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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第一章 ここは我が領地

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第26話 戦後処理

 戦闘の事後処理が終わり、ささやかな戦勝祝いを開き、その後はしばしの休息をとる。そうして戦いからおよそ一週間も経つ頃には、ヴァレンタイン領は日常に戻っていた。

 戦って守り抜いた人生が今後も続くとなれば、当然に日々の仕事をこなさなければならない。季節も農地も決して人間の都合に合わせてはくれない以上、あまり長く休んでいる暇はない。

 魔法薬のおかげで重傷者も全員が一命を取り留め、誰一人として欠けることなく戦いを終えたこともあり、領民たちは心理的にも比較的早く日常を取り戻すことができていた。


 本来は戦いの準備をしていた期間に済ませるはずだった、休耕地へのクローバーの種蒔きが領民たちの手で急いで行われている四月上旬。ミカは来訪した行商人アーネストを館に迎えていた。


「まさかそのような戦いが起こっていたとは……ヴァレンタイン閣下や領民の皆さんがご無事であったこと、懇意にさせていただいている身として心より嬉しく思います」

「ありがとうございます。私としても、幸運に助けられた結果もあって全員で生き長らえたことを喜んでいます」


 さすがに驚いた様子で語ったアーネストに、ミカは微笑で答える。


「そして、アーネストさんにひとつお願いがありまして……我が領の戦勝の件を、今後エルトポリなどで周囲に語ることもあるかと思います。その際、念魔法使いである私はもちろん、領民たちも投石や白兵戦で勇敢に戦ったことを語ってもらいたいんです。彼らの活躍がなければ、我が領の勝利はありませんでしたから」


 自分だけでなく領民たちの勇敢さも、世間に知られるべきである。ミカは心からそのように考えている。そして同時に、ヴァレンタイン領が魔法使いである領主ばかりに領地防衛を依存せず、領民たちも十分に戦力となっているという噂が広まれば、それが新たな抑止力となるだろうとも思っている。


「……承知いたしました。ヴァレンタイン閣下と、そして領民の皆さんの勇戦も、合わせて語り広めましょう」


 ミカが説明しなかった後者の意図も察した様子で、アーネストは答えた。

 その後もしばらく先の戦いについての話をした後、ミカたちが本題である商談に移る。

 この日アーネストが来訪したのは、冬の前にミカが彼を通してエルトポリの鍛冶工房に注文していた品を届けるため。四月の末までに届けてほしいとミカは頼んでいたので、彼は今回も上手く仕事をやり、期限に余裕をもって用意してくれたことになる。


「こちらがご注文の品です。出来に問題がないか、ご確認ください」


 そう言いながらアーネストが差し出したのは、表面にアーチ状の針金が何十と並んでいる、直径五十センチメートルほどの筒状の道具だった。やや凝った形をしている上に、針金と、筒の中心を貫く芯棒の部分に鉄が使われているため、製作費とアーネストへの手数料で銀貨十数枚もの大金がかかっている。


「……うん、問題ありません。芯棒の長さも注文通りですし、針金の強度も十分です」

「それは何よりです。この道具の使い道については、実用化の後にお教えいただけるとのことでしたが……」

「はい。僕の狙い通りに道具が完成すれば、夏頃には種明かしできるかと思うので、どうかお楽しみに」


 好奇心を滲ませるアーネストに、ミカは笑顔を作って答えた。


・・・・・・


 戦闘中にミカが壊してしまった領民の家に関しては、戦後速やかに建て直された。この世界のこの時代、農村の民家は木の柱と荒土壁と藁葺き屋根の簡素な造りなので、ミカの魔法と領民たちの人手があれば家一軒を建てることにさして苦労はなかった。

 敵側の重傷者のうち、自力で動けない上に仲間に運んでもらえず、戦場に取り残された十数人ほどの者たちに関しては、傷を洗って布で縛る最低限の手当てが施された後、ひとまず村の共用倉庫に集められて拘束された。

