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第28話 エルトポリ

 ユーティライネン卿との面会については、アーネストが約束を取りつけてくれた。

 ミカから預かった戦利品や狩りの成果物を現金化する過程で、エルトポリの大商会との伝手を築いたアーネストは、ユーティライネン家の御用商会でもあるその大商会を介し、ユーティライネン卿にミカの意向を伝えて面会の承諾を得てくれた。

 隣領への訪問を終えた六月の中旬。ミカは一度ヴァレンタイン領を訪れたアーネストを案内役とし、留守中の領民たちの統率はマルセルに任せ、エルトポリへと出発した。


 ヴァレンタイン領からエルトポリまでは、歩いて二日の距離。脱穀機や売却予定の毛皮などの荷物はアーネストの荷馬車に積ませてもらい、ミカは御者台で彼の隣に座る。護衛のディミトリと、荷物持ち兼雑用係として同行する領民ジェレミーは、荷馬車の傍らを歩く。

 そうして粗末な街道を東へ進みながら、ミカは暇を潰すためにアーネストと雑談に興じる。


「なるほど。そのミハイルさんが、アーネストさんにとっては行商の師というわけですか」

「ええ、そういうことになります。師と言うよりも、もはや第二の父親と言うべきかもしれませんね。一緒に過ごした年月としては、実の父よりも長かったですから」


 一日目の午後。ミカはアーネストから、彼のこれまでの半生について聞いていた。

 元々はこの辺りよりも東の方、ダリアンデル地方の東の終点である山脈沿いの大都市に生まれたというアーネストは、どうせ土地を継げない農家の末子の立場に見切りをつけ、十歳を前にミハイルという行商人の従者になり、様々な人里を巡る日々を送ったという。


「ミハイルさんは、誠実さこそが商人にとって最も重要な資質であると信じていました。小手先の駆け引きに溺れ、顧客や同業者を騙すような真似をするのではなく、誠実な取引を続けることで商人は最大の利益を得られる。帝国時代の大商人が唱えたと言われているこの教えを、彼は心から信じていました。そして、実践していました……商人として大成し、己の信念が正しいと証明する前に病に侵された彼の無念は想像するに余りあります。だからこそ、私は病床の彼に誓いました。あなたが正しかったことを私が証明すると」


 アーネストは珍しく声に力を込めて語り、そしていつも通りの柔和な表情でミカの方を向く。


「私なりにミハイルさんの誠実さを見習って商売をしているつもりでしたが、こうしてヴァレンタイン閣下と出会い、重用していただいていることは、本当に幸運なことだと思っています。ミハイルさんから受け継いだ信念はやはり正しかったのだと確信できました」

「……そう言ってもらえると、僕も光栄です。一緒に大成を目指すことで、アーネストさんの受け継いだミハイルさんの信念が正しかったと証明する手伝いをさせてください」


 ミカも笑みを浮かべ、そう答える。

 アーネストは大商人ではない。むしろ零細の一行商人に過ぎない。しかし、彼が語った半生や、何より彼のこれまでの働きを見るに、彼は信用できる。弱小領主の自分にとって、信用のおける御用商人を抱えていられることがどれほど幸運なことか。

 彼と懇意にしている自分もまた、彼の師である行商人ミハイルに感謝しなければと、ミカはそう考える。


・・・・・・


 道中は特筆すべき出来事もなく、ミカたちは二日の移動を終えてエルトポリに辿り着いた。


「す、すっげえ! これが都市っすか! すっげえ!」

「……確かに、こいつは凄えや」


 通行料を支払って城門を潜り、城壁に囲まれた市域に入ると、ジェレミーとディミトリが唖然としながら辺りをきょろきょろと見回す。

 この世界のこの時代、大半の者は生まれた人里からほとんど出ずに生涯を終える。生まれてから今まで故郷の村を出たことがなかったジェレミーも、元は農村出身のディミトリも、都市を見るのはこれが初めてだった。石造りの城壁の中、建物がひしめき合う通りを大勢が歩く光景は、彼らにとって凄まじい衝撃をもたらすものだと想像できる。


「何千人が暮らす都市を見たことは、片手で数えられる程度しかありませんが……今までに見た都市と比べても、ここはとても賑やかですね。さすがはこの地域の中心都市です。アーネストさんはいつもこんなに栄えた都市を出入りしているんですね」

「はい。とはいえ、自分の店どころか家も持っていない身ですが」


 ミカが感心した表情で言うと、アーネストは微苦笑して答えた。

 今世においてミカが一定規模の都市を訪れたのは、幼い頃に亡き父に連れて行ってもらったことが一回。故郷からこのダリアンデル地方南東部へ旅をした際に、宿として利用したことが数回。

 前世においては何千どころか何十万もの人間が暮らす都市で生きていたが、そんな記憶も今や遥か遠く。せいぜい人口数百人の村ばかりを見慣れた今世の自分にとっては、人口およそ二千人のエルトポリは十分すぎるほど立派な都市だった。


