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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第五章 うちの村だけは幸せであれ

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第118話 大損害

 ダリアンデル人連合軍の本隊は、総崩れとなって敗走した。

 敵軍への突撃を行わなかった騎兵部隊と、敵軍と直接接触する前に移動を開始した遠距離攻撃部隊は比較的整然と撤退することができたが、主力として敵軍とぶつかり合いながら陣形を崩壊させた歩兵部隊は、激しい追撃を受けて大きな損害を被りながら壊走することとなった。

 純粋派ノーザーランド人の軍勢による追撃は執拗なものとなり、連合軍本隊の残存兵力が戦場後方の野営地まで辿り着いてもなお戦いは終わらなかった。野営地の警備のために残されていた少数の兵力に加え、食事作りや洗濯などを担っていた非戦闘員たち――そこには女性や子供も含まれている――や、連合軍への補給を担っていた商人たちまでもが、壮絶な追撃戦に巻き込まれることとなった。


 この野営地で、連合軍に参加していた各勢力の命運は二つに分かれた。

 総勢で数千人に及ぶ非戦闘員のほとんどは、戦場に近い南西部領主たちによって各領地で雇われた現地住民。南西部出身の兵たちの身内も多くいた。抵抗する術も持たずに敵軍の襲撃を受けた彼らを逃がすため、南西部の軍勢のうち、少なからぬ者が時間稼ぎのための抵抗に臨んだ。

 南西部人の兵たちが懸命な抗戦をくり広げ、非戦闘員や商人たちが逃げ惑う。純粋派ノーザーランド人たちは立ち向かってくる兵を殺し、戦利品を手に入れようと野営地に残された金目のものを漁り、あるいは奴隷にするために非戦闘員たちを捕らえ、抵抗する者はやはり殺す。大混乱に包まれた野営地に、敵軍が留まっているこの隙を利用し――その他の各勢力の残存兵力は、さらに東へ逃げた。共に戦った南西部の軍勢や無辜の民を囮として見捨てることに、各々程度の差はあれど罪悪感を覚えながら、それでも己が生還してこの先のさらなる侵攻から故郷を守るために、戦場の混沌から逃れた。


 一方で、戦場となったルーザス平原の南、丘陵をはしる街道を守っていた別動隊は、サンドラ・ユーティライネン侯が送った伝令によっていち早く本隊の状況を知らされたこともあり、迅速に逃げることがかなった。敵軍の本隊が丘陵まで迫ってきたり、敵軍の別動隊が再攻勢を仕掛けてきたりする前に戦場を離脱することができた。ミカは自身の率いる部隊を連れ、もう一方の街道を守っていた部隊とも合流し、丘陵の北側の麓に広がる森に隠れながら東へと急ぎ移動した。

 それぞれ故郷へ戻るという南西部人の魔法使いや兵たちとは途中で分かれ、ダリアンデル地方南東部、アルデンブルク王国の領土まで退却することに成功したミカたちは、サンドラより伝えられていた集結地点――アルデンブルク王国西部の都市に数日かけて到着。本隊の面々との合流を果たし、別動隊を解散させたことで、ミカはようやく幾らか落ち着く。


「無事にここまで辿り着いて幸いだ、ヴァレンタイン卿……本当に、よく生きて帰ってくれた」


 多くの兵が市壁の外に天幕を並べて野営している中で、サンドラの計らいもあって都市内に宿を確保することができたミカは、連合軍残存兵力の司令部として現地領主家から貸し出された城で彼女と再会する。普段は冷静な態度を崩さない彼女が、今は珍しく顔に疲れの色を見せながら、心から安堵した様子でミカの肩に手を置いた。


「ありがとうございます。サンドラ様から伝令を送っていただいたおかげで、敵の追撃を受けることもなく迅速に撤退することができました……サンドラ様も、ご無事で何よりです」