 その全員が徴集兵で、つまりは強制動員されて戦わされた農民なので、領民たちも彼らに同情的だった。重傷者の何人かは傷が悪化してそのまま死に、生き残った者たちは、ある程度回復するまでそのまま保護されている。


 そうして戦いから二週間ほどが経ったある日。丘陵北側から、ローレンツ・メルダースが訪ねてきた。

 戦後のハウエルズ領の状況について、ミカが書簡を送って情報提供を頼んだところ、ローレンツはミカとの会談がてらに当主自ら丘陵の現状を語りにきたのだという。

 わざわざ来てくれた隣人をミカは丁重に領主館へ迎え、お茶でもてなして丘陵北側の現状を教えてもらう。


「つまり、ハウエルズ家は今や、村ひとつを領有する小領主家になったというわけですか……」

「はははっ。そういうことになるなぁ」


 ミカが唖然としながら言うと、ローレンツは朗らかに笑いながら答えた。


 彼が語ったのは、なかなか驚くべき話だった。

 一族と家臣の誰もが容易に勝利すると思っていた今回の侵攻において、しかしレイモンド率いる軍勢は惨敗。兵力である以前に貴重な労働力である領民に多大な犠牲が発生し、さらにはハウエルズ家にとって最大の戦力である肉体魔法使いも戦死した。

 何ひとつ利益を得られず、度を越した大損害を被って帰還したレイモンドに、もはや当主であり続ける資格はない。留守を守っていた彼の妹はそのように主張し、兄に対して敗戦の責任をとるよう要求した。隠居と、自身への家督の譲渡を求めた。

 しかし、レイモンドは妹の要求を拒絶。その結果――家臣たちを巻き込んだ、兄妹同士の殺し合いが巻き起こった。

 この争いによって、レイモンドと彼の妻子は死亡。家臣も少なからぬ人数が死んだ。レイモンドと、唯一彼の側についた側近の騎士が武芸に長けていたことが今回に限っては悪く影響し、レイモンドの妹の側についた騎士や兵士が何人も殺された。


 血みどろの家督争いを一応は制したレイモンドの妹――新たなハウエルズ卿は、しかし失ったものが多すぎた。侵攻の失敗による損害も合わせて考えると、ハウエルズ家の負った傷は致命的。現在の権勢を維持できなくなるほどの傷だった。

 こうしてハウエルズ家が弱りきった隙を、ローレンツは迷わず突いたのだという。

 ハウエルズ領の周囲にはメルダース領を含めて四つの領地があり、各領地の領主家は、ハウエルズ家の権勢拡大を警戒してきた。そこでローレンツは、他の三つの領主家に、ハウエルズ家が兵の動員もままならない今のうちに本村以外の村を奪ってしまおうと呼びかけた。

 すると三つの領主家は、ハウエルズ家という脅威を排除する絶好の機会を逃さないため、即座に呼応。ハウエルズ家が本村以外に領有する四つの村のうち、それぞれ自領に近い村を速やかに占領し、領有を宣言した。


 これに対し、ハウエルズ家の抵抗は皆無だった。常備兵力が減り過ぎている上に、領民に多大な犠牲を出した直後では、新たに兵を徴集して軍勢を揃えることなど不可能。城や本村の警備にさえ苦労する状況では、他の村に部隊を派遣することなどできなかった。

 かの家の姻戚であるタウンゼント家とピアース家は、沈黙を貫いている。どちらも所詮は村を二つ三つ持っているだけの小領主家で、レイモンドに兵を貸したために大損害を被ったばかり。四つの領主家を相手に争いを起こす余力などなく、頼りない親類に成り下がったハウエルズ家のためにさらなる損害を負う義理もない。二家がわざわざ行動を起こすはずもなかった。


 この状況で、ローレンツたちは引き際も上手かった。

 メルダース家をはじめとした四家としては、これ以上ハウエルズ家を追い詰めて消滅させてしまうと、今度はその城と本村をどの家が手に入れるかで互いに揉める。しかしハウエルズ家を存続させておけば、弱ったとはいえ油断ならない共通の仮想敵を中心に置いておくことで、四家で係争を抱える事態を当面は避けることができる。

