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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第一章 ここは我が領地

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第29話 会談

 ひとまずミカは、家名を伏せつつ自身の出自を説明し、ヴァレンタイン領の領主となったいきさつと、先日の戦いの詳細を語った。サンドラも既に噂として聞いてはいるだろうが、往々にして噂は不正確なものとなるため、己の口から正確なところを語った。


「――というわけで、ひとまずは近隣に対して我が領の当面の安寧を手に入れたと考え、この度こうして自領の外に出て、ユーティライネン卿へのご挨拶に伺いました。少々特殊な経緯で領主となった新参者であり、また貴家とは比較にもならない小領家の主ではありますが、エルトポリの経済圏内に領地を持つ身として、今後ユーティライネン家と友好的な関係を築かせていただきたく存じます……それに際して、ひとつ手土産を」


 そう言って、ミカは後ろに立つディミトリを振り返る。ディミトリは頷き、傍らに置いていた袋の中から脱穀機を取り出し、長机の横に置く。

 端から見れば随分といかつい道具だが、これが武器などではないことは、荷馬車から降ろす際にユーティライネン家の文官と騎士に確認してもらっている。


「これは麦の脱穀作業を飛躍的に効率化させる道具です。私は単にそのまま、脱穀機と呼んでいます。この脱穀機についての情報を、今回の挨拶に伴う手土産とさせていただければと存じます」


 そう言って、ミカは脱穀機の持ち手を回してみせながら、その構造や使用方法を説明する。


「ご覧の通りさして複雑な仕組みではありませんが、脱穀の効率は棒で打つ場合と比較して十倍以上にもなるかと思います……実はこちらへ運ぶ前、この主館の外で実演させていただきました。そちらに立っている貴家の家臣に、私が自領より持ってきた麦を脱穀する様を見てもらい、この脱穀機の有用性を確認してもらいました」


 ミカが語ると、サンドラは部屋の隅に控える文官の方を向いた。身なりからして家臣の中でもかなり上位の立場であろう老文官は、ミカの言葉が正しいことを示すように静かに頷いた。


「なるほど、これは面白い……脱穀作業は農民たちにとって重労働で、領地発展の足枷のひとつとなっている。それが大幅に効率化されるのであれば、まさに画期的と言える発明だ。挨拶ついでの手土産としては何とも気前が良いな」

「恐縮に存じます。私がこの地域の安定と発展に貢献し、貴家と末永く友好関係を築く意思があることの、せめてもの証と思っていただければ幸いです」


 どうせ放っていても、脱穀機の存在はいずれ領外にも知られ、情報が広まる。であれば自ら他家に教え、友好姿勢を示す政治の道具とした方がいい。そう考えたからこそ、ミカは隣人たちにも、このサンドラにも脱穀機を披露した。


「そうか。卿が心から当家との友好関係を望んでいることはよく分かった。エルトポリの経済圏を守る立場として、卿のような友人は大歓迎だ。貴家とは今後とも仲良くしていきたいと私も思っている。この地域をより一層栄えさせるため、共に歩んでいこう」

「そのように仰っていただけて、誠に嬉しく存じます。どうぞよろしくお願いいたします」


 ユーティライネン家とその周辺の領地の領主家に、明確な主従関係はない。とはいえ、この地域においてユーティライネン家が大きな影響力を持っていることは揺るぎない事実であり、だからこそミカは最後の訪問先としてエルトポリを選んだ。ユーティライネン家の当主と一定の繋がりを持ち、ひとまずの友好関係を築くために。

 初めての挨拶でこれだけ好意的な反応をもらえたのであれば、上出来と言っていいだろう。そう思いながら、ミカはサンドラと握手を交わした。


・・・・・・


 会談が終わり、ミカ・ヴァレンタインが辞した後。城の主館を出ていく彼を執務室の窓から見下ろしながら、サンドラは薄く笑む。


「なかなか使えそうな若者だ。お前もそう思うだろう?」

「はい、閣下。彼はただ強力な魔法の才を持っているだけでなく、聡明な人物である上に、極めて友好的な態度を示してきました。将来有望な、気鋭の小領主かと存じます……ユーティライネン家にとっても、良き友人になる可能性が高いかと」


 サンドラの問いかけに頷いたのは、先ほどの会談の場にも控えていた家令。サンドラの父の代から仕える最古参の家臣であり、文官や使用人の統率と、行政におけるサンドラの補佐を担う老家令は、あのミカという青年に対してサンドラが抱いたものと同じ感想を語った。