 本隊の惨状については、伝令の騎士からある程度の情報を聞いている。壮絶な戦況からして、陣形後方で遠距離攻撃部隊を率いていたサンドラまでもが死んでいてもおかしくなかった。それを理解しているからこそミカが神妙な表情で言うと、彼女は無言で頷く。


「こちらの状況は如何ですか? どれくらいの戦力が撤退を?」

「言葉で取り繕いようもないほどに悲惨な有様だ。我々は南西部の軍勢と非戦闘員たちを野営地に置き去りにし、純粋派ノーザーランド人に対する餌とすることで逃げ延びた。南西部人たちが今頃どうなっているかは想像に難くない。南西部はもはや終わったものと見るべきだろう……それだけの犠牲を払ってもなお、生還できなかった者が少なくない。南西部の軍勢を除くおよそ六千の兵力のうち、南東部まで辿り着いたのは四千五百に届かない。ノイシュレン王国の兵力も、千五百ほどまで減った」


 サンドラの言葉を受け、ミカは表情を硬くする。

 総勢で九千もいた連合軍のうち、実質的に半数が失われたことになる。誰がどう見ても、ダリアンデル人の大敗北だった。


「敗走の起点は、主力の中央を担っていたアルデンブルク王国軍が崩れたことだった。崩壊のきっかけはディートリヒ・アルデンブルク国王の戦死だったらしい。軍の中にマグリーニ家の関係者の生き残りが紛れ込んでいて、怨恨を理由にアルデンブルク王を後ろから槍で刺し貫いたそうだ」

「……それはまた、何という」


 ミカは唖然としながら言った。あの尊大な野心家が死んだこと自体も衝撃的だったが、その理由にさらに驚かされた。


「奴としては因果応報と言うべき末路だろうが、奴がここまで抱え続けた因果が、まさかダリアンデル人全体の危機に直結するとは、あまりにも皮肉が過ぎる」

「そうですね。害を為した側はすぐに忘れ、被害者は生涯忘れないと言いますが……よりにもよってそんな重要な場面で」


 ミカはそう語りながら、頭痛がする思いだった。

 戦場の只中にいながら敵との戦闘以外の理由で死んだディートリヒ・アルデンブルクの末路は、おそらく歴史上の珍事として書に記録される。前世でも今世でも、歴史とはときに奇天烈な一幕を描いてみせるものだが、自分がその一幕に居合わせる当事者になるとは。


「アルデンブルク王の他にも、重要人物が何人も戦死している。我らがノイシュレン王は無事だったが、ルートヘル・キーヴィッツ侯が追撃戦の最中で散った。それに加え……」


 サンドラはそこで言葉を切り、視線を落として逡巡する様子を見せた後、再びミカに視線を向けて口を開く。


「……パトリック・ヒューイット卿も戦死した」


 それを聞いたミカの思考が、一瞬止まる。間もなく彼女の言葉の意味を理解し、青ざめる。


「彼の率いるヒューイット軍には、歩兵部隊左翼の最後方、ノイシュレン王の周囲を固める役割を任せた。戦場においては比較的安全な位置と考えてのことだ……だが、中央のアルデンブルク王国軍が予想外の大崩壊を見せたため、ノイシュレン王国軍は正面に加えて右側面からも攻撃を受けるかたちとなり、こちらも一気に崩れた。戦況が混沌とする中で、ヒューイット卿は王が撤退する時間を稼ごうと奮戦し、敵兵の投げた槍の直撃を受けて即死したそうだ……彼に生還してもらおうと考えたが故の私の采配が、結果として彼を死なせた。誠に無念だ」

「……ヒューイット卿も一領主として戦場に出た以上、このような結末を迎えることも覚悟の上だったはずです。義理の息子として、王をお守りした彼の奮戦を誇りに思います」


 沈痛な面持ちで語ったサンドラに、ミカは微笑を作って答えた。

 答えながら、心の内を悲しみが満たすことを避けられない。パトリックが認めてくれたからこそ自分はアイラと交流し、結ばれた。自分が一人の夫として、一人の父親として幸せであれるのは、アイラの父である彼のおかげでもある。

