第130話 ヴァレンタイン領の戦い①
コレット砦を脱出した二日後には、ヴァルナー率いる別動隊は東へ発ち、敵側の第二防衛線であるらしい村へと迫った。その日は村を視認できる距離に野営地を置き、翌日の午前、村のすぐ西側に布陣して攻勢に臨もうとしていた。
「少なくとも、先の砦よりも手強いということはないでしょうな。緒戦で村の防備を突破し、次の戦いで北側にある小さな城を落とせるでしょう」
「……ああ、そのはずだ」
傍らに立つ配下の楽観的な言葉を受け、ヴァルナーは首肯しながらも、その表情には懸念の色が浮かんでいた。
規模で見ればなかなか大きな農村。もはや小都市と呼んでもいいかもしれない。とはいえ防衛拠点としての堅牢さでは、戦闘のみを目的に築かれた砦にはどう見ても劣る。
村を囲む丸太柵の高さはせいぜい三メートルほど。丸太柵をさらに囲む空堀も、深さや幅はコレット砦のものに及ばない。門もさして頑丈そうには見えず、物見台は門の直上にあるのみで、それもさして大きくはない。いずれも獣や盗賊程度ならば寄せつけない効果があるだろうが、本格的な籠城に臨むには心許ない。もちろん楽に攻め落とせるわけではないが、数を頼りに攻めれば十分に突破が叶うだろう。
おそらく敵側は、村の内部に侵入される前提で戦うつもりでいる。ある程度戦ってこちらの兵力を削ったところで村を囲む丸太柵や門は放棄し、領主の居城であろう北側の小さな城に立て籠もる作戦だろう。自分が敵将であればそうする。
その城も、守りの程度はたかが知れている。周辺の領主と対立した際に数十や数百程度の兵力で小競り合いをするためのもので、二千を優に超える兵力の攻勢に耐えられるようには見えない。
コレット砦を落とした兵力や装備があれば、恐れる必要のない要害。見た目にはそう評すべきだが、しかしヴァルナーは嫌な予感を覚えていた。
噂によると、コレット砦の後方に位置するこのヴァレンタイン領という領地の主は、凄腕の念魔法使いなのだという。まず間違いなく、砦の攻防で厄介な立ち回りを見せていたあの小柄な念魔法使いのことだろう。
一個人の戦闘力で見れば、奴はヴァルナーが今まで見た中でも五指に入る強さだった。ただ強力な魔法を使うだけでなく、その使い方が巧みだった。遠距離攻撃にはバリスタや連射式のクロスボウを使い、接近戦では巨大な丸太を振り回し、熱した油の入った大鍋を動かすだけでこちらの兵たちを怖気づかせてその足を止めるような真似までしてみせた。
そんな器用な敵が領主として守る村となれば、いったいどのような手段でこちらの攻勢を妨害してくるか知れたものではない。ヴァルナーの本能が、この戦場は危険だと囁いている。
とはいえ、攻めかかる以外の選択肢はない。敵がどのような策を張り巡らせているかは、攻めてみるまで分からない。
「これまで通りに攻める。前衛の奴隷兵たちを突撃させ、同胞たちはその後に続け。突撃開始と同時にバリスタとカタパルトは斉射しろ」
ヴァルナーの命令は迅速に伝達され、攻勢が始まる。まずは前衛のダリアンデル人奴隷兵たちが鬨の声を上げながら駆け出し、その頭上をバリスタから放たれた矢とカタパルトから撃ち出された石が飛翔していく。
矢と石は村を囲む丸太柵を打ち、あるいはその上を飛び越えて村の中に降り注ぐ。そうして敵を牽制しつつ、奴隷兵たちは着実に村に迫り――その先頭集団の一部が、足を止める。
彼らは己の意思で立ち止まったわけではなかった。一歩を踏み出した先の地面に突如として穴が開き、その穴に足をとられた。
穴の大きさと深さは、片足のせいぜい膝までが埋まる程度。しかし、その穴の底には枝が埋め込まれている。上を向いた枝の先端が削られ、まるで槍の穂先のように鋭くなっている。
そのような落とし穴が、西門の前の開けた一帯や、空堀の外縁の平地に無数に掘られ、木枝の骨組みに布を張って土を被せた覆いで隠されていた。大半の者がまともな靴も履いていない奴隷兵たちは、次々に落とし穴を踏み抜き、その足が鋭い枝に貫かれる。
「ぎゃああああっ!」
「あ、足が! 俺の足が!」
「おい! 急に止まるんじゃねえ!」
「くそっ! そこら中に罠があるぞ!」
罠にかかった奴隷兵たちは、死ぬ者はいないが重傷を負って叫び、急停止した彼らに後続の兵がぶつかって転び、罠にかかっていない兵たちも次の一歩を踏み出すことを躊躇う。結果、前衛の突撃の勢いはほとんど失われる。
・・・・・・
その様を西門直上の物見台から見ていたミカは、感嘆の声を上げる。
「おお~、完璧に狙い通り。さすがはヨエルたちの作った罠だねぇ」
膝が埋まる程度の深さとはいえ、大量の穴を掘るのは本来容易ではない。これだけの落とし穴を作ることを可能にしたのが、ヨエルの土魔法だった。彼の魔法行使と領民たちの人海戦術の結果、この数週間で敵軍の突撃を止められるほどの数の落とし穴が丸太柵の周囲を囲み、さらにこの数日で西門の前面を覆い尽くした。
