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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第一章 ここは我が領地

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第25話 決着

「……」


 レイモンドは焦燥感を覚えながら、戦況を見守っていた。

 正面では、木柵を突破しようと足掻く徴集兵たちの戦いが展開されている。その奥では、セルゲイが敵将である念魔法使いと戦っているのか、丸太や石が派手に空中を飛んでいるのが見える。

 本隊の徴集兵たちは、死傷者が増えすぎて攻勢の勢いをすっかり失っている。側面攻撃を敢行した別動隊は、いきなり現れた敵側の別動隊、それも大半が女や子供であるらしい集団の投石を受けて突撃の前に半壊し、まともに敵陣へ侵入できたのはどうやらセルゲイ一人だけ。

 百人以上の兵力を投じておいて、何たる無様か。まさかこれほど苦戦するとは、レイモンドは予想だにしていなかった。


 しかし、苦戦しているからといってそう簡単に撤退命令は出せない。一族や家臣たちにも、兵を借りた姻戚にも、大勝利は間違いないと宣言しながら出陣したのだ。大損害を負い、この上で勝利も逃して帰ることなどできるはずがない。

 だからこそ苛立ちを覚えながら戦況を見守り、それから間もなく。敵陣の後方、魔法使い同士の激戦の様子が見えなくなる。

 ようやくセルゲイが敵魔法使いを仕留めたか。レイモンドがそう安堵していると――


「……なんだ、あれは」


 敵陣後方から、首がひとつと、首のない死体がひとつ、浮き上がった。

 そのどちらもが、ハウエルズ家の切り札の変わり果てた姿であることは疑いようがなかった。


「セルゲイが敗けたというのか? あいつが死んだと?」

「……閣下、畏れながら」


 愕然とするレイモンドに、傍らの騎士が呼びかける。


「セルゲイ殿が戦死し、側面攻撃が完全に失敗したとなれば、損害の大きくなっている本隊ではもはや敵防衛線の突破は難しいものと思われます。誠にご無念とは存じますが、この上はひとまず撤退してハウエルズ領に帰還するべきかと。徴集兵たちは領内社会の貴重な労働力です。徒に失うわけにはまいりません」


 開戦前には敵側への降伏勧告の使者を務めた、最側近である騎士の進言を受け、レイモンドは思案する。

 死傷者が増えすぎており、何よりセルゲイという他に代えがたい戦力を失った。上手くやってくれれば儲けものと思って館の方へ送り込んだ捨て駒の犯罪者崩れどもも、しくじったのかいつまでも現れない。

 思案の時間はそう長く要らなかった。側近の言葉が正しいと、この状況では認めざるを得ない。


「全軍撤退だ。後方の野営地にも撤収命令を伝えろ。今日中に丘陵の北側まで下がるぞ」

「御意」


 側近はレイモンドの命令を即座に周囲に伝え、撤退が始まる。レイモンドを囲む本陣直衛の一人が撤退の合図である笛を吹き、騎士が一騎、伝令として丘陵頂上の野営地に走る。


・・・・・・


「敵が逃げていく! 僕たちの勝利だ!」


 ミカが高らかに宣言すると、領民たちは拳を突き上げて応えた。


「ミカ様、追撃しますか?」

「……いや。こっちも皆疲弊してるし、下手に反撃されたら嫌だから、逃げるに任せておこう。どうせ再攻勢は仕掛けてこないだろうし」


 肉体魔法使いの死体を下ろしながら、ミカはマルセルの問いに答える。尋ねたマルセルは頷き、皆に領主の命令を伝える。

 ミカとしては、可能であれば敵の大将レイモンドを仕留めてしまいたかったが、さすがに今回そこまでを成し遂げるのは難しい。大損害を負ったとはいえ敵の過半は未だ無事で、敵本陣には騎士や正規兵が何人もいる。その全てを突破し、馬で撤退するレイモンドを討ちとることは現実的ではない。なので欲は張らず、逃げ去る敵軍を見送る。

 そして、戦闘の事後処理が始まる。まずは最優先の事項として、マルセルの指示のもとで味方の負傷者の手当てが行われる。戦闘の終了とヴァレンタイン領の勝利を伝え、事後処理の手伝いの人手を集めるために、ジェレミーが領主館へと走っていく。