 ダリアンデル地方の多くの領主たちと同じように、サンドラもまた自家の繁栄を望んでいる。ただし、積極的に他領へ侵攻するような野蛮なやり方は望んでいない。そのような安易な手段で敵を増やしながら権勢拡大を成そうとすれば、代々の当主の努力によってこの地域に築かれたユーティライネン家の影響力が損なわれ、結果的にはかえって権勢が衰えるだろうと考えている。

 それよりも、この地域における自家の影響力を守り、さらに拡大していくことで周辺の小領主たちを従属させ、引き換えに庇護を与え、強固な連帯を成すべき。そうすることこそが、徐々に変化していくこの不安定な時代を生き残り、子々孫々の時代までユーティライネン家をこの地域に君臨させる最善の道であると考えている。


 この考えに則って立ち回る上で、頼りになる味方――有能な従属者は一人でも多い方がいい。その点、あの青年は見込みがある。

 彼には自領の数倍の兵力を誇る軍勢を撃退する力がある上に、その動きを探ったところ、犂を導入するなどして領地運営も上手くやっているらしい。それでいて攻撃的な野心は見せておらず、この地域の中心人物たる自分のもとを訪問し、有益な情報を手土産に差し出すなど、周辺の領主に対して友好姿勢を積極的に示している。己の小さな領地を守り育てるには、周囲との協力が極めて重要であると、正しく理解している様子。

 彼があの調子でこの地域の安定と発展に貢献し続ければ、それは結果としてサンドラの目標を利する。

 それでいて、元が人口百人の弱小領地の主となれば、どれほど上手くやったとしてもそうそうユーティライネン家の権勢を脅かさない。彼が生涯をかけて領地発展に尽力し、その結果ヴァレンタイン領の抱える人口が数倍に、たとえ十倍になったとしても、こちらよりも遥かに弱い。


 将来的にもユーティライネン家の脅威となる可能性が低く、むしろこの地域に利益をもたらしてくれるであろう存在。極めて都合が良い。

 まだ一度会って話しただけだが、そこで得た印象の限りでは、大いに歓迎すべき人物に思えた。


「……ミカ・ヴァレンタインか。あの若者とは、今後長く深く付き合っていく予感がするな。今はまだ、ただの勘に過ぎないが」


 サンドラは独り言ちるように言いながら、あの若者が今後も良き味方となることを願う。


・・・・・・


「ひとまず、使えそうな新参者だとは思ってもらえたみたいですね。これで一安心です」

「はい。交渉と交易によって味方を増やすことを重視するユーティライネン閣下の気質から考えると、最善と言える会談だったかと存じます」


 エルトポリ城の主館を出たミカは、アーネストと話しながらジェレミーの待つ荷馬車のもとへ歩く。ミカの傍らには魔法で持ち上げられた脱穀機が浮遊し、ミカの後ろには護衛のディミトリが付き従う。


 アーネストから聞いていた話によると、サンドラ・ユーティライネンは、自領の領都を中心とした経済圏の安定と発展を重視する現実主義者。自家を舐められれば武力を用いて相応の報復に動くことをためらわないが、自ら攻撃的な手段に出ることはほぼない。相手が小領主だからといって襲ったりすることはない。そんな振る舞いをする人間ならば、そもそも周辺の小領地と共に安定した経済圏を維持することなどできないので、当然と言えば当然の話だが。

 そこから考えるに、既に近隣の領主たちから存在を認められた自分は、サンドラにも受け入れられるだろうとミカは予想していた。この地域の安定と発展に貢献し、ユーティライネン家と友好的に交流していく意思があることを示し、その証として何か利益を提供してみせれば、彼女はヴァレンタイン家をこの地域の新たな領主家として認め、穏やかに接してくれるだろうと。


 その予想は無事に的中した。ユーティライネン家から領主と認められた以上は、この地域でヴァレンタイン領を理由もなく狙う領主家はおそらくもういない。

 遠く別の地域から侵略の手が伸びてくるような事態は起こり得るだろうが、そのような場合はおそらく周辺の領主家と協力して戦うことになるので、少なくともヴァレンタイン領が狙い澄まされて襲われるわけではない。


「今回のエルトポリ訪問で一番重要な仕事は終わったことですし、明日からは……ん?」


 そのとき、ミカは空から何かが降ってきたことに気づく。

 ひらひらと風に乗り、ちょうど手元に舞い落ちてきたそれを、そっと掴む。


「これは……」


 見てみると、それは黒いリボンだった。


「あのっ、すみません! そちらのリボン、私のです!」


 地上よりもずっと高い位置から、女性の声が聞こえた。ミカがそちらを振り返ると、そこにあるのは主館と接するように建てられた、このエルトポリ城の主塔。

 その頂上をミカが見上げると――黒髪の女性が、こちらを見下ろしていた。

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