魔法は矢避けなどの陣地防御に効果を発揮するものとして重宝されてきたという。


 割合としては少なくなるが、他にも十以上の魔法が存在する。その中に、念魔法――手で触れることなく念力を使い、意のままに周囲のものを動かす魔法があるという。ミカの前世で言うところの、サイコキネシスなどと呼ばれる類の能力。

 状況からして、自分に発現したのはおそらくこの念魔法だろうとミカは推測した。信じられない話だが、こうして目に見えるかたちで起こった以上はそう考えるしかなかった。


 試しにミカは、傭兵の死体の頭にめり込んだ石が宙に浮かぶ様を想像する。すると、石はミカの思った通りに動く。めしゃりと嫌な音を立てながら傭兵の頭から離れ、血や脳漿をしたたらせながら宙に浮かび上がる。やはりこの力は念魔法と見て間違いないようだった。


「こ、こいつ魔法使――」


 死んだ傭兵の左隣に立っていた傭兵が叫ぼうとしたので、ミカは咄嗟にその傭兵を石で殴る。石はミカの思った通りにその傭兵の方へ飛び、胸のど真ん中に重い石が直撃した傭兵は吹っ飛ばされて後方の木の幹に叩きつけられ、口から血を吐きながら沈黙する。

 このままやれるところまでやってしまおう。ミカはそう考えながら、今度は反対側へ勢いよく石を飛ばす。死んだ傭兵の右隣に立っていた傭兵の首に石が直撃し、なんとそのまま頭を千切り飛ばしてしまった。


「こいつが最優先だ! 殺せ!」


 傭兵の一人が叫び、切りかかってくる。ミカはまた石を操り、剣が自身の身体へ届く前にその傭兵を二度、三度と殴る。最後の一撃で顔面が潰れた傭兵は、それで動かなくなる。

 と、ミカが目の前の敵目がけて石を振るっていた隙を突き、一人の傭兵が真後ろに迫ってきた。振り返ると、今にも自分の頭めがけて戦斧が振り下ろされようとしていた。

 まずい。石を飛ばしても間に合わない。ミカが身を竦ませた次の瞬間、その傭兵が横方向に吹き飛んだ。未だ戦意を保っていた敗残兵の一人、大柄な男が体当たりを敢行した結果だった。突き飛ばされた傭兵が立ち上がる前にミカがまた石を操り、叩き落とすと、ちょうど股間の辺りを潰された傭兵は濁った絶叫を上げた後に動かなくなった。


「か、勝てる!」


 ミカは思わず叫んだ。その言葉で、突然の事態を前に硬直していた他の四人の敗残兵たちも、弾かれたように動き出した。手元に残っていた武器を振るい、あるいは死んだ傭兵の武器を拾い、残っている傭兵たちに襲いかかる。ミカを救った大柄な男も、股間を潰された哀れな傭兵の戦斧を拾って振り回す。

 そしてミカは、引き続き魔法で石を操って戦う。自由自在に空中を飛び回り、数十キログラムはあろう質量で襲い来る大きな石を前に、傭兵たちは為す術もない。

 勝ち目がないと見たのか、ついさっきまでミカたちを追っていたはずの傭兵たちは、間もなく自分たちが逃走する側となった。逃げ延びたのは三、四人だけ。戦闘が終わると、ミカたちの足元には傭兵の死体が八つ転がっていた。


「……」


 生き残った。生き残れてしまった。ミカは呆けた顔で、思わずその場に座り込む。右手の光が消え、浮いていた石は鈍い音を立てて地面に転がる。


「……すげえ!」


 敗残兵の一人、先ほどミカを助けてくれた大柄な男が、突然大声を出した。ミカがびくりと身を竦ませて彼の方を向くと、彼もミカの方を見ていた。


「あんた凄えよ! おかげで助かったぜ!」

「そ、そうだな。あんたのおかげだ。もう駄目かと思ったのにまだ生きてる」

「命の恩人だよ、ありがとうな!」

「まさか魔法使いだったなんてな……」

「だからまだ子供なのに戦争に参加してたのか?」


 大柄な男に続いて、他の四人も口々に言う。


「あはは、どうもどうも……実は僕、ただの通りすがりなんです。流れ者として旅をしてて、ちょうどあの平原を横切ってたら、皆さんの敗走に巻き込まれて。それに、今までは魔法使いじゃありませんでした。ちょうどさっき魔法が発現したんです。自分でももうびっくりで……」


 ミカが立ち上がりながら語ると、五人の敗残兵たちは唖然とする。


「そりゃあまた……通りすがりでこんな目に遭うとはなんて運のない」

「いや、あんな土壇場で魔法が発現するなんて、むしろ運が良いだろ」

「ああ、幸運なんてもんじゃねえ、豪運だよ」

「あんたきっと神様に愛されてんだよ! ますます凄えよ!」


 他の敗残兵たちがまた口々に言う一方、大柄な男がますます感動した様子で、すげえすげえとくり返す。

 それからミカたちは、倒した傭兵たちの装備と服を剥ぎ取る。戦いで敗けた者が金目の物を奪われるのは必然。傭兵たちの武器や防具、そして服も、死んだ彼らにはもはや必要ないので全て頂戴する。

