第113話 街道防衛戦③
「ヨエル! ほんとはもう少し温存したかったけど、あの策を使おう! 僕たちが一斉攻撃で援護するから、その隙に前進を!」
「承知しました。お任せください」
ミカが呼びかけると、肉体魔法使いたちと共に街道西側の斜面から戻ってきた後、傍らに控えていたヨエルが頷く。緊迫する戦況を前にしても、彼はいつもの冷静さを保っている。
「皆、敵の弓兵部隊を狙うんだ! 構え……放てっ!」
ミカの命令で、火魔法使いと、アランが連れて行かなかった弓兵とクロスボウ兵が一斉に攻撃を放つ。ミカ自身も、敵の弓兵部隊のいる辺りを狙ってバリスタから矢を撃ち出す。
この一斉射を受けて敵弓兵たちが怯み、矢の雨が弱まった隙を突き、ヨエルは動く。冷静さを保ったまま素早く斜面を下り、ミカたちの潜む森の外縁まで出ると、そこにあらかじめ仕掛けられていた罠を作動させる。
罠の仕組みは単純で、開戦時に街道西側の崖の上から石の山を落としたときとほぼ同じ。いくつもの丸太が森の外縁に沿うように横倒しの状態で並んでおり、それらが転がり落ちないよう手前には小さな土塁が築かれている。ヨエルが土魔法を発動してこの土塁を崩せば、後は丸太が重力に従って転がり落ちていく。
次々に転がり出す大きな丸太は、ひとつが二、三百キログラムはある。それらが速度を増しながら斜面を下り、地面の微妙な起伏で不規則に跳ねながら、ミカたちの陣地に向けて前進してくる敵兵たちを襲う。
丸太の襲撃を受けた敵兵たちは、悲惨な有様となる。勢いよく打たれて吹き飛ばされる者もいれば、手足や半身を轢き潰される者もいる。さらには、タイミングよく跳ねた丸太に打たれて頭が弾け飛ぶ者も。
「閣下、任務完了しました」
「ご苦労さま、ヨエル……凄い効果だよ。敵に同情したくなるくらいだ」
自身の戦果を落ち着いて確認する暇もなく戻ってきたヨエルに言いながら、ミカは敵軍の有様を眺める。
丸太の攻撃が大戦果を生み出したことは確かだったが、十人単位で死傷者が出ても、敵兵たちは前進を止めない。正面の斜面全体を舐めるように丸太が転がればそこを進んでくる敵兵など簡単に全滅するように思えても、人間とは案外簡単には死なないもので、未だ数十人が無事なままで前進を続ける。死傷した仲間を踏み越えるようにして。
「撃ち続けるんだ! 敵を近づけないように!」
言いながら、ミカは武器を持ち換える。一撃の威力は大きいが装填に時間のかかるバリスタを後ろに置き、代わって連射式クロスボウを念魔法で目の前に浮かべ、次々に矢を放つ。
敵の弓兵部隊に向けて何本か矢を放ち、次に正面の斜面を上ってくる敵兵を狙って攻撃し、弾倉が空になると補佐を担うヴァレンタイン領民から装填済みのもうひとつのクロスボウを受け取って攻撃を再開する。
隙があれば敵指揮官を狙って矢を放つが、元よりクロスボウやバリスタで正確な長距離狙撃を行うことは難しく、遠くで動き回る一人を狙い澄まして射貫く試みはなかなか成功しない。
それでも何度も撃っている間に、ついに直撃を期待できる一射を為すが、なんと敵指揮官は自身に迫る矢に気づき、剣で弾き落とした。剣を握るその手にはよく見ると魔法光があり、どうやら指揮官自身も肉体魔法使いであるようだった。
「……そう都合よくはいかないかぁ」
指揮官を仕留めて敵別動隊を撤退に追い込む作戦は上手くいきそうにない。ミカはそう判断し、迫りくる敵兵たちとその後方の敵弓兵部隊に狙いを戻す。
そうしてミカが戦う周囲では、共に正面を守る者たちも懸命に敵へ攻撃をくり出している。
アランに代わってミカの隣まで進み出てきた火魔法使いは、手元で作り出すのに時間がかかる大きな火炎ではなく、火の矢のような攻撃を連続で放つ。弓兵とクロスボウ兵たちは、一本でも多く矢を放とうと手を動かし続ける。ヨエルも弓を扱えるので、今は剣ではなく矢による攻撃で敵の頭数を削る。ルイスをはじめとした数人のヴァレンタイン領民たちは、投石紐を巧みに操って石を放ち、こちらの火力を増そうと貢献する。
ミカたちのいる側の斜面は、街道西側の崖と比べればまだ傾斜が緩やかとはいえ、それでも楽に上ることができるわけではない。敵兵たちは隊列を組むこともできず、起伏のある斜面を進路も速度もばらばらに一人ひとり難儀しながら前進することになり、その姿はひどく無防備なもの。
