第22話 投石と柵
ハウエルズ卿の率いる軍勢は、総勢で百人強。そのうち突撃してくるのは八十人ほど。大半は粗末な武器を持った徴集兵のようだが、何人か指揮役らしき正規兵もいる。
「来るよ! 投石用意!」
ミカの命令で、領民たちはそれぞれの投石紐に石を乗せると、紐を振り回す。冬の間に毎週練習し、この数日でさらに練習を重ねたこともあり、手際よく石に遠心力を乗せる。
「放て!」
敵が十分に接近したことを確認し、ミカは命令を下した。それに従い、領民たちは紐の一端を離し、突撃してくる敵目がけて石を放った。頭ほどの高さで放たれた石は、木柵を飛び越えて敵の方へ飛んでいく。投石の際に支障が出ないよう、木柵はあえて胸程度の高さに定めてあった。
二十を超える石は、凄まじい勢いで飛翔し――そして、次々に敵兵を打つ。
「……よしっ」
投石の一射目の成果を確認し、ミカは薄く笑う。
横並びになって走ってくる敵兵に、放たれた石の多くが命中した。遠心力が乗った石の破壊力は期待通りで、身体に石を受けた敵兵たちは倒れ、その多くが重傷を負ったのか立ち上がらない。頭に石の直撃を受けた者などは、倒れたままぴくりとも動かなくなる。
石を食らわなかった敵兵たちも、心理的な衝撃を受けたのか、動揺を見せる。大した抵抗も受けず簡単に勝てるとでも聞かされていたのであろう敵兵たちは、明らかに困惑した様子で突撃の足を鈍らせる。
その様を見ながら、ミカは右手を後ろに積まれた丸太の方へ向ける。その手に光が宿り、ミカに意識を向けられた丸太は空中に浮き上がる。
昨年、この村を襲った盗賊団の頭領を仕留める際、ミカは二百キログラムほどになるであろう丸太を全力で投擲した。すると、さすがに魔力を一気に消耗し過ぎたのか、強い疲労感がしばらく残った。
今回は集団でぶつかり合う戦闘。ヴァレンタイン領の切り札としても、皆の指揮官たる領主としても、あまり序盤から疲れるわけにはいかない。なので、今回武器として揃えた丸太は長さが二メートル強、重さは百キログラム程度。ミカの体感としては、戦斧や槍、やや大きめの棍棒などを持ったような重量感。
「次、放て!」
ミカが丸太を魔法で持ち上げている間に、領民たちは次の石を投石紐に番え、遠心力を加えていた。命令を発すると、また一斉に石が放たれる。
そしてミカも、射程圏内まで近づいてきた敵に持ち上げた丸太をぶん投げる。重い丸太が、まるで棒きれのように回転しながら空中を飛ぶ。
数十の石が迫る敵兵を打ち、そして丸太が数人の敵兵を巻き込みながら落下する。丸太の直撃を受けた敵兵の身体が轢き潰され、胴から真っ二つに千切れ飛ぶのが見えた。
すると敵兵たちは、一射目を受けたとき以上の動揺に包まれた。突撃の足はさらに鈍り、一部の者は足を止め、さらに一部は後ろへ逃げていく。
と、後方に未だ残っている敵軍の中から、数人が弓を手に持って前に出た。そして――逃げ戻る徴集兵のうち先頭にいた者を、容赦なく矢で射殺した。
さらには、大将ハウエルズ卿らしき人物の周囲に控えていた騎士数騎が、左右に散開する。逃亡兵は馬で追って殺すと言わんばかりに、逃げ戻ってきた集団を威圧する。それを見て、一度は逃げようとした敵兵たちも再びこちらへ戻ってくる。
敵前逃亡が許されないのは当然のこと。とはいえ、高い殺傷力を持つ石や丸太に突っ込まなければならない敵兵はなかなか気の毒だった。徴集された農民に過ぎない彼らに同情を覚えつつ、ミカは領民たちに第三射を放つよう命じ、自身も新たな丸太を投げる。攻撃を食らい、気の毒な徴集兵たちがまた何人も倒れる。
「武器を持て! 敵に柵を越えさせるな!」
ミカが命じると、領民たちは投石紐を手放し、足元に置いていた白兵戦用の武器を拾う。それから間もなく、実に二十人以上が脱落しながら、敵兵たちはようやく木柵へ到達する。
両軍とも、兵力の大半が農民。手にしているのは鍬や鋤、木の伐採用の斧、太い枝の先端を尖らせただけの槍など、非常に粗末な武器。まともな防具などあるはずもなく、普段着そのままか、せいぜい手作りの木製盾、胴鎧代わりの木板などを身につけている程度。