 その彼はもういない。義理の息子である自分もこれほど悲しいのだから、アイラがこの事実を知ったらどれほど悲しむだろうか。


「……そう言ってもらえると、彼の義理の姪である私も救われる思いだ」


 サンドラが言い、そして室内にしばし沈黙が漂う。

 二人で静かにパトリックを偲び、そして話は本題に戻る。この状況では、姻戚の死をゆっくりと悲しむことも後回しにしなければならない。


「王を失ったアルデンブルク王国軍は、既に瓦解している。アルデンブルク王家に仕える正規軍人たちはほとんどがこの集結地点に来なかった。死者ばかりでなく、後ろ盾の王を失って逃げ去った者も多いのだろう。傭兵や農民上がりの荒くれ者が多かったというからな……そしてアルデンブルク王国の領主たちは、開戦前とは違い、まとまって動いている様子はない。早くも手勢を率いて去っていく者も多い」

「……強い王を失った影響が、もう目に見えるかたちで表れてるんですね。アルデンブルク王国はあの人の力でまとまっていたようなものでしょうし、これからどうなることやら」


 ミカの語る懸念に、サンドラも嘆息交じりに頷く。


「ディートリヒ・アルデンブルクは野蛮な男だったが、類まれな求心力を持っていたことは間違いないからな。そんな王が世を去り、残された世継ぎは若き姫が一人だけ。当人に父親のような才覚はなく、婿もまだいないとなれば……もはやアルデンブルク王国はあてになるまい」


 南西部の勢力は既に壊滅したも同然。この上でアルデンブルク王国が瓦解したとなれば、ノイシュレン王国と純粋派ノーザーランド人の支配域の間に、壁となる勢力は存在しないことになる。

 自国が大きな脅威と直に対峙することになり、おまけに自領は最前線となるであろう国境地帯に位置している。そんな現状を認識したミカの表情は、自然と険しくなる。


「もちろん、ノイシュレン王国も無策のまま純粋派の侵攻を迎え撃つつもりはない。我らが王や他の侯たちと話し合い、御三家同盟や北東部や南端地域、さらには東の山脈の向こうに至るまで、あらゆる方面の勢力と共闘する道を模索していくことで意見が一致している。時間をかけて交渉すれば成果は得られるだろうが、問題はその時間が我々にどれだけ残されているかだ」

「……十分な時間があると期待しても、楽観的ということにはならないでしょう。純粋派ノーザーランド人たちは、ダリアンデル地方南西部の西側を支配するのに数年を要したんです。現状からノイシュレン王国との国境まで支配域を広げるには、常識的に考えれば、今までと同程度の時間がかかるはずです」


 努めて明るい表情でミカが言うと、サンドラも放っていた緊張感を幾らか和らげ、微苦笑を浮かべて首肯する。


「卿の言う通りだ。我々には猶予があると信じよう……まずは、帰還を果たして此度の戦いの疲れを癒すべきだ。数日のうちにはノイシュレン王国軍を解散させる予定なので、卿も手勢を連れて帰る準備をしておいてくれ」

「分かりました。それでは、私はこれで……宿の手配から詳細な状況のご共有まで、色々とご配慮をくださってありがとうございます」


 侯という重要な立場にいる彼女は、今は相当に多忙なはず。一小領主と話してばかりもいられないだろう。ミカはそう考え、姻戚の自分に多少の贔屓をしてくれたサンドラに礼を言ってこの場を去る。

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― 新着の感想 ―
義父上殿が… 戦とは無常
 一気にバッドエンドへ傾いて来たな、特に囮にされた勢力は奴隷になるだろうけど敵よりも味方への憎悪で厄介な敵側の戦力になりそう。
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