 また、傭兵は全財産を身に着けて持ち歩くものなので、現金もそれなりに手に入る。銅貨や銀貨だけでなく金貨まであった。


 周辺にはもはや追撃戦の喧騒はなく、どうやら敗走した軍勢も追撃する軍勢も、既に東の方へ去ってしまったらしかった。ミカたちは誰にも邪魔されることなく、楽しい戦利品分配を続ける。

 均等に山分けしてもひと財産になりそうな戦利品。それを、ミカは半分近くも受け取った。ミカの魔法があったからこそ手に入れた戦利品だからと、五人の敗残兵たちが差し出してくれた。


「さてと……それじゃあ、解散ですかね?」


 剣やら槍やら鎧やら小手やら兜やら、本来一人ではとても運びきれない量の戦利品を縄でひとまとめに縛って魔法で持ち上げながら、ミカは言った。それぞれの取り分を抱えた敗残兵たちは、皆あらためてミカに礼を言って去っていった。

 最後に残ったのは、あのとき傭兵への体当たりでミカを救ってくれた大柄な男。彼は去る気配がなく、何やら考え込むような顔をしばらく見せていたかと思うと、ミカの方を向いて口を開く。


「なあ、魔法使いさんよぉ。あんたはこれからどうするんだ?」

「僕? 僕はねぇ、どうしようかなぁ……元々、どこか無人の土地を開拓して領主になるために旅をしていた身で、南の大都市に行って開拓資金を稼ぐつもりだったんだけど。この戦利品を売ったらそれだけで結構な大金になるだろうし、念魔法があれば普通よりもお金をかけずに開拓できるだろうから……東に行ってみようかなぁ。大きな領地が少ない東の方が、新しい領地を作って維持しやすいだろうから」


 山脈に周囲を囲まれたダリアンデル地方は、山脈が途切れて他の地域と平原で接する南西部に近づくほど発展している。だからこそミカは、もっと南に進み、他地域との境界近くにある大都市に向かおうとしていた。

 しかし、もはや時間をかけて大金を稼ぐ必要がないとなれば、大領主家が強い影響力を誇る南に向かう意味はあまりない。それよりも、中小の領地が並び立ち、割り込む余地の大きそうな田舎――北や東に向かう方がいい。ただしあまり生家に近い地域に自分の領地を構えることは避けたいので、となれば東に向かうのが最善だとミカは考えた。


「ってことは、上手くいけばあんたは領主様になるってことか。いや、それだけ凄いあんたのことだから、きっと上手くやって本当に領主様になるんだろうな……よし」


 何かを決意した様子で呟いた大柄な男は、急にその場に膝をつき、ミカを見上げた。


「頼む! 俺を連れていってくれ!」

「へえっ?」


 男の突然の行動を受け、ミカは素っ頓狂な声を上げた。


「俺は貧乏農家の三男で、無駄に図体がでかくて大食らいだからって家じゃあ厄介者扱いされてきた。村から戦争に何人か出すことになったときも、家族からお前が行って来いって差し出されたくらいだ……だからもう、家には帰りたくねえ。だけど俺一人じゃあ、この戦利品を上手く売れるかも分からねえ。この先自力で上手くやっていける気がしねえ。だからあんたについていきたい」


 そう言って、男は平伏する。地面に額をぶつける。巨漢の男が、小柄で華奢なミカにひれ伏すという奇天烈な構図が生まれる。


「腕っぷしには自信があるから、俺があんたの背中を守るし、あんたが寝てる間も守る。その他にも、雑用でも何でもする。だから俺をあんたの従者にしてくれ。いや、してください! お願いします!」


 男の懇願にミカは面食らいながら、思案する。

 継ぐべき財産もない農家の次子以下が、結婚もできないまま家にい続け、冷遇されて使用人や奴隷同然の扱いを受けるというのは珍しくない話。ましてや貧農家となれば尚更に。自身も家では邪魔者扱いだったミカは、男の境遇に共感を覚える。

 本人も言った通り、男は体格が良く、腕っぷしが強いのは間違いない。背はミカより頭ふたつ分も高く、身体は縦にも横にも厚く、腕なんて華奢なミカの太ももよりも太い。

 ミカは魔法が使えるようになったとはいえ、前と後ろを同時に見ることはできず、夜には睡眠を必要とする人間。無防備になる場面は多いはずで、そんなときにこの偉丈夫が守ってくれるのであればとても心強い。


「……うん、いいよ。一緒に行こう」


 ミカが答えると、男は顔を上げる。ハッとした表情でミカを見上げる。


「ほ、本当に?」

「君は頼りになりそうだ。それに、そろそろ旅のお供が欲しいと思ってた。だから連れていくよ……これから一緒に頑張ろう。僕が領主になれたら、従者の君にもいい目を見させてあげるからね」

「あ、ありがとうございます! 後悔はさせねえ、頑張ります!」


 立ち上がって意気込む男にミカは微笑を向け、そして尋ねる。


「ところで、君の名前は?」

「俺ぁディミトリって言います」

「そっか。僕はミカだよ。これからよろしくね、ディミトリ」


 ミカが手を差し出すと、ディミトリはしっかりとその手を取り、二人は固い握手で主従の契約を交わした。

明日からしばらく毎日12時に更新したいと思っています。

楽しんでいただけましたら、ブックマークや星の評価をいただけると執筆の大きなモチベーションになります。何卒よろしくお願いいたします。

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