「……なんとか勝ったね。怖かったぁ」


 それらの様子を確認した上で、ミカは呟く。声を抑えた呟きだったので、聞いたのは傍らのディミトリだけ。


「俺の力不足でミカ様を危険な目に遭わせてしまって、不甲斐ないです」

「そんなことないよ。敵の魔法使いは元々僕が仕留めるつもりだったし、君は敵の徴集兵を押さえてしっかり僕の背中を守ってくれたじゃない。その上で、敵の魔法使いが隙を見せるよう機転を利かせて動いたんだから、大活躍だよ」


 悔しげな表情の従者に、ミカは優しい微笑を浮かべて言う。

 ミカが敵の肉体魔法使いと戦っているとき、ディミトリは側面防御を担っていた領民たちを率いて敵別動隊の徴集兵たちと戦っていた。自身が対峙した敵徴集兵を短時間で叩き伏せ、苦戦するミカの支援に入ってくれた。最後には奇天烈な手で、ミカがクロスボウを手元に持ってきて構えるのに必要な数瞬の隙を稼いでくれた。

 ハウエルズ卿の切り札的な戦力である敵魔法使いを仕留めるにあたり、極めて重要な役割を果たした彼は、マルセルと並んで勝利の立役者と言っていい。


「むしろ、不甲斐ないのは僕の方だよ……敵を舐めてた。そのせいで危うく敗けかけた。二度とこんなことがないようにしないと」


 敵側の魔法使いは、魔法の中では最もありふれている肉体魔法の使い手。魔力で強化しているとはいえ、所詮は生身で戦うのだから、念魔法の力押しで勝てるだろう。ミカはそう考え、なので丸太で殴りかかる以外の戦法を考えていなかった。

 その結果があの様。手練れの騎士が肉体魔法の才を武器にすると、あれほどまでに強くなるとは想像していなかった。己の念魔法の力を過信し過ぎた。

 念魔法は万能でも無敵でもない。それは分かっていたはず。魔法使いは手強い敵となる。それは良く考えれば当然に分かるはず。今回痛感したこの二つの真理を二度と忘れず、己の心に刻もうとミカは決意した。


 それから間もなく、館からビアンカをはじめとした女性たちが負傷者の手当てに加わり、こちらの被害の確認が終わる。


「今のところ死者はいません。重傷者は五人です。そのうち危険な状態の者が二人。一人は片腕を失い、もう一人は腹を槍で突かれています」

「……そうか。まずは、まだ誰も死んでなくてよかった」


 マルセルの報告を受け、ミカは言った。

 本隊の戦闘は、木柵越しに粗末な武器で殴り合っただけ。おまけに敵側の主戦力である徴集兵たちは、序盤に石と丸太の猛攻を受けたために腰の引けた戦い方をしていた者も少なくない。

 だからこそ、幸運も合わさって死者のいない現状を、ミカは神に感謝する。


「危険な状態の二人には、館に備えてある魔法薬を使ってあげて」

「……よろしいのですか? あれはかなり高価なものかと思いますが」

「構わないよ。今回倒した敵騎士や正規兵の装備を売れば、薬代くらいは取り戻せる……領主として言うと、貴重な領民を失う事態は避けたい。僕個人として言うと、せっかく全員が戦いを生き残れそうなんだから、救える命は救いたい」


 ミカが答えると、マルセルは優しい笑みを浮かべて頷いた。


「かしこまりました。では、誰か館に送って魔法薬を持ってこさせます」


 そう言ってマルセルが離れていき、その後も領民たちが迅速に動いてくれるおかげで、負傷者の手当てと戦場の片付けは着実に進む。




 最終的に、ハウエルズ家の軍勢の死者は二十一人。うち騎士が一人と正規兵が二人。

 その多くが投石や丸太の投擲による死者で、白兵戦で死んだのは、領主館への侵入を試みた者たちを合わせても十人以下だった。重傷者は三十人に迫り、軍勢の実に半数近くが死ぬか重傷を負う結果となった。大将レイモンドが撤退の決断を厭ったことで、被害がより膨らんだ。

 対するヴァレンタイン領側は、死者なし。重傷者が五人。戦闘序盤に遠距離攻撃で敵の戦力を削り、その後は念魔法使いや投石の名手の援護を受けながら木柵越しに戦うことで、最低限の損害で勝利を収めた。

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