そんな集団が、柵越しに武器で殴り合い、突き合う。あるいは、隙を見て柵を越えようとした敵兵をこちらの領民が武器で殴りつけ、押し戻す。まるで加減を知らない喧嘩のような戦いが、柵越しにくり広げられる。
数では敵側が未だ有利だが、戦闘で優勢なのはこちら側だった。敵側は防衛線突破のために木柵を越えなければならず、木柵は胸程度の高さとはいえ、それでも武器を抱えて一息に飛び越えるのは難しい。乗り越えようとすればその間はどうしても無防備になり、そこを攻撃されれば一度下がらざるを得ない。下がることに失敗すれば負傷し、傷が深ければ戦闘不能となる。
領民たちは皆、初めての実戦とは思えないほどよく動けている。個々が好き勝手に動くのではなく、数人ずつの班で連係し、堅実に敵を退ける。これまでの訓練の成果がしっかりと発揮されている。
領民たちのうちルイスだけは、投石紐で戦い続ける。領民たちが共同で使っている丸太組みの倉庫、その頑丈な屋根上に立つルイスは、手元に何十と積まれた石を次々に放ち、敵兵を牽制して領民たちを援護する。
ミカは引き続き、丸太を操って戦う。丸太の先端を突き出し、柵を越えようとした敵兵を攻撃する。大半の者は丸太が迫ってきただけで慌てて木柵から飛び降りて身を伏せるが、一部の者は退避が間に合わず、直撃を受けて後ろに吹っ飛び、そのまま起き上がらない。
そしてディミトリは、ミカの身を守る。敵兵の中に少し知恵の回る者がいて、丸太を操るミカを直接仕留めようと武器を構えると、すかさず彼が迫って戦斧を振るい、重傷を負わせて戦闘不能に追い込む。戦斧の一撃を受けた敵兵の中には、頭が割れ、重傷という程度では済んでいない様子の者もいる。
領民たちは家族や家や農地、己の人生そのものを守るために必死に戦い、ミカはディミトリに守られながら彼らの戦いを支援する。
「ちくしょう! 突破される!」
悲痛な叫び声が聞こえて、ミカは振り返る。声を上げたのは、数人の領民を率いて木柵の一角を守っていたジェレミーだった。彼は負傷したのか腕を押さえ、その前では正規兵を中心に何人もの敵兵が木柵の一か所に押し寄せていた。どうやら、正規兵の号令で防衛線の一点突破を試みているようだった。
「皆伏せて!」
ミカは領民たちに警告を発しながら、丸太を横薙ぎに一閃する。柵から身を乗り出す敵兵を一掃しようとする。
と、今まさに柵を乗り越えんとしていた五人の敵兵のうち、正規兵を含む二人は後ろに飛び降りて退避した。二人が丸太に殴られて横へ吹っ飛び、そして残る一人は頭に丸太の直撃を受け、その頭が千切れ飛んだ。
ミカが一撃のもとに防衛線を守りきった直後、飛び退いて退避した敵の正規兵が、柵の隙間から槍を突き出してミカを貫こうとする。と、突き進む槍の前にディミトリが立ちはだかり、左手に持っていた木製の盾で攻撃を防ぐ。さらには戦斧を振るい、その槍を叩き折る。
激しい攻防が続き、ミカと領民たちは決して敵の防衛線突破を許さない。
・・・・・・
「……ちっ、小賢しい戦い方を」
予想外に自軍が苦戦している戦況を眺めながら、レイモンドは舌打ちを零す。
まさか、成人の男領民の全員に投石紐の扱い方を覚えさせるとは。小さな村に居座ったばかりの流れ者が、そこまで手間をかけて領地防衛の準備を行っているとは予想していなかった。おかげでこちらは無駄に損害が膨らんだ。
そして、丸太を放り投げ、振り回すあの念魔法。レイモンドが知識として知っている念魔法よりも、あれは相当に強力に見える。盗賊団を丸太で追い払ったという噂は、誇張されたものではなかったということか。
初手でこちらが大きな損害を負い、敵側に強力な念魔法という武器があるために、一度の突撃で敵を士気崩壊に追い込むことは叶わなかった。正面の攻防は、泥沼に陥り始めている。
できることならば、優勢を確定させた上での決定打として次の手に出たかったが、仕方ない。
「別動隊に側面攻撃を敢行させろ。西側から攻めろ」
「はっ」
レイモンドが命令を下すと、側近の騎士が頷いて別動隊に呼びかける。
肉体魔法使いセルゲイを含む騎士三騎、そして二十人弱の徴集兵が、木柵の西側へ回り込むように動き出す。