 一方のハウエルズ家も、権勢を大きく削られるが、少なくとも存続することは叶う。両者の利害は一致し、新たなハウエルズ卿も同意の上で、四つの村はそれぞれ周辺の領地へ併合された。

 こうして、ハウエルズ家は頭に大怪我を負った上に手足をもがれたような状態となり、大幅に弱体化。そして、メルダース家をはじめとした周辺の領主家が大きな得をして終わった。


「それはそれは……メルダース卿のご手腕には感服しました。お見事な立ち回りでしたね」

「それほどでもないさ。こんな立ち回りができたのも、卿がハウエルズ卿の侵攻を退けたからこそだ。私は言わば勝ち馬に乗っただけだ。卿には感謝してもしきれない」


 謙遜しながら言うローレンツの立ち回りは、実際見事だった。

 彼は他の三家に協働を呼びかける際、弱ったハウエルズ家を騙し討ちするに足る大義名分をも提示した。それは、ヴァレンタイン家を、かつてドンダンド家が領有していた村の新たな領主家として認めること。

 三家がミカの領主としての正当性を認めれば、理由もなく他家の領地に侵攻したハウエルズ家を非難し、脅威と見なして攻撃することに理屈が通る。ローレンツがそう語ると、三つの領主家は話に乗った。丘陵の向こうにいる流れ者を、小さな村の領主と認めるだけで、ハウエルズ家を弱体化させた上で何らの苦労なく村ひとつを手に入れられる。このような好機を逃す者がいるはずもなかった。


 ローレンツのこの立ち回りは、ミカにとっても大きな利益になった。複数の領主家がミカをこの村の領主として認めると公言したとなれば、この地域におけるミカの立場は、ずっと強固で安定したものになる。

 そして何より、レイモンド・ハウエルズが死に、ハウエルズ家が今までの権勢の面影もないほど弱体化したことは、この上なく喜ばしい報だった。今後当面どころか、おそらくこの先一生、ハウエルズ家による再侵攻を警戒する必要がなくなったのだから。


「いえいえそんな、むしろこちらからお礼を言わせてください。我が領だけでは軍勢の撃退が精一杯で、ハウエルズ家に止めを刺すことはできませんでした。それに、私をこの地の領主と認めてくれる領主家が増えたことも、大きな助けになります。我が領の勝利がメルダース卿にとって得になったことと比較しても、こちらの利益が上回るかと思います」

「そうか、そう言ってもらえるとありがたいよ……とはいえ、勝ち馬に乗らせてもらっただけで終わっては心苦しいからな。貴家の戦後処理に少しでも協力させてほしい。ハウエルズ家との戦後交渉を、我がメルダース家が仲介しよう」


 ローレンツのその提案に、ミカは目を輝かせる。


「本当ですか! それはとてもありがたく思います。ハウエルズ家とどのように連絡をとるか、こちらで保護しているハウエルズ領民の重傷者たちをどのような手順で返すべきか、悩んでいたものですから」

「ほう、敵側の重傷者を保護しているのか。では、その返還の実務もこちらが担おう。いつまでも他領の民の面倒を見るのは、ヴァレンタイン領にとっては負担が大きいだろう」

「本当に助かります。ありがとうございます、メルダース卿!」


 そろそろ回復してきたハウエルズ領民たちは、はっきり言って無駄飯食らいなので、できるだけ早く送り返したいとミカは思っていた。なのでローレンツのこの提案は、渡りに船だった。


「今回はお互いに利益のある結果となって何よりだ。どうか今後も、お互い良き友人でいよう!」

「はい! 両家の友好が末永く続くよう、こちらも努めさせてもらいます!」


 ミカもローレンツも笑顔を作り、しっかりと握手を交わす。




 それから数日後、ハウエルズ領民たちは速やかに故郷へ帰された。

 そしてローレンツの仲介のもと、ミカは新たなハウエルズ卿と会談。自家の存続を優先する方針の彼女から、ヴァレンタイン家を領主家と認め、侵攻の賠償金として金貨二十枚を分割払いする条件で講和を成立させた。

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