第23話 奇襲
村の北側で激戦がくり広げられている頃。その戦場を迂回するように移動し、領主館に接近する者たちがいた。
「……やったぜ。こっちには誰もいねえ」
「領主様の言ってた通りだな。館の外に男手を置く余裕がなかったんだ」
「へっ、だからって、こんなぼろい館をただ戸締りしただけじゃあな」
下卑た笑みを浮かべながら言うのは、三人の徴集兵。
三人は犯罪者崩れの兵だった。それぞれ殺人などの重い罪を犯し、本来は死罪となるところ、この戦いで大きな働きをすれば罪を赦してやると領主レイモンドに言われて参戦していた。
与えられた任務は、領主館の奇襲。
敵の目を引かないよう少人数で戦場を迂回し、警備が手薄であろう館に突入した後、館に避難している女や子供を適当に人質に取り、敵側の男たちにその様を示す。そうして敵側を動揺させ、本隊の攻勢を助ける。この任務を成功させれば無罪放免とした上で褒賞金を与え、領内には置いてやれないがどこへなりとも行くことを許す。ついでに、戦勝後はこの村の女や子供を相手に、好きに乱暴狼藉をはたらいていい。そう言われているが故に、三人はレイモンドに従っている。
「それで、どこから入る?」
「窓は入りづらそうだ。扉でいいだろう」
「それが楽だろうな。あんな脆そうな木の扉、蹴破ってやるさ」
周辺には誰もいない館に、三人は話しながら堂々と近づく。
さして頑丈そうでもない扉は、取っ手の部分を何度か強く蹴ると、鍵が壊れて呆気なく開いた。
三人が押し入ると、一階の大部屋には数十人の女性や子供、老人がいた。武装した男たちの侵入を受け、悲鳴が上がる。
「へへっ、呆気ねえな」
「女も子供も選り取り見取りだ。どいつを人質にする?」
「どうせなら、見てくれが好みの奴を選ぼうや。そんで、戦いが終わったら好き放題――」
そこで、会話が止まる。他の二人が振り向くと、言葉を途切れさせた一人の腹からは木の槍の先端が突き出していた。後ろから腹のど真ん中をひと突きにされていた。
槍を突いたのは、背の曲がった老人だった。
「なっ!?」
「て、てめえ……がっ!」
残る二人のうち、一人が剣を振り上げて老人を斬ろうとし、しかしその前にうめき声を上げて固まった。間もなくその場に倒れ伏し、その背には短い矢が突き立っていた。
倒れた仲間を見下ろした最後の一人が、矢の放たれた方を振り向くと、そこに立っていたのは老婆だった。老婆の手には、高価な武器であるクロスボウが握られている。
「こ、このババア! 何でそんな武器を!」
「ご領主様が、村に二つしかないクロスボウの一つを私に預けてくださったのよ……ご領主様が許していないのに館に入ってくる人は、追い払わないといけないですからねぇ」
そう言いながら、老婆はクロスボウを脇に置き、木の槍を手にする。こんな年寄りにやられてたまるかと、最後の一人は手に持つ戦斧を構える。
「ぎゃあああっ! ぐえええっ!」
そのとき。壮絶な叫び声が聞こえ、最後の一人はそちらを向く。最初に木の槍で攻撃してきた老人が、腹を貫かれてもまだ死んでいなかった徴集兵を滅多刺しにしていた。その徴集兵は刺される度に絶叫し、のたうち回り、間もなく死んだ。
「若い頃は、村に入ってきた獣や魔物をこうして殺したもんだ。自慢じゃないが、熊を殺したことだってあるんだぞ」
老人はそう言って、返り血に濡れた顔を最後の一人に向けた。
反対を向くと、老婆が木槍の穂先を向けてじりじりと近づいてくる。最後の一人となった徴集兵は、顔を引きつらせて左右を交互に向く。
どちらも年寄りとはいえ、槍を持っているとなれば油断ならない。老人の方は見かけによらず鋭い突きを見せていたし、老婆の方も、躊躇なくクロスボウを撃つ恐ろしい奴。
女と子供、年寄りばかりだろうからと舐めていた。どうせ抵抗などできず、怯えるばかりだろうと高を括っていた。まさかこんなことになるとは。最後の一人は後悔するが、今さら遅かった。
「……っ!」
と、それまでは侵入者から距離を取るように身を寄せ合っていた女性たちの中から、一人が飛び出してきた。手には布を巻き、何やら壷を持っている。
その壷を投げつけられ、最後の一人は咄嗟に戦斧を振って叩き割る。壷の中には液体が入っていて、最後の一人はそれを頭から浴びる。
「ぎゃあああぁぁぁっ!」
そして、絶叫する。壷の中に入っていたのは、熱した油だった。
顔が爛れ、肩や腕や胸には服が張りつく。手にも油がかかり、戦斧を取り落とす。上半身を激しい痛みが駆け巡り、思わず座り込む。
そこへ、槍を手にした老人と老婆が迫ってくる。
「……ま、待ってくれ」