落とし穴が敵兵たちの心身に損害を与えたおかげで、敵軍前衛はほぼ足を止めた。こうなれば、丸太柵の裏の足場に並ぶ兵たちの的でしかない。
「それじゃあ、こほん……総員、放てーっ!」
彼我の距離を最も見極めやすい物見台にいるミカは、グレンダより最初の攻撃命令を為す権限を預かっている。その権限に基づき、防衛部隊の全体に向けて攻撃命令を放つ。
直後、丸太柵越しにおよそ百挺のクロスボウから矢が放たれる。鋭く飛翔する百の矢が、敵兵の先頭集団のうち数十人を一瞬で無力化する。
さらに、丸太柵と足場の後ろ、村の中に並んだ弓兵と投石兵たちも、指揮官であるグレンダの指示の下で一斉攻撃を行う。
ヴァレンタイン領では領民たちによる自衛訓練が今も定期的に行われており、多くの領民が投石紐による攻撃を行える。そのため、投石部隊の規模は弓兵部隊の数倍に及び、放たれる石の数も多くなる。石礫の大雨が、敵軍前衛に襲いかかる。
そしてミカ自身も、連射式クロスボウから矢を放つ。正確な狙いをつける必要もない。正面に向けて適当に矢を放てば、密集している敵兵の誰かには命中すると期待できる状況だった。
動きを鈍らせた敵軍前衛は、矢と石による猛攻を受けて次々に数を減らす。
・・・・・・
「……やはり罠を仕掛けていたか」
戦場西側の最後方。馬上から自軍前衛の大混乱を眺めながら、ヴァルナーは呟いた。大混乱の原因が、無数に掘られた落とし穴であることは、この本陣まで駆け戻ってきた伝令の報告でつい先ほど把握した。
「首長閣下、いかがいたしますか? 攻め手を変えますか?」
「ああ。落とし穴が並んでいる状況では兵たちも攻勢に集中できまい。まずは全ての落とし穴を発見し、潰せ。中に仕込まれた枝を抜き、突撃の邪魔にならない程度まで穴を埋めろ……奴隷兵たちに作業を行わせ、同胞たちに盾で守らせろ」
ヴァルナーの命令は前方まで伝達され、兵たちは混乱しながらも遂行する。純粋派ノーザーランド人たちが菱形の盾を構え、その後ろで奴隷兵たちが落とし穴を潰す作業に臨む。未発見の落とし穴が残っていないか地面を探り、発見済みの落とし穴から枝を抜いて周囲の土を突き崩し、穴を埋めていく。
その間も敵側からの猛攻は続き、その全てを盾で防ぐことはできず、こちらの死傷者が徐々に増えていく。こちらのバリスタやカタパルト、弓兵やクロスボウ兵たちも懸命に攻撃を続けて味方への援護を為すが、それだけで敵側からの攻撃を完全に止めることはできない。
自軍へ飛来する攻撃を見るに、敵側には投石兵が多い。コレット砦での攻防の際はこれほど多くの投石兵はいなかったので、その大半がヴァレンタイン領民と思われた。戦時に備えて民に投石紐の扱いを覚えさせるとはよく考えてある。やはりこの地の領主は厄介な敵らしい。
戦況は硬直し、この一戦で村の防備を突破することは、もはや期待できない。
「……落とし穴をあらかた埋め終えたら後退させろ。明日、攻勢を仕切り直す」
ヴァルナーは落胆を声に滲ませて言った。一日も早くこの村を陥落させ、本隊の援護に臨まなければならないというのに、また敵側に一日の時間稼ぎを許してしまった。
・・・・・・
「お、退いていくね」
「今日はもう無理だと諦めたみたいですね」
クロスボウから矢を放ち続けていたミカは、潮が引くように後退を開始した敵別動隊を眺めながら、傍らのディミトリと言葉を交わした。
結局、この緒戦では矢と石の応酬が起こったのみだった。敵兵たちは、門や丸太柵に取りついて村への侵入を試みる段階まで攻勢を進めることができなかった。落とし穴の罠と、クロスボウ兵や弓兵、そして投石を為したヴァレンタイン領民たちの奮闘によって成された善戦だった。
「緒戦は乗り越えた……けど、次はそうはいかないだろうね。落とし穴があの様だし」
「それに、敵の攻城兵器のせいで、門とか丸太柵も結構壊れちゃってますもんねー。この物見台もけっこうやばいですし」
ミカにそう返したのは、物見台の上でクロスボウの装填役を務めていたジェレミーだった。
数百もの落とし穴はあらかた無力化され、敵の攻城兵器のうち特にカタパルトによる攻撃で、防衛設備のあちこちが破損した。丸太柵は何箇所も欠け、門には穴が開き、物見台の正面側を守る丸太壁も、石があと数発ぶつかれば完全に壊れてしまいそうだった。
やはり、戦闘用の砦ほどの防御力はこの村にはない。次の攻勢にはおそらく耐えられない。ミカはそう考えながら嘆息する。
「さて、負傷者の手当てをして、見張り以外は休ませよう。次の戦いに備えないと」
言いながら、ミカは物見台から周囲を見回す。
自軍の半数ほどはヴァレンタイン領の人間。すなわち確率的に言えば、死傷者の半数ほどは自身の庇護下にいる家臣や領民ということになる。
敵の矢や石を受けて倒れ、痛みに声を上げ、あるいは既に絶命している者たち。その中には見知った者も少なくない。これが自領を戦場とすることなのだと、ミカは思い知りながら沈痛な表情を浮かべる。