そこへ、ミカたちは容赦なく攻撃を浴びせる。盾を構えることも難しく、それどころか武器を腰に下げて四つん這いに近い姿勢で斜面を上る者さえいる敵兵たちは、次々に無力化される。その場に倒れる者もいれば、派手に斜面を転がり落ちていく者もいる。
併せて攻撃を受ける敵弓兵部隊も、徐々に損害を増していく。互いに遠距離攻撃を浴びせ合う戦いでは、高所の森の中に陣取って地の利を得ているこちらの方が明らかに有利だった。
ミカたちのいる位置から見て右手前方の街道上では、味方の肉体魔法使いたちが並び、敵の前進を阻んでいる。頭から膝までを鎖帷子で覆い、それぞれの得物を持った重装備の数人が、強固な防衛線を築き上げている。
敵側の攻撃は鉄製の鎖帷子を簡単には通らず、肉体魔法で強化された身体には打撃もあまり響かない。一方で、魔法で強化された鋭く強力な一撃を受ければ、軽装の者が多い敵兵たちは簡単に沈黙する。
肉体魔法使いたちの猛攻を運良く潜り抜け、側面や背後に回り込もうと動く敵兵もいるが、そうした者たちもすぐに無力化される。肉体魔法使いたちの援護についている兵士たちが、防衛線の隙間を上手く塞いでいる。
そうして街道が守られる一方で、陣地の左前方では、アランの率いる三十人が敵による側面攻撃を阻む。斜面を上って回り込んでくる敵兵も、やはりまともに隊列も組めず散らばって無防備に前進せざるを得ないため、アランたちはその隙を逃さない。近づいてきた順にバリスタや弓やクロスボウの矢で射抜き、その攻撃を潜り抜けて目前に迫ってきた者は、騎士や兵士たちが白兵戦で排除する。
三手に分かれたミカたちは、それぞれの持ち場を危なげなく守る。ひたすら戦い続け、敵兵を一人また一人と倒し――それでも、敵別動隊の攻勢は止まらない。敵兵たちは撤退する様子がない。
「神よ照覧あれ!」
叫びながら真正面から迫ってきた敵兵の一人を、ミカはクロスボウで射殺する。胴体に二発の矢を受けた敵兵は、叫んだ形相のまま後ろ向きに倒れ、そのまま壊れた人形のように斜面を転がっていく。
その隣でやはり神に呼びかけながら前進する敵兵の顔に、ミカの後ろからルイスが放った石が直撃する。片目が潰れ、顔を血まみれにしながらそれでもさらに数歩踏み出した敵兵に、弓兵やクロスボウ兵の放った複数の矢が命中すると、ようやくその敵兵は頽れる。
「……怖いなぁ」
ミカはクロスボウの弾倉を交換しながら、思わず呟いた。
先頭を進む敵兵からすれば、ほぼ間違いなく自分は生きて敵陣に到達することができないというのに、どうして迷いなく進み続けることができるのか。何かを妄信しながら団結した集団というのはこれほど恐ろしく厄介なものなのか。そう考えながら、再び射撃を開始する。
「神よ照覧あれ!」
まるで仲間内での合言葉のように、先ほど倒した敵兵と同じ言葉を叫びながら、新たな敵兵が迫ってくる。職業軍人と思われる重装備の敵兵は、盾と剣を構え、他の敵兵よりも明らかに素早く斜面を上ってくる。両手から魔法光を放っているところを見るに肉体魔法使いで、魔法によって強化した身体能力に任せて足場の悪い斜面を無理やり駆け上がっているのか。
飛んでくる矢を大きな盾で防ぎ、それでも防御しきれなかった矢を肩に一本受けながら、それでもその敵兵は止まらない。ついにミカの目の前まで到達し――
「クソが!」
その敵兵とミカの間に割って入ったディミトリが、戦斧を鋭く振る。敵兵は盾でその一撃を受け止めたが、ディミトリの怪力から放たれた一撃は肉体魔法によって強化された身体にとっても重いものだったのか、怯んだように一瞬動きが止まる。
その隙を逃さず、ミカはクロスボウを操る。ディミトリの傍らから飛び出したクロスボウは、敵兵の間近から矢を放つ。大型のクロスボウから放たれた強力な一撃は、鎖帷子も肉体魔法で強化された皮膚や筋肉も貫き、敵兵の胸のど真ん中に深々と突き刺さる。
さらに二本の矢が身体に突き立ち、敵兵は地面に倒れる。その首をディミトリが戦斧で切り落とし、確実に仕留める。
「さすがディミトリ。助かったよ、ありがとう」
「いえ、大したことありません……次の敵が来ます」
敵の方を見ながらディミトリが言い、ミカも頷いて正面に向き直る。止まる気配のない敵兵の群れを見回し、思わずため息が零れる。