運良く油が入り込まなかった片目で二人を見上げながら、最後の一人は言う。
「降参だ。助けてくれ、助け――」
命乞いを垂れ流す口に、老婆――ヘルガが槍を突き込んだ。
さらに、老人――イヴァンが心臓の辺りを槍で串刺しにする。それが止めとなり、最後の侵入者は死んだ。
「……皆、もう大丈夫よ。入ってきた敵は全員死んだわ」
最後の一人に壷を投げつけ、勝利の起点を作ったビアンカが言った。脅威が排除され、館に避難している領民たちの間に安堵が広がる。
・・・・・・
「ミカ様! 敵の残りが動きます! 二十人くらい左に回り込んできます! 騎馬も三騎!」
木柵の防衛線を堅実に守っていたミカに、寡黙だが必要なときはちゃんと喋るルイスが丸太小屋の上から報告する。
「マルセル! ここの指揮は頼んだよ! 危なくなったら報告して!」
「お任せください!」
答えたマルセルにこの場は預け、ミカはディミトリと共に一旦後方へ下がる。自分とディミトリが抜ければ戦力は大幅に減るが、敵側も随分と死傷者が増えているので領民たちだけで守りきれるはず。そう信じながら、新たに迫り来る敵への対処を優先する。
「皆、出番だよ! 思った通り、敵の別動隊が来る! 西側に行くよ!」
家々の並ぶ後方へ移動したミカが呼びかけると、それに応える声がいくつも上がる。
そして数軒の家から出てきたのは――総勢で十数人の男女だった。
成人の男性領民が四人。うち二人は、今年成人したばかりの若者。そして女性と、未だ成人していない十代半ばほどの領民のうち、自ら志願して戦うことを選んだ者が合計で十人ほど。全員が投石紐を持ち、腰には石の詰まった袋を下げ、成人男性たちは白兵戦に備えて武器も持ち、ミカとディミトリに続いて戦場西側へ移動する。
もし自分がハウエルズ卿であれば、百人強の兵力の全てを突撃には回さない。七、八十人ほどに突撃を敢行させ、こちらの兵力を正面に釘づけにした上で、残る兵力を側面攻撃に回す。そう考えたミカは、なのであらかじめ側面攻撃に対応するための部隊を編成し、後方に隠しておいた。
女性や未成年の領民たちも一部が戦いに志願してくれたおかげで、こちらに予備兵力はいないと敵に見誤らせながら、側面攻撃に対応するための部隊を用意することが叶った。木柵の東側と西側の両方に自分が扱う用の丸太も用意しておいたので、予備兵力の面々を連れて移動するだけで即座に戦える。
「投石用意!」
ミカは命じながら、自身は魔法で丸太を持ち上げる。十数人の領民たちは、投石紐を振り回して石に遠心力を加える。
敵の騎士と兵士たちは、西に回り込みながら着実に迫ってくる。がら空きのはずの西側側面にいきなり十数人の兵力が現れたことに、どれほど動揺しているかはここから見ても分からない。
「放て!」
ミカの命令で一斉に石が放たれ、さらにはミカが魔法で投げ飛ばした丸太が飛ぶ。
総勢で二十人ほどの敵別動隊のうち、三、四人が石を受けて倒れ、もの凄い勢いで転がってきた丸太に跳ね飛ばされてさらに一人が倒れる。馬が石の直撃を受けて暴れたことで騎士の一人が激しく転倒し、そのまま動かなくなる。
さらにもう一撃が加えられ、もう三人ほどの敵兵が無力化される。騎士の一騎は突撃を止めて下がる。おそらくはハウエルズ家ではなく姻戚に仕える騎士で、あくまで援軍として参加しているためにここで死ぬことを厭ったのか。
騎士が一人下がったのを見て、徴集兵たちも何人かが足を止める。未だ迫ってくるのは騎士が一人と、少なからぬ仲間が足を止めたことに気づいていないらしい四人の徴集兵。
「僕はあの騎士を仕留める! ディミトリたちは残りを!」
「了解です!」
投石の役割を終えた女性や未成年の領民たちは下がり、ディミトリと四人の男性領民が、それぞれ武器を手に敵徴集兵を迎え撃つ。
そしてミカは新たな丸太を魔法で持ち上げ、敵騎士を目がけて投げつけ――
次の瞬間。敵騎士は馬上から跳んだ。丸太は騎乗者を失った馬を押し倒しただけに終わり、そして跳躍した騎士は、そのまま空中を飛翔してミカの数メートル手前に転がるように着地する。
その際に兜が脱げ、顔が曝される。鋭い目をした中年の男だった。
常人とは思えない跳躍力。ということは、こいつが例の肉体魔法使いか。
「っ!」
魔力で肉体を強化した騎士となれば、他の者たちの手に余る強敵。こいつは自分が倒さなければならない。逆にこいつを倒せば、ハウエルズ卿ももはや力押しで勝つのは難しいと考えて退く可能性が高い。
ミカはそう考え、魔法で新たな丸太を持ち上げ、頭上で構える。敵の騎士も剣を抜く。
二人の魔法使いが対峙し、戦いが始まる。