「ひとまず、私がいつも利用している宿屋に向かいましょう。皆さんをお連れして泊まることは宿屋の主人に事前に知らせてあるので、部屋は問題なくとれるはずです」

「それは助かります。色々とありがとうございます」


 今回、エルトポリには一週間ほど滞在し、様々な用事を済ませる予定。ミカたちはアーネストに案内され、今回の滞在の拠点となる宿屋へ向かう。


・・・・・・


 宿屋で一夜を明かし、翌日。ミカはディミトリとジェレミーを連れ、アーネストと共にユーティライネン家の居城へ向かった。

 エルトポリの他に七つの村を領有し、およそ四千の人口を抱えるユーティライネン領。その領主家の居城ともなれば、さすがに立派だった。エルトポリの市域の北側、市街地よりもやや高い台地の上で石造りの城壁に囲まれたエルトポリ城は、同じく石造りの主館と塔、木造の別館や倉庫などを備えた荘厳な城だった。


 昨日にアーネストが先触れとしてミカの来訪を予告していたので、ミカがヴァレンタイン家の家紋旗――昨年のうちにミカ自身で考えた、知恵の鳥であるカラスが自由に空を舞う姿を描いた紋章の旗を示して身分を名乗ると、城門を管理する騎士は入城を許可してくれた。

 城内の前庭の一角に荷馬車を停めた後は、ユーティライネン家の文官に案内され、主館の一室へ通された。長机を挟んで向かい合うように長椅子が置かれ、壁が絵画で飾られた応接室らしき部屋でしばらく待っていると、間もなく一人の女性が入室してきた。


「ユーティライネン家当主、サンドラ・ユーティライネンだ。そちらがヴァレンタイン卿だな?」


 アーネストから聞いた話では、齢は三十代半ばほど。身長は女性としてはかなり高く、ダリアンデル地方の平均的な男性よりも長身。短めに揃えた黒髪と鋭い目が印象的な女性は、そう名乗りながらミカを見据える。


「はい、私がヴァレンタイン家当主、ミカ・ヴァレンタインです。本日は会談のお時間を頂戴し、誠にありがたく存じます」

「卿の噂は私も耳にしていた。遠路はるばるよく来てくれた。座って楽にしてくれ」


 ミカが起立して名乗ると、サンドラは厳しそうな雰囲気とは裏腹に穏やかな声と微笑で言い、着席を促してきた。

 彼女はミカを「ヴァレンタイン卿」と呼んだ。それはすなわち、あの村を実効支配して政治的にも軍事的にも成果を上げたミカを、近隣の領主たちと同じように彼女もまた領主と見なしてくれているということ。

 領主として訪問することへの承諾を得た時点で予想していたことではあるが、こうして面と向かって寛容な態度を示されたことに安堵しつつ、ミカは再び着席する。机を挟んだ正面にサンドラも座り、そして使用人の手でお茶が並べられる。


「護衛が物々しく見えるだろうが、気にしないでくれ。初対面の領主、それも魔法使いと話すのであれば、しっかり護衛をつけろと家臣たちが煩くてな。致し方なくこのような様となった」

「私のような得体の知れない新参者との会談となれば、家臣の皆さんが心配するのも当然のことと思います。こちらは全く気にしません」


 ため息交じりに語ったサンドラに、ミカは微笑で答える。

 サンドラの後ろには、護衛の騎士が二人。うち一人は、さすがにこちらに向けはしないものの、矢の装填されたクロスボウを所持している。もしミカが念魔法でサンドラを害そうとすれば、その魔法が発動する前にクロスボウを向けられる態勢。

 そしてもう一人の騎士は、おそらく肉体魔法使い。ミカは同じ魔法使いとして、気配で察する。ユーティライネン家ほどの大領主家ならば何人も魔法使いを抱えているはずで、その一人が領主の警護を担っていてもおかしくない。


 一方でミカの側は、この会談の場を整えてくれたアーネストも隣に座って同席し、後ろには護衛のディミトリが控える。ディミトリは戦斧の刃を革製の鞘で覆って自身の方へ向け、杖のようについて持つことで相手側に敵意がないことを示しているが、こちらもいざとなれば即座に鞘を外して斧を持ち上げ、振るうことができる。

 ちなみに雑用係のジェレミーは、荷馬車の荷物番として外に残してあるのでこの場にはいない。


「そう言ってもらえてよかった。さて、今回は顔見せの挨拶と、何やら手土産があるとのことだったが……」

「はい、まさしく仰る通りです、まずは私の得体が知れるよう、少しばかり自己紹介をさせていただきたく」


 サンドラ言葉にミカは頷き、そして本格的に会談が始まる。

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― 新着の感想 ―
カラスのエンブレム、3本足だと日本人としては嬉しいけどな
大領主は女傑の方でしたか 知識チートを駆使し披露して、情報的価値を見出してもらえるといいですね
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